1.公爵令嬢と悪役王子
厳かな飾り付けを施されたその会場には多くの貴族子女達が交流を名目に集められていた。
オルレア王国の次期主となる王子が参加するともなれば仕度を任された者達も奮起した事だろう。
しかしながら温かった食べ物は冷め、冷たかった飲み物は温くなっていたが、給仕が新しい物を用意する事はなかった。
「シャロン・グラストルク! 貴様にはほとほと愛想が尽きた。この日、この場に措いて婚約を破棄する! この会場に居る者全てが証人だ!」
パーティーもたけなわのころ、ミルドレッドと話していた私の前に王子が現れ、言葉を突きつけた。不服を訴えはしたが、受け入れられず王子は激昂した。
数度言葉を交わす程度の僅かな時間ではあったが、外に出られるような隙間がなくなるほど耳目を集めてしまった。
逃げるつもりなどないけれど、まるで鳥籠に閉じ込められた気分だ。
「エドワード王子殿下。私との婚約は国王陛下のお決めになられた事。王子殿下が破棄とお決めになられて、本当に宜しいのですね?」
「くどいっ!」
目の前で怒りを振り撒いているのは小柄な女性の肩を抱くエドワード・リヴィングストン王子。公爵家から私と言う婚約者を持ちながら、伯爵家令嬢ルーシー・ケイウッドに誑かされた可哀想なひと。
王子との婚約は四年前。父である公爵が領地拡大を名目に軍備を増強し、更には大公位まで欲した。その行為を諫める為に王子が充てがわれたとされている。
そんな噂から、王子の不満は私に向く。本人は愛する伴侶を見つけるつもりだったのだろう。王子と言う駒がそんな自由意志を持つ事など出来ようはずもないのに。
立場上、私達は友好関係を保とうとした。しかし、数年にわたる鬱憤は日に日に増していくばかりだった。
婚約破棄は構わない。父も私も望んでその立場になったわけではないのだから。しかし、愛想が尽きた理由に伯爵令嬢への無法は認められなかった。内容は身に覚えのない事ばかり。冤罪を元に話を進められては公爵家令嬢としての沽券に関わる。あらゆる手で調べ尽くし、そして結果だけを告げた。全ては捏造であると。
「エドワード王子殿下、シャロン・グラストルクが確かに聞き賜りました」
「貴様――」
「催しにしては随分と物物しいな」
ざわめきの先、人の輪を割りながら青年が現れた。背後には幾人もの警護の兵が連なる。
どうやら大物を釣り出すことに成功したらしい。ミルドレッドからは期待して下さいと聞いていたけれど、本当に姿を見るとは思っていなかった。
「オーウェン閣下、ご機嫌麗しゅう存じます」
「……シャロン嬢か、久しいな」
儀礼に従い、カーテシーを見せると、驚いたように見えた。けれど、その理由まではわからない。
「叔父上はそいつの味方か⁉︎」
「王子……私はこの場の警護に携わっております。問題があるのであれば厳正に裁決します。この状況を王子よりご説明を頂けるのですか?」
現国王の王弟、オーウェン・サージェント。王国の武力の要、騎士団の団長をしている。新たな公爵位を期待されていたが、貴族とは距離を置きたいと叙爵を断った変わり者だ。それ故にこのような場に出てくる事は非常に珍しい。
「あぁ教えてやる! そいつだ! そいつが全て悪い! 何の咎もないルーシーを貶め、宝石や装身具を盗み、暴力にも晒した! そいつが犯人だ!」
「王子、そいつとは——」
「シャロンだ! シャロン・グラストルク! そいつを捕らえろ!」
言葉を重ねた程度で王子が変わる事はなかった。
取り囲む子女達も様子見を決め込んでいたのだろう。その判断はもう取り返しがつかない。最早行動を起こすには全てが遅すぎた。
「シャロン嬢、王子はあのように仰っているが、真実か?」
「オーウェン閣下、真実かは存じませんが、そのような出来事がかの女性の身にはあったようです。私の口からお話しても?」
オーウェンは少し迷った様子を見せたが、部下達に指示を出し、このパーティーを終了させると告げた。王子には怯える伯爵令嬢を連れ出すように諭し、残るのは私と鳥籠を演じた子女達。
「公爵には使いを出しておく。貴女の時間を頂いても宜しいだろうか、令嬢」
「王弟殿下のお誘いであれば喜んで」
差し出された手はまるでダンスの誘いのように見えた。まさかの相手ではあったが、迷う事なくその手を取り彼の側に並ぶ。警護の兵が前後を挟むが不安はない。私の舞台は今終わったのだから。
一人の令嬢が一歩前に出る。笑みを浮かべ敵意の無いことを見せるがその必要もない。
「シャロン様、私も——」
「ミルドレッド様、お心遣い感謝致します。私一人で大丈夫です。皆様もどうか私の事はご心配なさいませぬよう、素晴らしい夜をお過ごし下さいませ」
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