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転生したらおやゆびサイズでした  作者: 碧りいな
おやゆび姫
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懺悔の印


 「くっ、悔い改めます。いいえっ、もう悔い改めました!も、も、も、申し訳、ございませんでしたっ!謝ります、謝りますから……どうか命だけは」 


 ルキアはへのへのの情けない顔で泣きながら私を拝んでいる。


 「救済を求めるのだな?」

 「は、はい。どうかお助け下さいぃー」


 ルキアくん、額を床に擦り付けて頭の上で合掌している。私はデボラさんを見上げて親指を立て、それから厳かに……あくまでも厳かに言った。


 「ならば懺悔の印としてこの書類に署名をせよ!」

 「し、しますっ!ですから命だけは……うぅうっ……」


 恐れおののくルキアくん、メシア様ともあろうお方が書類への署名を求める不自然さには全く気付くことなくお仕置きされた幼児のように泣いている。


 「愛し子デボラよ。書類をこれに」


 私に指示されたデボラさんはショルダーバッグから書類を取り出してテーブルに乗せ隣にペンを並べた。


 「罪人よ、良いか?この空欄に署名をし、即刻妻と共に立ち去るのだ。さもなくば……」


 私の額でユラユラ揺れるスタンバイ状態の光にルキアは頭を抱えて丸まりながら『助けてくれぇ』と号泣した。


 「お前に救済を与える。さぁ、署名をせよ!」


 命と引き換えに署名を迫るメシア様はかる~くパチンとペンに火花を散らした。ダンゴ虫みたいだったルキアは血相を変えてペンを手に取り名前を書き込むとデボラさんに差し出した。『赦してくれ、お前を騙してごめんよぉ』って泣きながら。


 デボラさんは受け取った書類の署名欄を確認しパチンとウインクをした。もうね、すっごくキュートなキュンとしちゃうウインクよ?萌えるわぁ!


 だがここからはスピード勝負だ。兎に角一刻も早くこいつらを叩き出さなくては!


 「罪人よ、これは仮りそめの救済である。即刻この地を離れ片道一週間以上かかる新天地に赴きそこで妻と共に慎ましく暮らすのだ。だがたとえどこに居ても我の目を逃れたと思うで無い。我はメシア、この世の全てを知る救世主……」


 ルキアくん、はったりが超有効なちょろい奴。言ってるこっちがナンノコッチャなのに神の啓示を受けるようにほっぺに滝のような涙を流しながら頷いている。


 「もしもまつろわないならばその時は……」


 チョウチョがお花に止まったよ!くらいの優しさ溢れる鼻の頭へのパチンだけど、ここでやられるとは予想外だったらしくルキアは跳び上がって叫んだ。


 「ま、ま、ま、まつろいます。絶対にまつろいます。死ぬまでメシア様に逆らったりしませんっ!」

 「立ち去れ!二度とこの地に戻ってはならぬ!」


 『はいっ!!』という良いお返事と共にルキアは店に飛び込んで行き、信じられない短時間で旅行鞄を抱え事態が把握できずに呆然としている妻の手を引いて出てきた。そして馬車に飛び乗ると座る余裕もないまま手綱を弾いて馬を走らせ凄い勢いで消えて行った。



**********


 デボラさんは大急ぎで役場に行き書類を提出した。ルキアの妻に書かされたのと同じ店の譲渡の同意書をね!これで店はデボラさんの手に戻り、賢いデボラさんが二度と彼等の罠に落ちることも無いだろう。


 私達はおばあさまの家に戻り打ち上げをすることにした。デボラさんが腕を振るって作ってくれた何種類もの焼き菓子は本当に美味しくて、もうすぐ食べられなくなるのが残念で堪らないくらいで。これならあの店の未来は明るいと思う。


 「使用人が集まる迄は無理のないところからやってみたらどうでしょう?例えば私達の仕事なら完全に受注生産なんです。お菓子だからって店頭に並んでいなくちゃっていう固定概念を外して、デボラさんができる分だけ予約を受けて納品するっていうスタイルから始めたらどうでしょうね?」

 「そうね、それなら仕入れもしやすいわね」

 「あ、そうだ!」


 私は齧っていたクッキーのアイシングをまじまじと見た。デボラさんのアイシングクッキーは美味しいだけじゃなく芸術品と言っても過言ではない素晴らしい物だ。


 「デボラさん、シュガークラフトも出来ますよね?」

 「えぇ、シュガークラフトで飾ったフルーツケーキはお誕生日に欠かせないのよ」


 ほぉ、ここではそういうバースデーケーキなのですか!


 「じゃあそれを重ねてウエディングケーキにしてみたらどうでしょうね?」


 私は幸せを分かち合うイギリス式ウエディングケーキの概要を説明した。一段目は列席者に振る舞い二段目は来られなかった人に贈り、三段目は初めての結婚記念日か赤ちゃんが産まれたお祝いに食べる。


 「サンプルを店のウインドウに飾ったら興味を惹くでしょう?これこそ完全受注生産だしデボラさんの技術を活かすのにもうってつけですよ!」

 

 頬に人差し指を当てて考えていたデボラさんは私を見下ろしてにっこりと笑った。


 「やってみようかしら?なんだかリセちゃんと話していたら新しい事に挑戦してみたくなったわ!燕って凄いわね。一族にとって大切な存在だって言うのが良くわかるわ。きっと燕は知識もさる事ながら、こうやって挑戦してみようと思わせる勇気をくれるのよ!」

 

 瞳を輝かせるデボラさんは生き生きしていた。今迄のちょっとアンニュイで淋しげなデボラさんの醸し出す雰囲気がなんとも言えない魅力だと思っていたけれど、こんな風に溌剌としたデボラさんを目の当たりにしたらアンニュイデボラなんて吹き飛んでしまう。


 未来に向かって歩き出したデボラさんは眩しく輝いていた。


 

 



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