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転生したらおやゆびサイズでした  作者: 碧りいな
アンネリーゼ
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椅子


 リードは深く苦しんでいた。


 それなのに私にはリードの心臓に刺さった鏡の欠片を溶かすことはできない。


 だから私は決めたのだ。


 何があろうと王太子妃の椅子に座り続けようと。


 これがあの少女のように少年を愛する心を持っていない私ができる唯一の抵抗だ。私が王太子妃である限りエレナ様はこの椅子に座ることはできないのだから。


 鏡に支配されたリードはより激しく私を憎むだろう。本物だと信じているエレナ様との愛を引き裂いた私を。そしていつか完全に鏡に蝕まれ我に返ることもなくなるのかも知れない。この先に続くのはリードから疎まれ蔑ろにされるだけの日々だ。でも私は逃げ出すのを止めた。


 「宜しいのですか?」


 屋敷で私たちを見送ったはずなのにジェローデル侯爵はもう王太子妃の間に戻り、当り前みたいに兄さまと並んで向かい側のソファに座っている。あんな言い訳をしたけれどこの人はやる気になればいつまででも息子を白鳥にしておけたんだと思う。


 「凄く残念だなとは思うのです。だって円満離婚の為に味方を増やそうと尽力していたんですもの。それもかなり順調に事が運んでいたのにとんだ徒労になってしまいましたわ。でもこの先強引に離縁を迫られた時には皆きっとまたわたくしの味方に付いて下さるでしょうし、それならあの努力も無駄骨にはなりませんから構いません。ね、兄さま?」


 兄さまはぎごちない笑顔を浮かべている。私の決断を認めたくない気持ちと認めざるを得ない現実。どシスコンにとってこんなに歯痒いことは無いのだろう。


 もう婚儀まで時間が無い。焦ったエレナ様が何を仕出かすかわからないし、フリードリヒ王太子の事もある。

 

 それに私たちが無事に婚儀を終えエレナ様がアシュールに嫁いだとしても、私の身の危険は消えたりはしない。リードは鏡に支配されエレナ様の心はリードを求め続けるだろう。この椅子に座り続ける私はエレナ様からの憎悪を浴び、命を狙われ続けるのだ。


 「御婚儀が終わり王女が帰国するまでは極力王太子妃の間を出ずにお過ごし下さい。王女の魔力が及ばぬように強力な壁を張り巡らせておきました。そこまで危険を回避した後、改めて今後の対策を練り直しましょう」

 「わかりました。婚儀直前なのに風邪気味なので大事をとって、ということにいたしましょう」


 了解です!って顔でそう言いつつも私は内心モヤっていた。


 ん?アルブレヒト様はそんなことおくびにも出さなかったわね。やっぱりハルメサンへの代替りは早すぎたんじゃないのかな?


 チラリと兄さまに視線を向けると兄さまの人差し指が一瞬だけ唇に当てられので小さく目配せして応えておいた。

 

 大丈夫、お口に出したりしないわよ。


 そんな字幕を読み取ったのか兄さまはホッとしたように眉尻を下げ、それからまた真顔に戻った。


 「アルブレヒトと何か別の方法を探す。必ず見つけ出すから……鏡の欠片が溶けてもリセが殿下を受け入れられないならしたいようにすれば良い。どんな選択をしても兄さまはリセの味方だよ」

 「ありがとう。その時が来たら私がしてきた根回しも役立つかも知れないわね。だけど……一つだけあると思うの」

 「鏡の欠片を溶かせるのか?」

 「そうよ……でも……私じゃないわ」

 「リセ!」


 私が何を考えているのか兄さまはお見通しなのは想定内だけど、どうしてそんなに狼狽えるのかわからずに私はきょとんとした。


 「だってそれが一番確実でしょう?」

 「だからって……これまでもあんなに辛い思いをしてきたのに……」

 「そうよね。だけど……どうしてあんなに辛いと思ったのかしら?今はもうその理由すらわからないから何にも感じないわよ。だから良いの。それまで私はこの椅子にしがみつくから」


 無表情で淡々と話す私とオロオロしている兄さまを見比べていた侯爵が、何のことだと眉間を寄せて険しい顔をしている。


 「みんな難しく考えすぎているんです。ごく単純な話ですわ。何も持たないわたくしには鏡の欠片は溶かせません。だから何かを持つ方に託せば良いのです」

 

 侯爵の片眉がほんの少し釣り上げられた。


 「ご不満?でも否定はできないでしょう?」

 「しかし……」

 「一日も早くそんな方が見つかるように、侯爵にも協力して欲しいのです」


 この人の能力なら殿下への恋心を感知するのなんてオチャノコサイサイって気がする。実際に侯爵ったら『簡単だけどそれだけは……』ってお顔をしていらっしゃるもの。

 

 「妃殿下が国を思って下さるのは家臣として有り難い限りですが、それでも女性として耐え難いことはあるでしょう。もう少しご自分を労っては頂けぬものでしょうか?」

 「侯爵?それはわたくしが殿下を思っていればの話です。労るもなにも、わたくしには傷付く理由が無いのですもの」


 侯爵の目にはどうしたって私が可哀想な妻に映ってしまうらしく納得させるのは思いの外難しそうだ。微笑んでも平然としていても無理してそう振る舞う痛々しさだと思われるんだから。


 

  

 


 


 


 

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