字幕
「あぁよろしゅうございました。サイズはピッタリですわ!」
主任の声にアシスタント達は一斉にほっとした表情を見せた。
最後のフィッティングはあの夜会の前。体調を崩したわたしはウェディングドレスどころではなくなりロンダール城に送られた。けれども婚儀の予定は変わらずに迫ってくるからドレスの製作を止める訳にはいかないし、進めば進むほどサイズ直しが難しくなる。もしも小耳に挟んだ通り私が『太った』となれば……縮めるならばどうにかできても幅を出すとなると絶望的。時は一刻を争う。
それで戻ってからの初仕事がウェディングドレスの試着になったと言うわけだ。
太った疑惑は忽ち城内を駆け巡ったらしく、王太子妃付き女官長や王妃様の私室付き女官チェイサー伯爵夫人も不安そうな面持ちで立ち会っていたが、ジャストフィットのドレスに安堵の溜息を漏らした。
「寄ってたかって太ったなんて、本当にひどいわよね」
「まぁまぁ、こんなにお似合いなんですもの、よろしいではございませんか!」
我ながら否定できず私は鏡に映った自分から目が離せなかった。
アイボリーホワイトのレースで仕立てられたスクエアネックからは程よく鎖骨が覗いており手の甲までを覆うピタッとしたロングスリーブが続く。ウエストよりもやや下がった所で切り替えられた流れるようなAラインのシルクサテンのスカートは美しいドレープを描き後は長くトレーンを引いている。縫い付けられた大小の真珠が放つ柔らかな光が私の初々しさを引き立てていた。
そう、実に初々しいのだ。結婚してもうすぐ丸四年だけどね。
「ブーケはどうなさるかお決めになりまして?」
「えぇ。白いバラをメインにニゲラとルリダマアザミ、エリンジウムを使おうと思うの」
「妃殿下が手ずから?」
「それは無理よ!」
私は笑いながらとんでもないと否定した。
「明け方から準備が始めるんだもの。ブーケなんて作っていたら徹夜しなくちゃならないわ。目の下に隈のある花嫁さんは困るでしょう?」
「当然ですわ。妃殿下には世界一お美しい花嫁さんになって頂かなくてはね!」
リリアの言葉に皆その通りと言うように頷いて和やかな雰囲気に包まれたドレスルームだったが、何やら廊下が騒がしい。
どうやらお出ましになったようだ。
エレナ様が来て以来この人は誰の許可があってどこにでもズカズカと入ってくるのかと不思議でたまらなかったんだけど、王妃様の許可を引っさげていると聞いた時は仰天して口をパクパクしてしまった。友達なんだから遠慮なく入っていいのよって。
友達ね……何を見ているんだか。大体どうして王妃様がそれをお決めになるのか。小うるさくてドS指導の王妃陛下だけれど言われることは一々ご尤もという方なのに。
「あらまあ、可愛らしいこと!」
ほらほら、始まりましたよ!きっと昨日のルンルンに刺激されてぶっ潰してやる!って意気込んでお見えになったのね。
私は振り向いてフワッと目を泳がせてから曖昧な愛顔を浮かべた。
『子どもっぽくて野暮ったいという意味の可愛らしいなのですね。ハートにザクッとダメージを頂いたけど皆さんの手前表には出せないので必死に耐えます!』という字幕が浮かぶように。
「ありがとうございます」
「結局真珠しかお付けにならないのね。でも良いんじゃない?キラキラした宝石を付けても……ねぇ?」
エレナ様の侍女達は目配せし合いながらニヤついた。きっとこういうタイプじゃないとエレナ様の侍女は努まらないのだ。リリアの話じゃ侍女間の足の引っ張り合いで苦労しているんだって。
「アンネリーゼさまの霞がかった淡く光る月のような容姿には真珠が適当なのでしょうね」
言うわね、遠慮なく。言ってくれるわね。それどう捉えても地味ってことよね。それから『適当』って酷いよね。
けれども私が待ち構えていたのはこういうヤツ!ありがとう、遠慮なく美味しく頂きますわよ!
私は微笑んだ。『無理したせいで引き攣っちゃうのをどうにか悟られないようにしなきゃ』という字幕を添えて。
「わたくしに似合うものをと色味も素材もこの真珠も皆が一生懸命考えてくれましたので」
動揺して声が震えるのを精一杯抑えていますって雰囲気を醸しながら俯き気味に答える私の横に浮き出した字幕は『だからお願い、もうこれ以上何も言わないで』だ。当然空気を読んでエレナ様が黙るなんて思ってやいないけど。
餌をちらつかされたとも気付かずにエレナ様はウイークポイント発見とばかりに目を細めた。この人のこういうずば抜けた勘と反射神経の良さを何かに有効利用はできないものだろうか?能力の高さは天下一品なのに。
「そうでしょうね、よくお選びになったものだわ。貴女にピッタリよ!でも……どうなのかしらね?ジークの好みとはちょっと違うような気がしない?」
そう言われたエレナ様の侍女達は顔を見合わせてオホホと笑った。同時に『そんなこと、口に出して言えませんわぁ』という字幕が出現しましたよ!
とはいえ何も言わないという選択肢は無いエレナ陣営。
「さぁ?いかがでございましょうね?王太子殿下は今朝の朝食の際もエレナ王女殿下の今日のドレスをしきりと褒めておいででしたが……」
エレナ様のドレスは今日もイケイケだ。そんなにご立派なお持ち物がポロリしない秘訣は何なんだろう?とついつい出血大サービスレベルの開口部となっている胸元を凝視していると、エレナ陣営、今度は顔を見合わせてウフフという含み笑いをした。『王太子はセクシー系がタイプ。エレナ王女はど真ん中』という字幕に加えて『今朝も一緒にお食事しましたよ』というのをサラッと匂わせる字幕が出るようなね。
ガーン!……という感じで目を見開いた私はそのまま息を止めて目頭を力ませた。大ショックを受けた体で強引に涙を浮かべる作戦だ。
エレナ様の口の端がキュっと吊り上がった。きっとクリティカルヒット!って思ってるわよ、作戦成功ですわ!と心の中の私がガッツポーズをしている……
それなのにだ。
私の背後でなにやら怪しいオーラが蠢いているのって、気の所為だよね?




