追話 デボラさん
婚儀ってね……………………長いのよ。
結婚式の後バルコニーでのお手振りを合計三回。夜には祝賀晩餐会。
翌日から三夜連続の夜会。
多少の朝寝坊は赦されるけれど夜会のお支度はヘアメイクとお着替えだけじゃなく、もれなくエステのフルコースが付いてくる。施術中は寝ていられるかといえばそうじゃない。横に貼り付いた女官長と当日毎の招待客に関する情報のおさらいをしなきゃいけなくて、マッサージされてるのに目の下のクマがどんどんくっきりはっきりしてきちゃう。
息も絶え絶えにとうとう辿り着いた最後の夜会を前に、私は相当お疲れ様だった。
ヘアメイクの間中欠伸が止まらないだけじゃなくて居眠りしてばかり。辛いわー。
なのに面会の申し入れってもーっ!って白目になったのは仕方がありませんよね?
「一体どなたなの?」
「ご友人だと……」
「友人?」
いないわよ、友達。だって人間不信だったんだもん……と渋い顔をする私をリリアが急かした。
「妃殿下のご婚儀の為に遠路遥々なんてもんじゃない所からいらしたんです。さあさ、メイクも終わりましたから参りますよ」
前世でも散々見たのよ、くたびれ果てた花嫁さん。今は前撮りがスタンダードになって少し負担は軽くなったみたいだけど、披露宴のお色直しでブーケの交換に行くと既に目の焦点が合ってなかったりするのよね。それが四日も続く大騒ぎなんだから私の目が死んでいるのは大目に見て頂きたい。
って感じで応接室に入った私を見るなり大号泣しながら初めて抱き締めてきたのは……
「デボラさん!デボラさんデボラさん!!デボラさんがっ…………なんかちっちゃい!」
「リセちゃん、おめでとう!聞いたわ、色々大変だったのね。でもホントにあなた……幸せ……なのよね?」
デボラ姐さん、最後疑問文だね……私は思わずほっぺをポリポリと掻いた。
「ええまぁ。これ、ロイヤルウェディング疲れなのでそれさえなきゃ人並みに幸せです」
デボラさんはほっとしたように笑って私から離れた。
どうしてここに居るのか知らないけど、今のこの世界スケールのデボラさんは私よりも気持ち背が低い。なんか違和感がすごいが思った通りこの人はハリウッド女優ばりの美人さんだ。タイトでセクシーなドレス姿はアカデミー賞の受賞式にいても違和感がないと思う。
「……リセちゃんて思ったよりも背が高かったわ」
「こうやって並ぶとなんか変な感じですね」
「それにリセちゃん……思いの外のボンキュッポン!」
体型はおやゆび大の時から変わらないけれど、あのサイズを見てまさかそんなだとは思わないよね。
「と、ところでどうしたんですか?どうやってこの世界に?」
「アルブレヒト様が訪ねていらしたのよ。リセちゃんが喜ぶ結婚祝いをあげたいから手伝って欲しいって」
「アルブレヒト様が?」
びっくりしてリリアの方を向くとリリアがやや微妙な笑顔を浮かべている。それ、何か含みがありますよね、リリアさん?
「アルブレヒト様、あちらの世界にいらしてデボラさんにウェディングケーキを発注されたんですよ」
「え?一体いつ?」
「聞いてよ、たったの三日前なんだけど!」
デボラさんが一気に不機嫌になった。
なんでも突然やって来たアルブレヒト様(ほぼおやゆび大)にそんな依頼をされて納期を聞いたら三日しかなくて……
「アンタ馬鹿なの?って言いそうになったのを必死にこらえたわ。仕込んで焼いて成形して仕上げて……凄く手間がかかるのに間に合う筈がないじゃない?」
わかるわー。アンタ馬鹿なの?って聞きたい気持ち。
とはいえアルブレヒト様も多少は考えがあったらしい。
「自信満々で時間を操作するから大丈夫って言うのよ。ところが肝心のその魔法がぜんっぜん発動しなくてね!もう絶対間に合わないーって青くなってたら先代の魔法使いが現れたのよ。そしたらあっさり、もうあっさり魔法を発動させてくれてちゃんとケーキを仕上げられて。しかもケーキと一緒に私を転移させてリセちゃんに会わせてくれる事になってその上によ?」
デボラさん、嬉しそうにドレスのスカートを摘んだ。
「このドレスを持ってきて夜会に参加しておいでって仰ったの。時間はしっかりと止めたから店の事は心配せずにゆっくりしてきたらどうかって!ねぇ、私思うんだけれど……」
デボラさんは急にコソコソと声を潜めた。
「あの親子、代替わりする必要なんてあったの?」
そこのところ、トーンを下げるなんて流石は気遣いの権化よね。で、私も同感だけどそれについてはリリアの手前何とも言い難い。多分アルブレヒト様ならデボラさんを原寸大で連れてきてガリバー旅行記状態にしていたと思う。能力だけじゃなくそういう気配りもまだまだ父を超えられていないもんねぇ。
コホン、ついては話題を変えましょうね。
「み、店はどうですか?お商売は順調かしら?」
「えぇ、そりゃもう狙い通りよ。だからこんな事でも無ければ休む暇すらないくらいで」
菓子店はショーウインドウが目論見通り人目をひき、次々と注文が舞い込んでいるそうだ。
「お忙しいのに何だかすみません」
「良いのよ、リセちゃんの婚礼祝いですもの。それに先代様が何をどうしたか知らないけど私いつの間にか聖堂にいてリセちゃんのお式にも参列したのよ!」
「え?」
い、いや、ジェローデル侯爵!それはホントに何をどうなさったのでしょう?時系列ぐちゃぐちゃよ?
「綺麗だったわぁ、花嫁姿のリセちゃん。アイボリーホワイトの優しげな白が本当に良く似合って感動して涙が溢れてきたんだけど……お兄様の嘆き悲しみが凄まじくてそれも引っ込んじゃった」
「は、はは……ははは……」
時空を超えてお越し頂いたのにお見苦しいものをお見せしてすみません、と私は恐縮した。
「それにしても、デボラさんがお元気そうで良かったです。私の命の恩人ですもの。その後お変わりはないですか?」
「それがね……私、婚約したの」
「え?…………えっ、ええーっ?!」
デボラさんはニヨニヨと笑った。




