7.公爵令嬢と公爵当主
パークリー侯爵邸に向かうと、出迎えてくれたのは幼いマリオンとその母エレノラだった。
「エレノラ様、将来マリオンを召し抱えることになります。どうか御容赦を」
「はい、義父から聞いております。宜しくお願い致します。それから、シャロン様にはお祝いを申し上げます」
「ありがとう存じます」
男の子に目線を合わせると、母親の陰に隠れてしまった。それでも気になるのか顔を半分だけ出して覗き見ている。
「マリオンくん、こんにちは」
「こ、こんにちは……」
少し話が出来るようになると、母親の陰から前に出て私のドレスに摑まり立つ。はにかみながら向けられた笑顔は、パークリー卿が全てで護りたいと思わせるものだった。
イヤリングの片方を外し、ハンカチに包んでマリオンに渡す。使われている宝石は高いものではないが、グラストルク家の領地で取れる薄い瑠璃色で、私の瞳の色に合わせたもの。この子が私の庇護下にあると言う証明になるだろう。
「大人になったら、私の子供を護ってね」
受け取ったマリオンは首を何度も縦に振って目を輝かせていた。
マリオンにはどうしても会っておきたかった。そしてエレノラ様にも。利発そうな子と優しい女性、今のような状況でなければ巻き込む事はなかったかもしれない。
公爵邸に戻る道すがら、ミルドレッドが残るイヤリングを気にしていたのでマリーナに預けることにした。代わりがない訳ではなかったが、今は身軽な方が心地良かった。
「お父様、お兄様、只今戻りました」
「良くやった、ご苦労だったな」
「貴族嫌いの王弟を手懐けるなんて、大したものだよ」
執務室の二人に迎え入れられると、挨拶もそこそこに父から抱き締められた。今回の事はよほどお気に召したらしい。
兄のいる執務机の上には幾つかの手紙が並べられ、検討していた跡が見える。
「ありがとうございます。オーウェン様はこれから王位の簒奪を行われます。騎士団もまた彼に従属し守護を約束されておりました。当家としてはどのように動かれるおつもりですか?」
「やや予定が早まっているが、侵略者を征圧、新たな領地を平定して新しい王に御目通りするとしよう」
「お兄様も同じようにお考えですか?」
「ふむ。シャロン、君の望みを言ってごらん」
「……はい。出来る限り人死が少なくなりますようお願いを申し上げたく思います」
理由を問われると、人手不足を上げる。現王の派閥は古くから王都に居座り離れない。その膿を出すのに、オーウェンは躊躇いはしないだろう。悪名を背負うと言う事は何も貴族だけとは限らない。巻き込まれる平民達は昨日までの生活が出来る保障もない。
「侵攻を受けた人々が納得するかな?」
「わかりません。ですが、満足させるまで肥え太らせる訳にもまいりません。これからは当家の方針通り、国にも民と軍、その両方を備える必要があります」
「オーウェン殿下にそれが出来ると?」
「そのような政を行います。オーウェン様と私で」
「そうか、君自身を捧げるか」
まだ正式に婚約破棄が通達されておらず、誓約と言う形だが、当主に許可なく約束を交わしてしまった。後悔するつもりはないけれど、申し訳なさは残る。
「はい。私を得る対価に、公爵にこの国をくれてやると仰っておりました。お父様には摂政を任せたいと思います」
「う、む……流石にタイロンと言うわけにはいかぬか」
任せられるなら、長く続けられる兄に頼みたい。しかし、全ての貴族を抑えつけるには若過ぎる。その事は父も理解しているのだろう。
「タイロン兄様は次期当主、また領主としてのお役目もあります。それから、ミルドレッド・ティリマスターがデュラン兄様の求婚を受け入れました。かの侯爵家には男児がおりませんので、デュラン兄様が当主を引き継ぐ事になると思われます」
「王家、グラストル、ティリマスターが一本になると、反発は必至だな」
王子と婚約していた間は王家と公爵家は同じ方向を向いてはいなかった。それ故、私達が結婚しても意見の統一は心配がなかったが、今回の誓約では完全に同一となる。今まで様子を見ていた貴族達も黙ってはいられなくなるだろう。けれど、その心配は不要に終わる。
「パークリー卿が私に降りました。現王派閥以外、抵抗勢力はございません。騎士団による治安維持で新王体制も盤石かと」
「シャロン、おまえにその道筋を作ったのは何者だ?」
「お兄様ではないのですか?」
首を振り、兄は否定する。この侵攻は中立派の無用心さが招いた事と判断して、強硬派に組み入れるだけの利益が無いと判断した。しかし、パークリー卿にはまだ力があった。交渉に付かせる為にも侵攻を阻止し、その上で非を問い従えるつもりだったそうだ。
パークリー卿が急ぎ、当主本人が私の元に来られたのは理由があったのだ。
「先程も父が言ったが、予定が早まっている。用意した策も先に利用されているようだ。侵攻に対しても既に準備があったらしく、支援の要請はあったが、救援では無かった」
卓上の手紙には食糧、医療品と言った文字が並ぶ。確かにこの程度なら、公爵家でなくとも十分に供給可能な用件だった。
「中立派の内通者は既に捕縛しておる。勝手に動き出そうとした者達と一緒にな。その中に人を操れそうなものはおらん」
「現王派閥の内紛でしょうか?」
「老人達の欲は保守以外にはない。現王が満足させているうちはそれもないだろう」
見透かされているようで不快だと、兄の声音が変わる。
出来過ぎのように見えるが、私の行動は兄に促されたものばかり。結局、自ら選択したのはオーウェンの求婚を受け入れた程度しかない。
「これを偶然だと認めるぐらいなら、貴族であることを辞めるべきだ」
その日、私は保護を名目として公爵領に戻され、誰とも連絡が取れないよう幽閉された。
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