3.公爵令嬢と侯爵令嬢
翌朝、父はまだ帰宅しておらず、代わりに兄を探すと心配する必要はないと諭された。本人は機嫌が良く楽しんでいるのだろうと言われたが、そんな姿は今まで見た事がなく、想像も出来ない。
「お兄様、私はミルドレッド様に会いに参ります」
「そうだね。それがいい。楽しんでくると良いよ」
昨夜の功績は彼女のお陰だ。当人からすれば楽しい催しに過ぎないのだろうけれど、私だけであの場を収めるには確実な一手が足りなかった。もう一つ、感謝だけでなく、領地からの手土産もある。
ティリマスター侯爵邸はグラストルク公爵邸からさほど離れておらず、急いだつもりはなくとも朝食の時間には到着した。
侯爵夫人に訪問の挨拶を交わすと、ミルドレッドにサロンに誘われる。幼い頃から通い詰めた邸宅でもあり、突然の訪問にも予定通りとばかりに食事が用意されていた。
「シャロン様、本日もようこそいらっしゃいました!」
「ミルドレッド様、いつも迎えて頂き感謝しております。それと昨夜の差配についてもお礼を申し上げます」
侯爵家の令嬢らしく、普段は淑やかに振る舞えるのに、一度箍が緩むと子供っぽさが表に現れる。同じ淑女教育を受けたとは思えないほどの溌剌さで、その勢いには押し負けてしまいそうになる。
「それで! あの方とはどうでした⁉︎ シャロン様ならきっとうまくいったのでしょう? もう御約束を? それとも御結婚かしら? あの方の御歳を考えたら早い方が良いですよね?」
「ミルドレッド様、まだ食事中です。後でゆっくりお話し致しましょう」
「はい、楽しみです!」
食事に舌鼓を打ち、顔を見合わせると微笑み返してくれる。何かを口にしている間は静かになるので、彼女と会う時は食事時か、サロンが使える場所を選ぶ。この邸宅はそういう意味でもとても便利な場所だった。
「えぇ〜残念です。どうしてもっと色のあるお話にならないんですかー」
「そもそもあの方は貴族とは離れた立場を望んでいます。私としても情に縋るような不様な姿を見せたくはありません。今回は身柄を確たるものに出来ましたので、それで十分。欲を抱いて得るものなし、は恥ずべき結果です」
オーウェンとの話を聞かせると、途端に不満顔になる。王子との縁が良く無いものと知れてから、彼女はどうにか王弟と縁を持たせたがっている。公爵家としては王家と距離を置くのだろうと考えているので、王子の代わりが王弟になっては困るのだ。
「シャロン様が結婚しないと、私も結婚出来ないんですよー。一番数が多いのは王様の穏健派、フラフラしてる中立派、腰が据わってる公爵閣下の強硬派、どちらから選べば良いと思います? 私は誰でも良いんですけど……シャロン様と一緒に居たいです」
普通に考えれば候補は同じ派閥、若しくは有力者の引き入れだろう。彼女が気にかけているのはティリマスター侯爵家は公爵家の傘下に加わっていること。ミルドレッドを娶る時点で資産に意味はない。
「ミルドレッド様は私を助けて下さっていますから、どなたを選んでもタイロン兄様は否と言いませんよ」
「折角ですから、良い位置に居たいです。伴侶が公爵家の姫様と並んで遜色の無いお相手って何処かにいらっしゃいません?」
「ミルドレッド様も侯爵家の姫君でしょう?」
「今の私ではせいぜい大きな貴族の御令嬢。なので権力があって、派閥に加わっても貢献出来て、私の事を大事にしてくださる方が良いです!」
姫君であった長女は既に嫁いでおり、侯爵家としては十分な見返りがあるという。
次女であるミルドレッドは自由に相手を選べる立場だ。彼女の相手にと思い付く貴族がいない訳ではない。けれど、私からその名を言い出すのは憚られた。
「将来の話はこのくらいにしましょう。昨夜の事を教えてくださいませ」
「はぐらかすのは狡いです。後でもう一度相談しますからね」
心から残念そうだったが、ミルドレッドは私が抜けた後の話を嬉々として語る。
予想していた通り、残された子女達は責任のなすりつけ、悲嘆の声で溢れていたそうだ。
「私達の世代はただでさえ大貴族が少ないのに、後ろ盾を用意しようともしないなんて致命的です」
「そうね。その二人が手を組んでいるのを知りながら王家に付くのは、何か理由があるのでしょうね」
「あの、シャロン様。御言葉ですが、彼らの殆どは中立派を目指していたそうです。幾つかは王の派閥からも離れるそうで、正直なところ何を考えているのか……」
聞き間違いと思い、もう一度確認してみるも、やはり同じ答えだった。ミルドレッドも不審に思って詳しく調べたそうだが僅かに人違いはあったものの、ほぼ変わらぬ結果だった。
「王子殿下と私のどちらかに取り入ろうとするならわかりますが、何故中立派……どちらにも擦り寄って、甘い汁が吸えると思っていたのかしら? 結果、彼らに発言権は無くなりましたけれど、他に何か手立てが……?」
「以前から怪しい動きをする子女はいますけれど、あのパーティーでは大人しかったですね。使われてるだけかもしれません」
彼女も推測だけで事情にまでは辿り着けなかったらしく、もやもやしますと眉間に皺を寄せていた。
「あの女についてはパークリー閣下が直接諌めていたそうですが、効果はなかったみたいですね。シャロン様と王子の不仲をオーウェン殿下に見せ付けたのが最後の功績になるかもしれません」
「あの女人に価値を見出すなら、王子殿下と容貌の似た殿方が必要でしょう。後は体調が悪いと言って、屋敷から出さなければ良いかと」
「そちらの方がまだ温情があります。それにしてもあの程度の女を使う必要があったのでしょうか?」
遅かれ早かれ王子との破局は見えていた。国王が健在なうちは我慢するのだろうと思っていたが、切っ掛けが出来てしまったのだろう。
私自身も次期王子を産むまでの王妃でいる覚悟はあった。けれど、その必要も決められた役割も無くなった。
ミルドレッドは以前に王子とあの女を見て笑いを噛み殺していた。伯爵家令嬢を名乗ってはいるが、浅い教育に一つ一つの行動が浅慮、にも関わらず王子は籠絡されたのだ。
しかし、誰がこの結果を求めたのかがわからない。公爵家が企んでいた訳ではない。父は一度結んだ約定を破棄させるような行動を嫌う。だからこそ強硬派と呼ばれてはいるが、グラストルク家は信頼されているのだ。
「パークリー閣下も子飼いのケイウッド家から出した令嬢の粗相に苦心惨憺しているのでしょうね」
「シャロン様を貶める真似をしなければ、私もあの女に目を向ける事はありませんでした」
「もう終わった事よ」
「本当にそうでしょうか?」
ミルドレッドの心配も分かるけれど、あれほどの面前で啖呵を切ったのだ。王子もあの女も直接の接触は無いと思いたい。
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