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碧眼の戦乙女ビアンカ・シュミット〜その瞳に映る世界が移ろうとき〜  作者: 風花 香


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懺悔と揺れる思い

「おはよう、ビアンカ」


 新緑の広がる庭に立ち尽くすビアンカに優しい陽光が降り注いでいる。

 レオンの声にぴくと肩を揺らしたビアンカはゆっくりと顔を振り向かせた。その表情はとても穏やかで、口角の上がった薄紅色の唇から静謐な声が洩れる。


「おはよう、レオン。今日はとても天気がいいわね」


「そうだね、雲一つない綺麗な青空だ」


「うん……だけど、私はこの青い空がとても恨めしいわ。まるで……」


「ビアンカ?」


 ビアンカが身体を振り向かせると、レオンはその手に握られている物を見て顔を顰めた。握られているのは鞘から抜かれた短剣。

 穏やかな表情のまま、ビアンカは語りかける。


「レオン、昨日はありがとう。あなたの言葉と気持ち、とても嬉しかった。あなたの言うとおり、カナンの人たちが悪魔だというのは私の思い込みでもう憎しみを向ける必要はないのかもしれない。だけどね」


 ビアンカの茶褐色の瞳が揺らぐ。それは伝える事を覚悟しても尚押し寄せる恐怖の色。


「私が行ってきた殺戮を無視して、私だけがカナンへの思いを変えるなんて虫が良過ぎる。私が奪った命の中にはこれから幸せを掴もうとした命、尊い命が沢山あった」


 ビアンカが右目に巻いた包帯に手をかけた。巻かれていた包帯が解けると裂傷の後が残る目蓋が閉ざされている。

 

 ゆっくりと目蓋が持ち上げられた。


「ビアンカ……」レオンの目が僅かに見開かれる。


 鮮やかに蒼く光る瞳。澄み切った蒼天すら霞む美しい碧眼が、真っ直ぐレオンを見つめていた。


「私なの……あなたの恋人を、フローラさんを殺したのは私。私が碧眼の死神」


 立ち尽くすレオン。口を真一文字に結んだその表情からは感情を読み取れない。ビアンカは虹彩の違う双眸を伏せると、その手に握られた短剣をレオンに差し出した。

 受け取るレオン。


「フローラさんの話を聞いた時、正直に打ち明けることができなかった。すぐにあなたの恋人を殺したのは私だってわかったのに、あなたに打ち明ける覚悟が持てなかった」


 レオンが握る短剣の切っ先は地面を向いたまま動かない。


「ずるいわよね。自分でも思わなかった。私がこんなに女々しい人間だなんて。あなたが向けてくれる優しい瞳や気遣ってくれる言葉が嬉しくて、このまま知られなければいいのになんて思ってしまっていた。だけど、レオンが私に誠意を以って言ってくれた言葉のおかげで目が覚めたわ」


 ビアンカの視線が陽光を反射し煌めく短剣に向けられ「どうか、その剣で私を殺して」と、願った。


 吹き抜ける風にそよぐ木の葉の音がざわざわと喧騒に揺れる。その間隙を縫うように「打ち明けてくれてありがとう。ビアンカ」とレオンは呟いた。





 ーーーーーーそれだけ? 

 

 ビアンカはレオンの顔を凝視した。


 あなたの恋人を殺したのは私よ? 

 非戦闘員が集う場所に奇襲をかける非道を行ったのは私よ?

 殺したいでしょう? 

 八つ裂きにしたいでしょう? 

 何で何も言わないの? 何で動かないの!?


「それがフローラの願いだったから」


 言葉にされなかったビアンカの問いに、まるでレオンは答えたかのようだった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「ねえ、最期に……私のお願いを……聞いて」


「なんだい?」


「どうか……あなたは、復讐にとらわれないで」


 最後の願いとしては余りにも意外な言葉。レオンの心に燃えた怨嗟の炎がその願いを拒否したがっている。

 何を言っているんだ? 君をこんな目に遭わせた奴を生かしておくものか! 君の無念を晴らさずいれるものか! と。


「きっとみんな分かってる、はずなの。愛する人がその手を血に染めて、喜ぶはずないって。喜ぶのは、復讐の連鎖で、戦争が続いて、ケホッ、それで利する人間だけ。私の死を戦争を続ける礎になんて、しないで。ケホッ! ケホッ、ゲホッ!!」


「フローラ!!」


 もう喋らなくていい。君の願いは受け取ったから。もう苦しまなくていい!


「それから、もう一つ」


 鮮血に染まった唇をにっと歪めるフローラ。


「あなたは、幸せになって。私と歩むはずだった……未来を……」


 それ以上、フローラはもう言葉にする事ができなかった。


 隣にいるのが私じゃなくていい。あなたが笑ってさえいれば。子供をつくって? あなた似の可愛い子供を。私は遠くからそれを見ていたい。だから、お願い。約束して。絶対に……絶対よ? あなたが嘘をつけないように約束の……。


 あと、一言だけ喋れそうだった。


「キ…………ス……して」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「僕が復讐という負の連鎖に陥らなかったのはフローラのおかげだ。フローラの最後の願いが、僕の心を留めてくれたんだ。だけどね、ビアンカ」


 レオンの険しかった顔が僅かに綻ぶ。それは気恥ずかしそうな、照れ臭そうな、なんとも曖昧な笑顔。


「ずっと僕の側にいて欲しい。君を守りたいという思いは、フローラの願いとは関係ないよ。僕は君の事が好きになってしまったんだ。儚くて誠実で純粋な、ビアンカという女の子を好きになってしまったんだ」


 真実を知った上で尚ビアンカを求めるレオンに、ビアンカの心は揺れる。今、あの時にフローラの言っていた言葉の意味がわかった気がした。

 

 レオンなら、私を導いてくれる? 


「復讐の連鎖は誰かが止めなければいけない。僕だけでは無理だったけど、フローラの願いが僕の復讐を止めてくれた。そして、ビアンカ。僕は君の心を救ってあげたい。一人では抱えきれない君の罪を僕が共に背負ってあげたいんだ」

 

 私は、私は、許されていいの? 私が奪ってきた命に対して死を以って償わなくていいの?


「私……」


 ガサガサッ。

 と、大きな獣が通ったのかと思うような音が鳴り、レオンの背後の茂みが揺れる。ビアンカとレオンが素早くそちらを向くと、そこには長身痩躯の眼鏡をかけた男が立っていたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] フローラぁぁぁ!!
[良い点] あかん、泣いた……ガチで泣いた…… うおおお、ビアンカよく言えた! えらい!! そしてフローラさん、なんてできた人なの……ありがとう…… レオンもよく受け止められた……! 涙が止まらない…
[良い点] 前回の感想のころはアドレナリンでてました。 昨日からは、涙腺が、、。 そして、また何か起きそうな! 展開の早さと描写が丁寧で、とっても面白いです。 [一言] 更新楽しみにしてます。 あれ?…
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