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転生したらおやゆびサイズでした  作者: 碧りいな
アンネリーゼ
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呪い


 「リセがいてくれるなら僕はどんなに不幸でも構わないよ。たとえそれが地獄みたいな日々だってリセがいてくるならそれで良い。もし鏡の欠片を溶かした誰かが僕を愛し、とろけるような視線や甘やかな言葉を並べたとしてもその誰かがリセじゃないなら僕には何の意味もない。僕はリセを、リセだけを愛している。どんなに嫌われたって構わない。僕は決してリセを離さない。離せないんだ」


 リードの言葉を聞きながら私は空に浮かぶ月を見上げた。薄っすらとした雲の向こうでぼんやりと光る月は今の私たちのことをどんな風に伝えるんだろう?


 何かを失くしてしまった私とそんな私を離さないリード。どんなに愛していると繰り返されてもそんな言葉は私の心をすり抜けて行く。


 それでもそんな心の片隅には胸を締め付けられて苦しみもがいているわたしがいる。いくら耳を塞いでも飛び込んで来るリードの愛しているという言葉は刃物のようにわたしを貫き、傷口からは哀しみがドクドクと流れでているのだ。


 『だってわたしは……知ってしまったから……』


 私の中にポツリと溢したわたしの言葉が響いたその瞬間、儚く光っていた線香花火みたいだった光が激しく弾け飛んだ。


 雲の切れ目から月の光が真っ直ぐに私を照らす。そしてその光は声には出さずに私に話しかけてきた。


 『妻は聞いたのです。自分は呪いだと話す夫の声を……』


 …………。


 そうだわ。全部うそ……


 リードはわたしを愛してなんかいない。



 **********



 あの夜会から数日たったある日、心配したお義姉様がお見舞いにいらした。あの時はまだわたしの体調もそこまで悪くはなくて、力強くお腹を蹴る赤ちゃんに励まされ元気を出さなくちゃって思った。


 お帰りになるお義姉様を馬車寄せまでお見送りに行って、それから久しぶりに外の空気が吸いたくて庭園を一人で歩いて帰った。リリア達が元気を出したわたしの様子に安心してお願いを聞いてくれたのだ。


 薔薇を見に行ったのは久し振りだった。ずっと前から庭師が手掛けているものの中々思うように育たなかった新しい薔薇が今年は初めて幾つも蕾を付けていた。暫く見ない間に小さくて固かった蕾が少しは綻んでいるかも知れないと思うと、わたしの足取りは自然と早くなっていた。


 優しげな象牙色で中央の花弁の先がほんのりグリーンがかっている薔薇が咲くのですよ、庭師はそんな風に言っていた。そして完成したらこの薔薇に妃殿下の名前を付けましょうとも。わたしは薔薇が咲くのが楽しみで、その薔薇を結婚式のブーケに使いたいって淡い期待も寄せていた。


 でも薔薇は…………蕾のまま枯れて灰色のカビに覆われていた。


 わたしはその場に崩れ落ち見上げた薔薇の蕾は滲んでよく見えなくなった。病気になって枯れてしまったわたしの薔薇。まるで……今のわたしそのものみたいだ。


 どれくらいそうしていただろう。もう戻らなきゃ、そう思った時、こちらに近寄ってくる足音と話し声が聞こえてきた。


 わたしはそのまま身体を竦めどうか早く立ち去って頂戴と祈った。だってそれは今一番会いたくない相手だったから。でも二人は薔薇の木立の向こうで立ち止まり艶やかに咲く薔薇を眺め、そしてエレナ様が何時になく真剣な声で話しだした。


 「敢えて厳しい事を言わせてほしいの」

 「君らしくもない、どうしたんだ?」


 それでもエレナ様に応えるリードの優しい声は甘やかすようだ。


 「ジーク。そろそろ真剣に考えた方が良いわ。あんなに虚弱な人が王太子妃の責務を果たせるのかしら?聞いた話ではどんどん弱っていく一方だそうじゃない。何しろ内気で気が弱いんですもの。彼女に王太子妃は無理だったのよ。そろそろ廃妃にすることを検討してはいかが?貴方は王太子、世継ぎが必要なのにあんな人では男の子を生むどころか子をなすことだって難しいのではなくて?」


 けれどもリードは『それは無理だ』と無念そうに言った。


 「彼女はプロイデン一族の娘だ」

 「それがどうしたというの?何の力もない取るに足らない伯爵家の生まれだって聞いたわ。廃妃にしたところで何を言うこともできないのでしょう?何故ファルシア王家はアンネリーゼ様に拘るのかしら?あんな無能な女、ジークには相応しくないでしょう。貴方だって解っているはずよ?役立たずで陰気で、おまけに世継ぎを生むことすらできない妃に何の価値があるの?」

 「廃妃にはできない。彼女は……アンネリーゼはプロイデンの娘。いや、プロイデンの燕だ。ファルシア王家に、そして僕にかけられた呪いなんだ」


 息を呑むエレナ様にリードは絶望を込めた声で言った。


 アンネリーゼはプロイデンの燕と呼ばれる特別な魂の持ち主だ。プロイデンの燕の呪いに取り憑かれたファルシア王家は逃れることなんてできない。プロイデンの燕は鎖のように絡みついているんだって。


 リードの苦しそうな溜息とエレナ様の啜り泣く声が聞こえる。リードはエレナ様を優しく宥めやがて二人は寄り添いながら生け垣の向うに消えていった。


 残されたわたしは一筋の涙すら流さずただじっと枯れてしまった薔薇の蕾を見つめていた。それは雷に打たれたような衝撃で、指の先はおろか瞬き一つさえ身動を許さぬ程にわたしを麻痺させていた。


 プロイデンの燕の呪い……それが何を意味するのかわたしにはわからない。あまりにも荒唐無稽で到底理解なんてできるはずもない。でもそんなことはどうでも良かった。ずっとずっと明らかされなかったわたしが選ばれた理由を知ることができたのだから。


 わたしは望んで選ばれたんじゃない。王家はわたしを選ばざるを得なかっただけだ。


 忌まわしい呪いの為に意にそぐわないわたしを選ぶしかなかったのだ。


 

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