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転生したらおやゆびサイズでした  作者: 碧りいな
アンネリーゼ
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白鳥


 ぺったぺったぺった……。


 近付いてくる奇妙な音がドアの向こうでピタリと止まりゆっくりとドアが開かれた。ついいつもの感覚で自分の目線よりも上を見上げたけれどハッと気が付き直ぐに視線を落とす。


 ドアの陰から白鳥のつぶらな瞳がこちらをじっと見ていた。


 ……やだ、アルブレヒトちゃんたら目茶苦茶可愛いんだけど。


 「入りなさい」


 ジェローデル侯爵に言われアルブレヒトちゃん……もといアルブレヒト様は長い首を上下に動かした。それからぺったぺったと水掻きを鳴らしお尻を振りながら私が座るソファの前まで歩いてきた。


 優雅に見える白鳥も水中では必死に足をもがいているなんて言うけれど、実際は上手く浮いているらしい。でもやっぱり陸を歩くのはあまり得意ではないようだ。こんなに美しい白鳥なのに歩き方はアヒルちゃんみたいでかなりお間抜けなんだものね。


 「あのぉ……抱っこしてみてもいい?」


 ダメ元で聞いたらアルブレヒト様が首を仰け反らして後ずさり、嘴をパクパクしながら抗議の声を上げた。


 「バ、バカな事を言うんじゃない!」


 嘴から飛び出したのは聞き慣れたアルブレヒト様の声で私はかなりがっかりした。


 「なんだ、クワックワッとか言わないのね」

 「と、鳥小屋に居る時だけだ。リセにクワクワ言っても何言ってるかわかんないだろうが!」

 

 アルブレヒト様の白い顔がみるみる赤く染まっていく。リリアの言う通り超絶級にシュールな面白さだ。


 白鳥の赤面ってなによ?


 「じゃあ鳥小屋に会いに行けば良かったわ。お仲間とお喋りをしていらっしゃるところを拝見できたでしょうからね」

 「リセ……覚えてろよ!」


 アルブレヒト様は首をクネクネしつつ羽をバタつかせて猛抗議している。そんな嫡男の姿を前にした侯爵は深い溜息をつき、膝をついてつぶらなおめめを覗き込んだ。


 「今だけでも元に戻ったらどうなんだ?」

 「…………」


 アルブレヒト様が頭を後ろに回して羽に突っ込む。姿形だけじゃなく所作まで完璧な白鳥だと私は深く感動した。


 「きっとバツが悪いのでございましょう?このままでも妃殿下はお気になさいませんから……」


 リリアが小声で侯爵をとりなしているけれど肩が震えているのを私は見逃したりしない。リリアさん、アルブレヒトちゃんに相当ツボっているのね。永遠にこのままで……くらいの事を言い出しそうでドキドキしちゃうわ。


 ジェローデル侯爵はリリアのちょっとどうかという思惑にはまるで気が付かず、やれやれというようにこめかみを押さえながら部屋を出ていった。続いてリリアも『何かありましたらお呼び下さい』と言い残し、名残惜しそうにアルブレヒト様を何度も振り返りながら出ていってしまった。


 そんなに気になるなら一緒にいればいいのに。


 そして部屋には私と一羽の白鳥になったアルブレヒト様が残された。


 「……怒っているのか?」


 アルブレヒト様が羽の隙間から覗くようにしてこっちを見ている。駄目ってわかってはいるけれどどうしても我慢できなくて私はニヨニヨと笑った。


 「本当に狡いわね。そんな姿で聞くなんて!」

 「ごめん」

 

 今度は胸と床の隙間に頭を突っ込むようにして項垂れるアルブレヒト様。私は耐えられずに遂に笑い声を上げてしまった。


 「当然怒るわよ。大変なことになるところだったんだから。二つの家門が潰れてしまうような事をしようとしたのよ?猛省してくれなくちゃ!」

 「わかってる、だから……」


 アルブレヒトちゃんでいるのよね。


 「悪いのは私よ。アルブレヒト様を頼りすぎてしまった私がいけなかったの。ごめんなさい」


 ぶるんぶるんとアルブレヒト様の首が左右に動く。そして思わず差し出した私の掌に嘴をちょこんと乗せ、ツンツンと啄んでから少し後ろに下がって座った。


 「親父は確かに魔力が弱くなっているが技術の確かさは到底敵わない。感情のままに突っ走ろうとした未熟者の俺よりもリセを護るには適任だ」

 「感情のままに突っ走るのを控えて下されば良いだけだと思うけれど?」

 「……それが出来ないからこうなったんだ……できるだけ冷静にと堪えていたのに、リセはどんなに危ない状況にいるかちっとも解っていなくて……そうしたら……」


 いやいや、だからそこは自制心で乗り越えましょうよ、と言いかけた私を遮ってアルブレヒト様は首をぐわんと傾けて嘴を開いた。


 「何が知りたいんだ?」


 どうやらこの白鳥は一刻も早く本題に入りたいらしい。ニヤケ顔で眺められるのも不本意だけどバツが悪くて元に戻るのも気が進まないのだろう。私は精一杯の同情をかき集めてどうにか真顔を作ってみせた。


 「…………今のオードバルをどう思う?」

 「……危険だね、極めて危険だ。アシュールと手を組み近隣の小国を根こそぎ併合して帝国にのし上がるのが狙いなのかも知れない。ただしこれはここ最近で急に持ち上がった懸念だ」

 「急に……ということはエレナ様とアシュール王の縁談があったから?」

 「それもあるが一番は第二王子が暗殺されたのが大きいな」

 「第二王子?」


 アルブレヒト様は上下にゆっくりと首を動かした。


 



 


 


 


 

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