小芝居
どうしてこんな状況になっているのか私にはさっぱりわからない。わかっているのはこの馬車の乗り心地が非常に悪いってことだけだ。
「いつからだ、いつから君たちは」「違うってば!そんなんじゃないわ!」「妃殿下の仰る通りです」
リードの話を遮った私の話を遮ったアルブレヒト様の言葉で私はホッとして脱力した。ホラホラ、いくら貴方が上っ面だけ大人になった永遠の悪戯坊主だからって一国の王太子をからかったらダメじゃないの!とっとと解りやすく否定してよね。
という期待も虚しくアルブレヒト様は余計にこの場を混乱させて楽しむつもりらしい。
「残念ながらわたしの想いは妃殿下には届いていないのです。ただひたすらこの胸で燃え上がるのみでございましてね。あまりにも激しい恋の炎故に胸の中が黒く焼け爛れ、しかしそれでもなおその勢いは衰えてはくれない」
切なそうに項垂れて見せるアルブレヒト様を冷ややかに見ながら、
「黒いのはお胸じゃなくてお腹でしょうに!」
と憎まれ口をきく私にリードは殺気だった顔を向けた。
「確認するが君は気付いていなかったのだな?」
「気付くもなにも、アルブレヒト様は親戚のお兄様みたいな存在だって申し上げましたでしょう?」
「ではジェローデル卿、これはあくまでも一方的な報われぬ想いなのだな?」
「さぁ、報われぬかどうかはまだわかりませんね。アンネリーゼ・プロイデンに戻ったならばリセが新しい幸せを見つけるのは当然の権利だ、違いますか?」
やめなさい、永遠の悪戯坊主め!という私の渾身の念には一切反応せずこの小芝居がそりゃもうお気に召したらしいアルブレヒト様は小ズルそうににやけた。どうもこの状況にも関わらず漢の沽券なのか何なのかムキになっているリードの反応が面白くてたまらないらしい。
お願い、やめとくれ!
だがこうなったらどうにも止まれないのがアルブレヒト・ジェローデルという永遠の悪戯坊主なのである。
「リセは小さな妹のようなものでね。数年振りに結婚したばかりのリセに再会した時も、相変わらず可愛らしいなぁとそのようにしか感じませんでした。なにしろ14になったばかりのあどけない子どもでしたら無邪気な仔猫を眺めているようなそんな感じです。けれどもね、ある時思い知らされたんですよ。リセはもう可愛いだけの仔猫ちゃんじゃない、大人の女性になったんだって」
アルブレヒト様め、よくもまあスラスラと口からでまかせを!この人いつの間にこんなアドリブ上手になったのよ?余裕綽々でリードを見ている目付きがまぁ憎たらしいし、おまけにリードが睨んでいるのはアルブレヒト様じゃなくて私なんだけど!
「奇しくもあれはそのトラス村からリセが戻った時でした。自ら被災地に向かったと聞いて不安でならなかったわたしはユリウスと共にリセを出迎えたのですよ。馬車から降り立ったリセは髪を無造作に結い簡素な服は薄汚れて疲れ果てていた。しかしながらその凛とした息を飲むほどに美しく力強く気高い佇まいにわたしは思わず言葉を忘れました。小さくあどけなかった仔猫ちゃんは気付かぬ間にこんなにも眩しく光輝く大人の女性になっていたのだと」
「それにしちゃあ『お前ズタボロだなぁ』とか言ってませんでしたっけ?」
リードからの突き刺さる視線に堪りかね口を挟んでみたけれど、アルブレヒト様はまだまだ小芝居を続行したいようだ。
「リセはもう子どもじゃない、そう思い知らされると共にわたしは自覚しました。変わったのはリセだけではない。わたしは小さな妹を見守る兄ではなくリセを愛する一人の男になっているのだと」
よくもまあ上手いこと狙った所に着地を決めたもんだと呆れる私を他所にアルブレヒト様はご満悦だ。
「しかしリセは僕の妻だ」
「その通りです。だからわたしは決して胸の内を明かさずに秘めて参りました。愛らしい笑顔を見れば心が踊り憂いをたたえて伏せた長い睫毛には胸が締め付けられた、それがどれ程わたしを苦悩させたことでしょう。それでもわたしはひたすら耐えました。リセはこの国の王太子妃、ジークフリード殿下の妻なのだからと。しかしながらどうやら天はわたしに味方をしてくれるらしい!」
アルブレヒト様は目を細めて上を見上げた。そんなところにあるのは馬車の天井だけなんだけどな。まだ小芝居は続くのかしら?厄介な事に子どもの頃からこの人ってホントにノリだすと止まらないタイプなのよね。
「殿下が新しい幸せを見つけられたのならば、リセはわたしが幸せにします。ですからどうぞ殿下は気兼ねなく新しいお相手との人生を歩まれますように」
アルブレヒト様はやり切って満足したと見える。意気揚々とものすごーくわざとらしい恭しさで胸に手を当てリードに一礼し口の端をニイっと上げた。
リードはチラリとアルブレヒト様に目をやり直ぐにぷいとそっぽを向き、そして小さな声で『だから被災地になんて行かなければ良かったのに……』と呟いた。
いやそれ、今言うこと?もう一年半も前の話なのにいつまで根に持つのかしら?そもそもあんまり関係無くない?
沸沸と沸き上がる苛立ちを必死に押さえているのを察したのだろう。リリアが先回りをして私の左手を握った。私は大丈夫だと答えるようにきゅっとリリアの手を握り返しリードに向きなおった。
「被災地に行ったのがお気に障ったことはお詫び申し上げますわ。けれども殿下がご不快に思われたとしてもわたくしは被災地に赴いたことに悔いはございません。初めてでした。わたくしはあの時初めて自分が王太子妃であることに心から感謝する事ができたのです」
リードの目が再び何かを探るように私の瞳を捉えている。
「村人達に手を差し伸べられたのはわたくしが王太子妃だったからです。そうでなければ誰が小娘の言うことなんて聞き入れたでしょうか?絶望するばかりだった村人が希望を見出し妃殿下の為に立ち上がると言ってくれた。それは輝くティアラを載せられても綺麗なドレスを纏っても、大勢の者達に傅かれても感じることなど無かった喜びだったのです。ですから殿下にどう思われようと後悔なんかしませんわ」
左手をリリアがそっと擦った。また私はスカートを握りしめようとしたいていたらしい。




