狙い
「妃殿下!あぁ良かったぁ……」
私にすがり付いてリリアが泣いている。寝られない食べられないで窶れはて静養先では行方不明になり今度は溺れるなんて、リリアには心配かけてばかりで本当に申し訳ない気持ちで一杯よ。でもリリア、ちょっと力入れ過ぎじゃない?く……苦しいんだけど……あ、でも苦しいって感じるんだから……
「戻ったわ!」
私の叫び声にリリアはびっくりして尻餅をついた。
「アルブレヒト様は?」
「ここにいるよ。お帰り。気分はどうだ?」
「なんともないわ。それよりも聞いて!」
アルブレヒト様に差し出された手を借りて起き上がった私は前のめりになって話し始めた。
「私を池に突き落としたのは女の子なの。幽体離脱した私が渦に吸い込まれて飛ばされたのはオードバル城の庭園で、第一王女が池に突き落とされるところだった。第一王女を突き落として溺れさせたのもその女の子よ。あれはやっぱり……まだ幼かったエレナ様だわ」
リリアは両手を口元に当てて目を見張ったがアルブレヒト様は予想していた通りかと言うようにゆっくりと一つ瞬きをしただけだ。
「自分が王女になるためには第一王女が邪魔だったのね。側にいた護衛騎士やメイド達が時間が止まったみたいに動かなかくなったけれど、それを魔方陣も呪文詠唱も無しにやってのけたんだもの。きっと相当強い魔力を持っているんだと思う。感情だけで恐ろしい黒魔法を発動できるくらいの」
「妙だったんです。許可無しには立ち入れない区域なのにこの子は誰なんだろうと思った途端気が遠くなって、でもそれはほんの一瞬だったのにもう妃殿下のお姿は無かったんですから。わたくしだけではありません。その場にいた者全員が口を揃えて同じことを言ったんです!あれもきっとエレナ様が」
リリアはそう言って悔しそうに俯いた。
「それからまた飛ばされて、そこにはオードバル王と十代半ば位のエレナ様が居たの。ジークフリード王子は既に婚約が内定しているから諦めろって言われたけれど、エレナ様は思いが断てなかったみたい。何かを企むように笑っていたわ。殿下とエレナ様はその頃に出会ったのかしら?」
「六年前の殿下は両陛下と共にオードバルの王太子の婚儀に参列された。その時だろうな」
「なるほどね……」
私とリードが初めて図書館で出会ったのと同じ頃……そう思った時何故か心臓が跳び跳ねるように大きく動き私は慌てて胸を押さえた。どうしたの、この心臓ったら?これって幽体離脱していた後遺症みたいなものかしら?
「それ以外にも何か見たか?」
「えぇ。次に見たエレナ様はもう今と変わらなく見えたわ。乗馬服を着た男性と話をしていて、エレナ様は彼をお兄様って呼んでいたけれどあれはオードバルの王太子じゃなかった」
「白っぽい金髪に国王やエレナと同じ飴色の瞳だったか?」
アルブレヒト様は頷いた私に『第二王子だな』と言った。
「何か言い争っていたの。男性からもうやめなさいとか誰も幸せになれないとか諌められて、それでもエレナ様はどうしても彼が欲しいって……わたしにはそれができる方法があるんだとも言っていたわ。そうしたら男性がもう見逃す訳にはいかないから彼に話すって言い残して立ち去ったけれどエレナ様は邪魔するなら消すって言っていたの。私が見たのはそこまでだけれど、第二王子が落馬したのは多分……事故ではないわ……」
「不自然ではあったんだ。あれ程技術に長けた第二王子が突然暴れた馬に振り落とされたんだからな」
アルブレヒト様の言葉を聞いた私の左手を握るリリアの手は氷のように冷たくなった。
「やっぱり私、エレナ様の狙いは殿下と結ばれることなんだと思う。だけどファルシア王家は今離婚するのは得策ではないと考えているし、エレナ様は断れない縁談を突きつけられている。でも私が消えれば一気に事が動くと思っているのではないかしら?」
「と言うと?」
「同盟を組むのはファルシアでも構わないんじゃない?アシュールとファルシアの国家規模は変わらないでしょう?要は周辺諸国への侵略についてファルシアが口出し出来なくなれば良い」
アルブレヒト様は目を細めてニンマリ笑い嬉しそうに私の頭をポンポンした。
「流石は俺の教え子だ。素晴らしい着眼点だね」
「もしもアシュールへの輿入れが嫌なら私からファルシア王太子妃の座と同盟をもぎ取って来いって言われていたら?その上エレナ様は私達の婚姻よりも前から殿下が好きなのよ?彼女ならどんな手段も厭わないと、そう思わない?」
膝をついたリリアが私に抱き付いた。今にも何かをされそうなそんな気がしてしまったみたいだ。私はリリアの肩に頭を預けて目を閉じた。
エレナ様の目論みは予想はできた。けれどもわからないのはリードだ。エレナ様はリードが好きでリードもエレナ様が好き、だから邪魔な私が憎いのだろう。だったら私の望む円満離婚は願ってもない話のはずなのに……
「殿下は例え二度と顔を合わせることなんか無いとしてもエレナ様を苦しませている私が存在しているのが赦せないんでしょうね。エレナ様に殺されそうになっても知らん顔なんだもの、きっとエレナ様の気が済むならそれでって考えているのよ」
だからって妻の暗殺未遂を放置するなんて言語道断ですが!なにアイツ、ホント何なの?
あの二人の思い通りになんかさせない。絶対に円満離婚してやるのだ。そして人目につかない何処かで引きこもって暮らす、これぞ私の幸せだ。幸いにしてアルブレヒト様っていう防御魔法の使い手が味方なんだもの、居場所を誤魔化すくらいの事はしてくれるわよね?
ぐっと握り締めた私の左手をリリアは黙って包み込んだ。




