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転生したらおやゆびサイズでした  作者: 碧りいな
おやゆび姫
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ルキア


 一件落着だと浮かれた義母が帰っていき、それから私はリビングのソファで全ての感情を失くし長いこと放心状態で座っていた。


 涼太が何か話し掛けて来て受け答えはしたけれど内容は全く覚えていない。気が付いたら無意識なまま涼太を見送った玄関でぼーっと座り込んでいた。一人になった、そう思った瞬間に今まで何処かに追いやっていた気持ちが一気に押し寄せて来て私を呑み込んだ。辛くて苦しくて胸が痛くてもう耐えられない、そんな気持ち。でも無理なのだ。私が悪いと決めつけるあの人達から逃げることなんてできない。私は死ぬまでこの地獄のような家に囚われて生きて行くしかないのだ。


 赤ちゃんが来たら私は母親にされる。涼太と不倫相手の彼女の赤ちゃんに愛情を注ぎ慈しむ母親に。


 その前に一時だけでいい、と私は渇望した。


 自由になりたい。この家から、この地獄から逃れて自由に……



 「で、秘密箱を買う為に有名な温泉地に行った、という訳です。涼太には二泊して来るってメモを残して来たんですけれどそれを聞いた義母が激怒して翌朝帰らなきゃならなくなった。留守の間に涼太は彼女を家に呼んで赤ちゃんを引き取ることを伝えたけれど彼女は納得しなかったんでしょうね。だって義母はね、赤ちゃんを買い取るつもりだったんですよ?」

 

 デボラさんは何も言えずに天井を見上げた。


 まだまだ遊びたい若い娘なんだから産んでも育てる気なんかない、と義母は勝手に決めつけていた。だからお金を払えば赤ちゃんを渡すだろうって。でも彼女は涼太が好きでどうしても涼太が欲しくてどんな事だってできると、それほど強い情熱を持っていたのだ。


 その情熱が怒りによって燃え上がり歪に形を変えてしまい……


 「私は彼女に刺し殺されました。でも私を殺したのは本当に彼女だけでしょうか?私は……私は、義母と涼太にも殺されたと、そう思っているんです」


 静かに静かに、声を圧し殺してデボラさんが泣いている。そして拭っても拭っても次々と溢れる涙をどうすることもできない私。


 でも泣いていてはダメなんだ、と私は目をごしごしと擦って顔を上げた。私は義母と涼太に立ち向かうことなく負けた。だけど燕として魂だけは守ることができたのだ。今度こそ、今度こそ負けたりしない。この魂を踏みにじらせたりしない。


 「私はわたしの魂を守ります。もう誰にも傷つけさせたりはしません!」

 

 まだ方法は見つからないけれど、それは帰ってからどうにかしよう。


 

 ∗∗∗∗∗∗∗∗∗∗



 相当時間は掛かったけれどデボラさんも泣き止んで、赤い目元で私に微笑んだ。私の為に涙を流してくれるデボラさん。大好きなデボラさん。だから私は……


 「デボラさん。デボラさんも勇気を出しませんか?」

 「…………やっぱり、リセちゃんは気が付いていたのね?」

 「…………はい。どう考えてもおかしいなって……」


 だってデボラさんは赤ちゃんが欲しくて魔女から麦を買ったんだよ?それなのにこの家には旦那さんがいない、というか気配すらない。それならどうして赤ちゃんなのって。


 「辛い経験をした貴女には云いづらいんだけど……私は……シタ側なのよ……」

 

 デボラさんが不倫?!


 思わず目を丸くした私にデボラさんは慌てて手を振った。


 「もちろん奥さんがいるなんて知らなかったの。本当よ!」


 そう言ってデボラさんは事情を話し出した。



 デボラさんは街の菓子店の一人娘だった。両親と一緒に菓子を焼き看板娘として店番もする。店は街一番の人気店で大繁盛しており忙しくも充実した毎日を過ごしていた。


 そんなある日、仕入れに出掛けた両親が事故で急死した。丁度通り掛かった教会の尖塔に落ちた雷に驚いて馬車馬が暴れだし、馬車を引いたまま川に突っ込んだのだ。突然両親を亡くしたデボラさんは悲しみに暮れていたが、沢山の常連客の励ましもあり店を開けることを決めた。


 「だけど一人では手が回らなくてね。途方に暮れていたら訪ねて来たのよ、菓子職人が!」


 それは遠い街に住む男で父とは兄弟弟子だという。尊敬する父の訃報を聞き駆けつけてきた、何か手伝えることがあればさせて欲しいという申し出に、困り果てていたデボラさんはルキアと名乗るその男につい手伝いを頼んでしまったのだ。


 涼太の優しさに絆された私にデボラさんが非常に同情的だったのはつまりそういう事で。一人ぼっちになって寂しくて心細くて、そんな時に優しくされたらそんな気持ちにもなるよね。


 「ルキアが結婚をちらつかせるようになって私もその気になっちゃって、二人で店を盛り立てて行こうと決意したの。でもね、押し掛けてきたのよ、ルキアの妻だっていう女が……私、ルキアに騙されていたの。でも……全部仕組まれていたのよ」


 ルキアは大きな菓子店に勤める職人だったんだけど店の売上金に手を付けていたのがバレて首になった。悪い噂は直ぐに広がり再就職もままならない。そこで偶然耳にしたデボラさんの両親の死を利用することにした。


 消沈しているデボラさんを言葉巧みに依存させ、ルキア無しでは生きていけないと思い込ませる。涼太の母親もそうだけど、人間にはそういう能力を持って生まれる者が存在するんだろう。


 精神的に相手を支配する能力を持った者が。


 


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