私の仕事
「うーん?どういう事なのかしらね?」
デボラさんは眉間に皺を寄せて考え込んだ。
「変ですよね?私が乗り移る前のアンネリーゼが私の技術を持っていたなんて。それも本当に取り憑かれたみたいに身体が自然に動くんです」
日本では花嫁修行の一つになる生け花だけれど欧米ではプロの仕事だ。一般的に部屋に花を飾るには花屋さんで花束にしてもらいそれを花瓶に入れるだけ。デボラさんによるとこの世界でも同じらしく一輪挿しに花を挿すくらいの事しかやらないとか。そしてどうやらアンネリーゼの世界も淑女が自らハサミを握って花をあしらったりはしないらしい。
生前の私はホテルの生花装飾部に務めるフローリストだった。パーティ会場を花で飾り付けたり、婚礼のブーケやヘッドドレス等を作る仕事だ。
あの花束はスパイラルテクニックといい花材の茎をスパゲティを鍋に入れる時みたいに一箇所を中心に螺旋状に組み上げていく。まっすぐに茎を束ねた花束とは違い角度を付けて広げることが出来るからドーム型になるのだ。もちろんそれなりに勉強し練習しなければ自然とできるようなものではなくて、束ねた茎の持ち方も独特で利き手とは逆の手の親指と人差し指だけ、それも作り始めは握るというよりも挟むという感覚に近い。
それをアンネリーゼはごく自然にやっていた。あの左手の感じはそっくりそのまま私のものだ。
「今現在の私ならまだ理解できるんです。でも12歳のアンネリーゼはまだまだまるっきり子どもでこの姿よりも随分幼かったんですよ。いくら女の子が短期間でぐっと大人っぽくなるからといってもそこそこ過去の記憶だと思うんですよね」
「どういう事なのかしらね?」
デボラさんはもう一度繰返して首を傾げたが、ぱちりと瞬きをするとちょっと前のめりになって目をキラリと光らせた。
「ね、それはそうと、花束は何方に贈られたの?それもまた何かのきっかけになったのでしょう?」
「あぁ……それが……」
私はモジモジと言い淀んだ。
夢に出てきた花束。ということは結局連日の夢はやっぱり私の深層心理が作り出した単なる夢なのではないだろうか?確かに夢で見た12歳までの記憶は自分のもの……という感覚はあるけれど、それだってこの異常な状況下での藁にもすがるような思い込みかも知れない。
それなのにこの先の大それた成り行き……。いくら夢だからって、ねぇ?
デボラさんは美しい顔を傾けて目を細め、私の言葉を待っている。私はぐっと手を握りしめ思い切って口を開いた。
「侯爵夫人が花束を贈られたのは王妃様だったんです。その際に『小さなレディが作った』と説明をされまして、それをお聞きになった王妃様が興味を惹かれたそうで。私はお城に呼ばれて王妃様に花束作りをご覧頂きました」
ほーら、まるでおとぎ話みたいな成り上がり展開だよね。でもデボラさんは心底びっくり!と言うかのように目を丸くしている。流石は素敵女子。私のこののし上がり願望の塊みたいな夢を馬鹿にすることなく素直に受け止めてくれるんだもね。そしてなんとなく心情を察したのか恥ずかしさで赤くなっている私に優しく頷いてくれた。
「王妃様も少女が変った作り方をする花束がお気に召したそうです。それで私は王妃様の居間に花を飾るために毎週伺うことになりました。花瓶に生け込みをすることもありましたが、王妃様は花束作りをご覧になるのがお好きでしたのでほとんど毎回花束を組んでいましたね。終わったあとは王妃様のお茶のお相手を……と言っても何しろ12歳の子どもですから一方的に王妃様からの質問に答えるだけでしたけれど。そんな中で私が花の図鑑を探している事をお知りになった王妃様が特別な許可がないと入れない図書館で探したら良いと仰って下さったんです。それからは毎回図書館に寄らせて頂くようになった……という所で昨夜の夢は終わったみたいです」
「貴族のお嬢さんだからって王妃様とお会いする機会なんてそうそうあるものではないのでしょう?」
私はコクコクと頷いた。
「我が家は伯爵家ですから上位貴族に含まれるのでしょう。けれども両親は事業には一生懸命でしたが社交は義務的に熟すだけであまり興味はなかったらしくて、どちらかと言えば事業を盛り立てる為の手段だと考えていたみたいです。何事も無ければ私なんてデビュタントのご挨拶で拝謁するくらいしかお目にかかる事なんてなかった筈なんですよ」
「それなのにお茶のお相手まで……リセちゃんのいたたまれなさを思うと何だか可哀想にすら思えてくるわ」
「デボラさん……」
私の目からぽろんと涙が溢れた。どうしてこの人ったらこんなにも私の気持ちに寄り添えるのかしら?
そうなのだ。12歳のアンネリーゼはお城に行くのが怖くて堪らなかった。自分の悪気の無い振る舞いを王妃様が不快に思われたら、ご機嫌を損ねたらと思うと不安とプレッシャーで押し潰されそうになっていたのだ。
元々アンネリーゼは引っ込み思案な女の子でグイグイ前に出るタイプじゃない。だけど持って生まれたこの容姿は引っ込んでいてもめちゃくちゃ目立つものだから当然人目を引くし天使のようだと賞賛されるのだけれど、それすら苦痛に感じるくらいで。『お願い、みんなの前で私を褒めないで!』なんて、いつも胸の内で必死に懇願していた。
そんな苦しさを理解してもらえた事を嬉しいと思いながらも私はかなり疑問だった。
アンネリーゼの記憶。
夢に見ただけなのに、どうしてこんなにも自分のもののように感じるのだろうか?