8.悪役王子と伯爵令嬢1
グラストルク家のラテルグ逆侵攻は中止された。その代わり敵を深く侵攻させての挟撃、多大な被害を及ぼす作戦を実行に移した。
それはシャロンの願い通り、罠を多用する戦術で敵に損害を与え、ラテルグ王国の戦力を大きく削ぐことに成功した。再度侵攻の準備が整うまでには数年は時間を稼げるだろう。
王都ではオーウェンが騎士団を率いて王家の者を捕らえ、歯向かう貴族達の粛清を行った。
後日、それは血酔の夜と呼ばれ、オーウェンの最初の功績とも悪行ともされた。
コツコツと石の階段を降りて行くと、薄暗い中に人の影が二つ見える。
こちらの灯りに気付いた一人が恭しく頭を下げると、もう一人もそれに倣う。
「エル、エマ、変わりはないかい?」
「はい、エドワード様。変わりはありません」
「はい、エドワード様。御無事なようで何よりです」
「エドワード王子様! 火炙りになったと思ってましたわ!」
敬う声の後にもう一つ聞こえて来たが、それは敵意の塊だった。
「すまないね。火炙りでは無いけれど、粛清されるかどうかの瀬戸際だったんだよ。私に会えなくて寂しかったかい、ルーシー?」
双子が並ぶその奥には身なりの良い女性、伯爵家令嬢ルーシー・ケイウッドが檻の中に閉じ込められていた。
「誰が心配なんてするもんですか! 食べ物が減ったから文句を言おうと思ってただけよ!」
「おや? 心配してくれたのかい。寂しくなかったかと聞いたんだけどね」
「……っ!」
ルーシーをこの檻に閉じ込めたのはエドワード自身だった。
あのパーティー――シャロン・グラストルクに婚約破棄を告げた――後、部屋に誘われたのを利用して彼女の杯に薬を盛った。よほど効きが良かったのか、ベッドに辿り着く前に眠ってしまい、時間稼ぎにことに及ぶまでも無かった。頬を抓って目覚めないのを確認して連れ出し、ここに匿っている。
「君との会話はいつも楽しかったけれど、あまり時間がない。これまでの事と、これからの話をしよう」
「勝手にすれば良いじゃない!」
エドワードは物心がつくようになると、何度も自分の身が危険に晒されている事に気付くようになった。最初は四歳の誕生日祝いがあった翌日、侍女の一人が居なくなった。
六歳で護衛が付き王宮の中を動き回れるようになったが、やはり護衛が怪我を負う。大怪我を負う者が出ると護衛を辞退する者もいた。
八歳を過ぎて護衛隊長と話が出来るようになると、怪我をした護衛達を見舞い、まだ気持ちのある者達を集めて隠れ家の用意をお願いした。ここはその中の一つだった。
九歳にもなると、何故自分がこれほど襲われるのか理解出来るようになった。国王が一人しか子を成さなかったからだ。王妃は二人目を流した事で子が産めなくなり、側室も持たなかった事から自分一人が将来を背負う事になった。その事に腹立ちはしたが、王子と言う身分を理解してからは役割だと思うようになった。
十歳になると、貴族の子女達との交流も増えたが、友達にはなれなかった。この頃には既にエドと名乗り、エルとエマとは隠れ家で一緒に遊ぶ子供達だった。
十四歳になり、シャロンと婚約が決められた。とても綺麗な女の子で、笑みは少なかったが優しい子だった。
十五歳で転機が訪れた。パークリー卿に連れられてルーシーが紹介された。側室候補なのかと思ったけれど、シャロンとの仲が変わらないのを心配した親心だった。しかし、その日から危険に晒される事がなくなる。偶発的に起こる事はあっても、護衛が怪我をする頻度が減った。
十六歳、ルーシーを使い、シャロンと仲違いする事に決めた。酷い言葉を選ぶのは最初は苦労したけれど、そのうち当たり前のように振る舞えるようになった。彼女はあまり顔に出さない子だったけれど、傷ついているのは感じ取れていた。
「この二年ほどはべったりだったから、話さなくても良いかな?」
「……そうですね。プレゼントを用意されたり、外出の際は必ず同伴させられたりと、お姫様になったと勘違いしてましたよ」
「君を騙せていたなら演技もなかなかの物……っと、悪気はないから安心して欲しい」
「それは悪意って言うのよ!」
ルーシーの行動を監視していると、不審な影が目に付くようになった。元護衛達に調査してもらい、ラテルグ王国のスパイであるとの証拠も掴んだ。ルーシー自身の役目は自分の籠絡と、情報収集だったのだろう。外出時に騎士団に行きたいとか、王の派閥貴族に会ってみたい等と言い出した事もあった。
「全部知ってたなら、やっぱり悪意よ。こんな悪い王子様だと知ってたら……」
「知ってたら?」
「知らなかったから、関係ないわよ。私は騙されたんですもの」
「君のそう言う所が好きだよ」
「知らないってばっ!」
ルーシーの元にスパイが集まって来るのだから、それを捕まえるのは簡単な事だった。偽情報を渡したスパイ達は騎士団が捕らえても密かに脱走させるが、本当に重要な侵攻に必要な領地の地図、安全な街道等はラテルグ王国に流れないようにした。
護衛達が捕らえたスパイは尋問し、ラテルグ王国が攻めてくる予定の日を推測、その情報を緩衝地帯に接する貴族達に流した。
そしてパーティーの日――
「やめなさい! 覚えてない事を弄るのは最低よ!」
「知らない事を教えてあげるのは親切じゃないのかい?」
「い・や・が・ら・せ・よ!」
「仕方がない。君には嫌われたくないからね」
「大っ嫌いっ!」
ルーシーを眠らせた後は証拠作りのためにシャロンが滞在してるティリマスター侯爵邸に怒鳴り込んだ。ルーシーは何処だと。
驚いてしまったのは、あの顔に出さないシャロンが別人のように落ち込んでいた。つい、本音を話したくなりそうな程にね。
「ふぅん、お優しい王子様ですこと」
「そうだよ。知らなかったのかい?」
「えぇ、勿論知りませんでしたよ!」
「こんなに優しくしてるのに?」
「王子様、甘味が食べたいわ」
「怪しまれるから用意はしてないね」
「ほら優しくない!」
侯爵邸を出た後は私の最後の仕事だった。
王と王妃を庭園に連れ出して、ルーシーの事を褒めてどうにか結婚したいと説いていた。そこに叔父上が来て、捕縛監禁された。
若干の抵抗は必要だったけれど、彼等は丁寧に扱ってくれた。
「あら、私と同じ境遇だったのですね。どうでした? 檻の中にいた気分は?」
「うん、悪くなかったよ。強いて不満を言えば、自分が食べたい時に食事が出なかった事ぐらいかな?」
「なんて我儘な王子様でしょう。私なんかそこの双子を揶揄ったら、食事抜きにされたんですよ!」
「何て言ったんだい?」
「エドワード様に抱かれたのかと聞かれました」
「エドワード様は上手だったのかと聞かれました」
「あんた達何言ってるのよ⁉︎ 好きか聞いただけでしょ⁉︎」
「エドワード様をお慕いしております」
「エドワード様をお慕いしております」
「あの時に言いなさいよ!」
「本人の前で言うように教わったからです」
「本人を見て言うように教わったからです」
「三人ともありがとう」
「私は何も言ってない!」
三人のお陰で気持ちの整理がついた。
これから何が起きようとも後悔はしない。
「私は――元国王、父の事が大嫌いだった。母が心神喪失しても執着し、公人と言う事を忘れた事が許せない。高価な薬を求め、その為に財貨を、備蓄を増やし続け、国を護る事を放棄した。中立派が調略を受けていた事には気が付いていたが、それ以上に王の派閥はラテルグからの賄賂、癒着だらけだった。それらを放置し続けた結果が今回の侵攻だ。一度成功すると何度でも襲って来る。それだけは許せなかった。だから、この国を一度――壊す事にした」
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