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公爵令嬢と悪役王子  作者: 西哲
10/10

10.王妃殿下と伯爵夫人

 オーウェン陛下の即位、そして私の結婚から三年が経った。今の私は王妃シャロン・リヴィングストンを名乗り、父を摂政として貴族達の旗頭となっている。

 陛下の即位が流血から始まり、民にも随分と不安を持たせてしまった。しかし人柄と、これまで騎士団団長であった頃の実績から、収束は早かった。今も慰撫を理由として城下や騎士団に滞在しているのだろう。

 王子だったエドワードは辺境伯となり、あの時の伯爵令嬢を妻とした。当時ルーシー・ケイウッドを名乗っていたが、旧伯爵家のヘレナ・リヴウッドだと身分を明らかにし、その家名をリヴウッド辺境伯として再建する。前国王が国に損害を与えた事から大きな援助は行えなかったが、祝福と心ばかりの支援をさせて頂いた。

 その御礼が本日、お茶会の招待客だった。


「ようこそいらっしゃいました。ヘレナ・リヴウッド伯爵夫人。もう御子様は眠られましたか?」

「はい、王妃殿下。泣き疲れたようで先程からは静かになりました。それから、結婚のお祝いを頂きましたのに、御礼にも伺えず申し訳ございませんでした。また、この度の出産には御支援を頂き、誠に感謝しております」


 ヘレナの腕の中には産まれてまだ一年と経っていない赤子が眠っていた。健康に恵まれたようで、指を咥えながらすぅすぅと眠る姿は自分の事のように嬉しい。

 彼女には私が世話になった医師達を派遣し、出産を確実なものにして貰った。その御礼を述べに来たのだ。

 けれど、私の本音は不足している貴族の充足にある。陛下の即位に至る迄には多くの貴族が亡くなった。彼等は罪を犯してはいたが、必要な人材でもあった。それを補う人の数が乏しい。少しでも多くの貴族を育てる為に小さな家にも支援を行なっている。その中の一つが辺境伯だった。


「シャロンで構いませんよ。エドワード様は御壮健ですか?」

「はい、シャロン殿下。領政にも慣れ、ご自身が戦場に立てるよう、空いた時間には身体を動かしております。先日来られました陛下にボコ……いえ、あの手酷く負けたのが悔しかったようで、次は勝つと伝言を頼まれました」

「元気な御様子ですね。私といた頃にもそのような子供っぽさを見せて下さったら、宜しかったですのに」

「初めて見たシャロン殿下があまりに美しかったので、エドワード様は格好付けたかったそうです」


 婚約当初にぎこちなさはあったけれど、あれはエドワードの好意だったのだろうか。男の子の事はまだよく分からない。けれど、目の前に幸せそうに赤子を抱くヘレナを見ると、私とは見せていたものが違ったのだろう。

 彼女にあの当時の翳りや追い詰められた感じはない。孤児にまでなった彼女が再び家名を名乗るには相当な事情があったのだろう。やはり導き手としてエドワードは優秀だ。


「エドワード様は王都に戻られるつもりはありませんか?」

「申し訳ありません。禊が終わるまでは民に合わせる顔が無いと」

「そうですか……」


 エドワードの言う禊――穢れは、隣国ラテルグ王国の侵攻を未然に防げず、貴族や民に被害が出た事。

 前国王がラテルグ王国の侵攻を予想出来ていながら何の準備もさせず、まるで滅びを待つようであったと父も言っていた。前王妃が体調を崩してからは政に於いても『今までと同じで良い』と何度も繰り返していたそうだ。前国王が政をしなくなってからは穏健派が主流となり操っていたが、既の所でオーウェンの叛旗が間に合った。

 それすらも疑わしいと兄は言うが、死人に口なし。穏健派の老人と呼ばれた貴族と共に前国王は処刑され、前王妃は辺境伯の領地で療養(幽閉)している。同時に処断されなかったのは前王妃に罪は無いとされたからだ。

 エドワードには私に対する暴言や他の貴族を巻き込んだ捏造と言った軽い罪はあるものの、その程度の事は問題にならないはずだった。オーウェンが彼を王位に推すも自身で断り、前国王の罪を償う為にも斬首に連なるのではなく、ラテルグ王国との最前線、辺境伯を選んだ。彼はその地で骨を埋めるつもりだろう。

 分かってはいたけれど、人を上手く使うのは難しい。

 ヘレナの子、カーラを抱いていると少し身じろぎする。母親とは抱かれた心地が違うのだろう。

 腕に寂しさを感じていると、イレーナが赤子を優しく差し出してくれた。


「王妃様、アラン様が御目覚めになりました」

「ありがとう、イレーナ。おかえりなさい、アラン」


 オーウェンと私の第一子、アラン・リヴィングストン、この国の王子。オーウェン譲りの銀の髪と濃い藍色の瞳は王族の血を強く引き継いでいる証拠。カーラは黒髪と藍色の瞳をしており、エドワードの子であるのは間違い無いだろう。

 どちらも愛らしいが、アランの愛おしさは比べようもない。


「シャロン様、私達も御同席させて戴いて宜しいでしょうか?」


 アランを腕に抱いていると、イレーナの後ろにミルドレッドが女の子を、少し成長したマリオンが男の子を抱えていた。

 女の子の名はコンスタンス、男の子はラルフ。この双子の姉弟はデュランとミルドレッドの子。私の懐妊に合わせて頑張ったのだと報告は嬉しかったが、それ以上に次兄の憔悴ぶりはなかなかに見応えがあった。

 マリオンは今年で十歳になる。少し早い年齢だが、パークリー卿が王子の世話を申し出て離宮に登用した。今はイレーナとミルドレッドの元で三人の子の世話、と同時に躾も受けている。物怖じしない子で、それでいて褒めると喜ぶので私としても使い出がある。

 ミルドレッドが参加すると貴族のお茶会は母親のお茶会になり、肩を張っていたヘレナも少し力を抜くことが出来たようだ。私としても普段はアランと離れている事が多いので、腕にある重みが何よりも心地良い。

 やがて赤子達が一斉に泣き出し、イレーナはお腹を空かせたようだと退席を申し出た。ミルドレッドとマリオンもそれに続き、ヘレナに付いてきたエマという侍女も別室に案内した。


「一人二人ならともかく、四人もいると大合唱ね」

「皆様の御子様が元気な証拠です。私も普段はエルとエマに任せてますので、今日は少し長く一緒にいられました」

「普段は何を?」

「エドワード様が不在でも領政を任せて貰えるよう、勉強しています。今までは……その、あまり勉強をする時間が取れなかったもので……」


 出自は確かであっても、育った環境が彼女に学を必要とさせなかったのだろう。しかし、辺境伯ともなれば侯爵相当の爵位を持つ。エドワードを迎えた事で公爵としても遜色はない血筋となったが、彼女の素養はそれにまだ見合ってはいない。ただ、それは彼女に限った話ではない。地方を任されている領主達は同じ様な問題を抱えている。


「ねぇ、ヘレナ。この王都に貴族を養成する学園を創ろうと思うの」

「学びの園ですか? どのような学びを納める場をお考えでしょう?」

「領政の基礎を学ばせたり、人を正しく扱えるかどうか、その育成がしたいの」

「良いお考えだと思います。ですが今の家庭教師や世襲、徒弟制度では駄目なのでしょうか?」

「陛下の即位の影響で貴族の数が少なくなってるのは知っていますね。その上、旧穏健派は重要な仕事を抱えて滅んでいった。その補填も才ある人材を見つけられないでいる。だから最初は貴族、いずれ優秀な平民も育てて将来の礎にしたいの」

「平民もですか? いくら優秀でも、世襲の仕事を奪われる恐れがあると反発を買いませんか?」

「そうね、その場合はその仕事を世襲に出来なくします。学べば誰でも出来るようになれば、優秀な人材が後継に欲しくなるでしょう。その為の基礎、家庭教師も揃っていない貴族達の底上げも目指したい。どうかしら?」

「何故、私にそのお話を? シャロン殿下でしたら摂政閣下とグラストルク閣下が御意見を下さるのでは?」

「理由は二つあるわ。一つは彼らが優秀過ぎて、配慮が出来ないということ。もう一つは私が負けるからよ」


 自分で何か成し得て王妃になったのでは無い。全ては誰かの手の上だった。初めは父に、兄に、そしてエドワードにも操られていたのだろう。そんな私が父や兄に直接対決で勝てるとは思えない。洗いざらい喋らされた上で、自分の思惑に利用される。


「摂政には地方の貴族に教育を施し、政の中心である王都の威を知らしめる。忠誠を持たせる事を主目的と説明するつもり。あなたはどう思う?」

「……率直に言わせていただくと、体のいい人質だと思いました。これは地方の貴族から承諾を得られるのですか?」

「ヘレナ、私は誰かしら? そして、どなたが不承諾出来るかご存知?」


 居住まいを正し、辺りを見るが私とヘレナ以外は誰もいない。勿論他の誰にも聞かせるつもりなどない。


「シャロン・リヴィングストン王妃殿下……誰も、おりません」

「そう、誰もいないわ。それに束縛(人質に)するのは初めだけ。継続が慣習を、慣習が継続になるの」


 私の手元には父から譲られた貴族達の詫び状がある。国政以外で圧力をかける際に必要だろうと、渡されたものだ。

 つまり、殆どの貴族が私の命に抵抗する事は出来ない。人質に寄越すように言えば、貴族達はそれに従うだろう。


「王妃殿下、やはり疑問です。何故私などに相談を? そこまでの事がわかって居られるのなら、直ぐに実行出来るのではないでしょうか?」

「貴女が協力者として必要だからよ」

「それはどういう……」

「アラン王子の婚約者として貴女の子、カーラを選びたいの。これからも(・・・・・)健康に問題はないと思うけれど、内定するのは十二歳になってから、本人に告げるのは私の時と同じ十四歳にしましょう」

「お、お待ちください! カーラはエドワード様の子です。御身内に入れて、他の貴族からの不満が――」


 あるわけがない。表面上は。だからこそ、その不満を燻り出したいのだ。

 ヘレナはコンスタンスを勧めるが、兄の子を欲しいとは思わない。それにティリマスター侯爵家にはもっと血筋を広げてもらわなければならない。

 アランとカーラが結ばれれば、王家としては盤石となる。現王家と旧王家が認め合う事になるのだから。けれど、それを良く思わない勢力が居る。旧穏健派と一部の中立派を処断したが、強硬派にも見え隠れしている。疑いを掛けられているだけか、調略を受けているのかは不明だが、少しでも将来への不穏の芽を取り除いておきたい。


「安心なさい。私も無理に結婚させようとは思っていません。だから貴女の子には選ばせてあげましょう。どちらを受け入れるか」

「どちらの……選択肢があるのですか?」

「一つ、アランと結婚する。もう一つ、アランからの婚約破棄を受け入れる、そのどちらか。リヴウッド家からの婚約の拒絶、破棄の申し入れは認めません。得たい未来があるのなら頑張らせなさい。貴女のようにね。その舞台はこちらで用意してあげましょう」


 アランとカーラを取り巻く環境には私達以上に多くの子女達で溢れる事でしょう。それだけの準備をしてきた。幸いにも備蓄は前国王のお陰で潤沢にある。貴族だと名乗りはしても赤貧に喘ぐ者達にも支援を、欠けた人員を確保するためにも子を持つ事を奨励した。王都でも、地方でも、その他の地域にもその意は届けた。

 今度の舞台は交流会のような貴族だけの小規模なものではなく、沢山の人々に、民草に至るまで知れ渡るように、その全てで貴女達の決断を受け入れてあげる。

 喜びなさい、王妃になるのも、他の未来を選ぶのも貴女達の自由よ。


「あぁ、今度は誰が悪役を演じるのかしら、今から楽しみだわ」

【作者からのお願い】

読んでいただいた後に、本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価をお願いします!

本編は完結しておりますが、他の方の目に留まれば尚嬉しいです。


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