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転生したらおやゆびサイズでした  作者: 碧りいな
アンネリーゼ
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花束


 ダイニングテーブルに飾られた花。当たり前に有るものなのに今日のそれは何故か妙に僕を惹き付けた。ふんわりと優しげにドームみたいに広がった不思議なその形に吸い寄せられるようにガラスの花瓶の中を覗くと、茎が水の中で美しい螺旋を描いている。


 「素晴らしいでしょう!」


 いつの間に来ていたのか母の上機嫌な声がした。


 「不思議な花束ですね。どうやって作ったんだろう?」

 「わたくしも不思議でね。製作の様子を見せて欲しくて来週城にお呼びしたのよ。しかもこれを作ったのはまだ12歳のお嬢さんなんですって」

 

 僕は驚いて目を見張った。当然ながら高い技術を持つフローリストの作品だと思ったからだ。


 「子どもがこれを?凄いなぁ。母上、僕も同席してはいけませんか?」

 「それがねぇ……アンネリーゼはとても内気で人前に出るのを嫌がるそうなのよ。だから同席は無理ね。けれどもそうね……気になるのなら何処か目につかない所で隠れていらっしゃいな」


 母はいたずらっぽく微笑み僕もそれに乗ることにした。


 翌週現れたのは金色の髪を若葉色のリボンで結んだ少女だった。ぱっちりとした翠色の瞳にふわっとした白い頬の際立って美しいその女の子は、必死に隠そうとしてはいたけれど可哀想なくらいにおどおどとしていた。


 それが花に向き合い手を伸ばした瞬間に何かが降臨したかのように凛とした雰囲気を纒い、迷うことなく次々と花を捌き始めた。小さな指に挟まれた一輪の花は手の中でどんどん本数を増やしあっという間にドームを形作っていく。目を奪われた僕は一時も視線を反らすことなくじっと見つめていたけれど、それは手品のようで仕組みも何も解らぬうちに瞬く間に大きな花束になった。


 大きく組み上がった花束は少女の手には重いのか時折手を止めて肩を上下に動かしながら『ふぅっ』と小さな吐息を漏らす。それでも少女はまるでダンスをするように滑らかで的確な動きで花を操り忽ち見事な花束を作り上げた。


 母は毎週その少女……アンネリーゼを呼び寄せるようになった。そして花束作らせるだけではなくお茶の時間を一緒に過ごすようにもなった。いくら興味を惹かれてもどうしてそこまでするのか疑問に思う僕に母は『どうやら見つけたのよ』と顔を綻ばせた。


 「あのお嬢さんは『燕』なの」

 

 何を言い出すのだと僕は呆れたが母は真剣だった。アンネリーゼはプロイデン一族に時折生まれてくる『燕』と呼ばれる存在なのだと。僕は益々アンネリーゼに興味を持ち話がしてみたいと思うようになった。


 アンネリーゼに図書館の中でも出入りに許可が必要な一角への立ち入りを許したと聞いて僕は直ぐにそこに向かった。アンネリーゼは高い棚にある本を取ろうと一生懸命手を伸ばしているけれどほんの少し背が足りないようだ。僕はアンネリーゼの指先にある本を取り『これでいいの?』と聞きながら差し出した。驚いてまん丸くしたアンネリーゼの大きな目には今にも溢れそうに涙が溜まっていて、その中で揺らぐ瞳が余りにも深く美しく今にも吸い込まれてしまいそうな恐怖すら覚え、狼狽えた僕はそのまま立ち去った。


 それからはアンネリーゼが来る度に図書館に会いに行った。始めはほとんど話をしてくれなかったアンネリーゼは次第に打ち解けてくれるようになり、親しい人からだけの『リセ』という呼び方を許してくれた。僕は自分が何者であるかをいつかは話すつもりだったが躊躇したリセと会えなくなるのが嫌だった。だからリードと名乗り本名を聞かれてもはぐらかした。


 仲良くなるにつれてリセはくるくると目まぐるしく変化する豊かな表情を見せるようになった。泣き虫で怖がりででも妙に大胆で。僕が言った一言にカチンときたら打ち返すように手厳しい言葉をつらつらと淀みなく並べる。そんなリセと過ごす一時は楽しくて刺激的で僕の大切な時間だった。


 王太子の婚儀に参列するためにオードバルに行ったのはリセと出会って一年ほどした頃だ。リセは12歳から13歳に、僕は15歳になっていた。

僕と同じ歳だというエレナ王女と挨拶を交わし滞在中話をすることが何度となくあったが、リセのように心が弾むことも和むこともなくその時間はただただ退屈で不快なだけだった。


 帰国してしばらく経ち僕は大事な話があると普段は使わない部屋に呼び出された。ここでは親子ではなく国王夫妻と王太子として向き合わなければならない特別な談話室だ。


 「お前もそろそろ縁談を纏めなければならない年頃だ」


 覚悟はしていたつもりだったが思わず膝が震える。だが続く言葉は僕の予想していたものとは随分違っていた。


 「我が王家は永らく『燕』を迎えたいと望んでいたがこれまで叶わなくてね。しかしプロイデンの『燕』はごく稀にしか現れないし女性であるとは限らない。王位を継ぐものと年齢が釣り合わうとも限らない。おまけに二代前に現れた『燕』は身内である公爵の小倅に婚約破棄されて覚醒するという大失態まで犯している。アンネリーゼ・プロイデンはファルシア王家にとって何者にも代えがたい存在なんだ」

「リセが……ですか?」

「あの子はまだ覚醒してはいないのよ。でもあの花のあしらいは『燕』でなければ説明が付かないし、あの子の魂はもう輝きを放ち始めている。アンネリーゼが『燕』だということは間違いないの。だから人となりを見せて貰っていたのだけれど……内気なせいで目立たないけれど、そんなことはどうでも良いと思うくらいにあの子には素晴らしい素質があるわ。頑張り屋さんなのは単純なようで何よりも大切な要素よ。少々生真面目過ぎて身に付くまでに時間は掛かるけれど、そうやって得たものこそ本当の力になるものですからね。寧ろ大きな強みだと言えるわ」

 「待って、一度整理させて下さい。僕の縁談とアンネリーゼ・プロイデンが『燕』であり有能だということ、そこに何の関係が?」


 両親は顔を見合わせて微笑み合った。


 「ファルシア王室はプロイデン伯爵家にアンネリーゼを王太子妃として迎えたいと打診するつもりだ」


 父はきっぱりとそう言った。

 

 


 



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