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転生したらおやゆびサイズでした  作者: 碧りいな
アンネリーゼ
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顔合わせ


 いつも図鑑を読むあのテーブルで誰かが本を読んでいる。ううん、誰かではない。あれが王太子殿下なのだ。初めて会う殿下はどんな人なのか、何を思われて何を言われるのか、不安で不安で胸が苦しくて足がすくむ。側に行きたくないという気持ちと早く行かなければという気持ち。ともすれば大きく膨らみ破裂しそうになる『行きたくない』を懸命に押さえながら必死に進むけれど、そろりそろりとしたわたしの足取りは綱渡りのようだった。


 それでも近寄ってくる気配に気が付いたのだろう。背中を向けて本を読んでいた殿下が頭を上げてくるりと振り向いた。そして目があったその瞬間わたしはその場にへにゃりと崩れ落ち、殿下が……


 リードが掛けよってわたしを支えた。


 「リセ、大丈夫か?」


 心配そうに覗き込むリードの顔が歪んで滲んで何も見えなくなり、わたしは声を上げて泣いた。あの夜一晩中泣いてもう涙なんて出ないと思っていたのにポロポロポロポロと絶え間なく溢れてくる。リードはおろおろしながらハンカチを取り出してわたしの涙を拭いていた。


 凄く長い時間だった。涙はなかなか止まらずハンカチがびしょ濡れになってしまってリードは急いでタオルを取りに行って。タオルを渡されたら何だか余計に涙が出てきてしまいまた泣きじゃくって。リードに手を引かれて窓際のソファに並んで座り、そこでもずっとずっと泣いているわたしにリードは自分で注いだ果実水のグラスを持たせてくれた。


 一口飲んでほっと息をつき後は一気に飲み干した。それからタオルでごしごし顔を擦り……


 パシン!


 わたしはそのタオルでリードの腕を思いっきり叩いた。


 「リードのバカ!バカバカバカ!!リードの嘘つき!リードはリードじゃないじゃない!」


 プンプンに怒って怒鳴り付けたわたしをリードは目を丸くして見ていた。


 「ごめん。でも僕が誰かを知ったら……リセはここに来てくれなくなると思ったんだ」

 

 わたしは唇を尖らせて怒っていたけれど何も言い返さなかった。いや、言い返せなかったのだ。確かにリードがジークフリード王太子だと知ったら畏れ多くて逃げ出していただろう。


 「本当の事を言えなくてごめん」

 「凄く怖かった。凄く凄く怖かったのよ。キライ、リードなんか大っ嫌い!」

 「でも……ジークフリードが僕で……安心してくれた?」

 

 おずおずと尋ねるリードわたしはパチパチと瞬きを繰り返しそれから俯いた。直ぐに顔が火照って真っ赤になってしまったのが堪らなく悔しかった。


 ヒックヒック……図書館にわたしがしゃくり上げる声が響く。リードが慌ててももう遅い。わたしの涙腺はまたしても崩壊した。


 「びっくりさせてごめん。それに……隠してごめん。赦してくれないか?」

 「リード……」


 リードはしょんぼりと項垂れている。そんなリードの姿にわたしは……


 わたしは呆れ返った。


 「リードったら、どうしてわたしじゃ駄目だって言わなかったの?わたしにそんな大役が務まるはずが無いってリードなら解っているでしょう?『引っ込み思案の意気地無し』なんて陰口を言われるくらいなのよ。無理無理、絶対にムリっ!今からでも撤回するように頼んでよ!」

 「でも父上と母上がリセなら大丈夫って選んだんだよ?」

 「失礼ながら申し上げるけど両陛下は見る目が無さすぎるわ。両親でさえどうしてこの娘なんだろうって首を傾げてばかりいるのよ。わたしね、お勉強だって飲み込みが悪くて兄さまみたいに要領良くなんてできないの。何故そうなるのか一杯一杯考えて納得しないと頭に入らない、凄く時間が掛かるのよ。王太子妃がおバカさんなんて話にならないわ」

 「でも一度覚えたことは驚くほど忘れないし応用力は目を見張るものがある、むしろ非常に優秀だって報告が上がっているよ」

 「そんなこと誰が言ったのよ?」

 「だって王太子妃を決めるんだよ。ありとあらゆる事を調べるに決まってるじゃないか。リセが有能なのは複数の家庭教師が認めていた」


 またしても言い返せないわたしはリードを睨んだ。


 「両親は社交界に興味がないの。蜜蜂とお商売で頭が一杯。なーんの力も持ってないから王室のお役になんて立てないわ」

 「変に力のある家だと勢力が傾くだろう?娘を王族にしたってのさばられるのは困るんだ。事業で手一杯なんて理想的だと父上が言っている」

 「だけど、わたしじゃなくてもそんな人は沢山いるわ。いいえ、もっともっと王太子妃に相応しい人が」「でもリセは一人しかいない」


 リードの両手がわたしの肩を掴んだ。


 「僕はここにいるリセが……」


 

 ∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗



 「あれ?」


 パタパタと落ちる雫の感触に膝の上を見下ろすとスカートにいくつもの染みが出来ていた。


 「何か思い出したのか?」


 さっきまでの荒々しさとは別人のように穏やかな声で問いかけられ私は狼狽えた。


 あれは婚約内定後の初めての顔合わせ。『ジークフリードは図書館で待っているから行ってらっしゃい』と笑顔の王妃様に言われ、わたしは渋々会いに行ったのだ。そこで待つのがリードだなんて思いもせずに。


 毎度の事ながら戻った記憶は私にとってたった今起こった出来事。今の今までリードに向かって号泣しながらぎゃあぎゃあ文句を言っていた、という感覚だ。少年だったリードが大人になっている違和感で頭がクラクラする。


 「顔合わせの日の事を……」


 リードはポケットから取り出したハンカチを差し出してきた。きっと記憶の中のわたしが泣いたから私も涙を流していたんだろう。


 渡されたハンカチで涙を拭った私はふとリードを見上げた。わたしはあの夜から泣くのを止めた。どんなに辛くても苦しくても涙を堪えて耐えてきた。


 でも、でもわたしは……


 「わたし……リードの前でなら……泣く事ができた…………の?」


 リードは何も答えず、瞳たけが切なげに揺らめいた。


 


 

 

 


 



 


 

 


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