火花
散々催促して兄さまを戻らせたのに、入れ替わるように現れたアルブレヒト様に向かってわたしは隠そうともせずにげんなりした。
「どうしてわたしの兄さま達はこんなに過保護なのかしら?」
「兄さま?俺も?」
「違うとは言わせいわよ!小さなわたし相手にこれっぽっちの遠慮もなく散々悪戯を仕掛けたくせに!!」
ずーっと根に持っていたわたしは唇を尖らせた。本物そっくりのカエルのおもちゃを頭に乗せられたりびっくり箱を開けさせられたり、特に物陰に隠れて脅かされるのなんて屋敷に来る度にやられていたから段々わたしの方が待ち伏せして反撃するようになったくらいアルブレヒト様の悪戯はしつこかったのだ。
「だったらリセはアルブレヒト兄さまの言うことに逆らうんじゃないぞ?いいか?何も考えずにゆっくり休むんだ。目の下の隈も頬の窪みもきれいさっぱり消せるようにね」
兄さまはわたしを一人残すのが心配でアルブレヒト様に監視役を頼んだそうだ。大張り切りで任務に当たるアルブレヒト様に辟易しつつも本城を離れ心身共に休まったのだろう。ふざけるアルブレヒト様の言葉に笑い声を上げる事が増え、体調は日に日に回復し食欲も戻りつつあった。もう二三日もすれば本城に戻っても問題ないだろう、医師にそう告げられたわたしは図書室のテーブルの上にポツンと置かれた本を見付けた。
おやゆび姫のお話は小さな頃に読んだけれど途中までしか内容が思い出せなくて……
「懐かしいわね……」
わたしは魅入られたように本を手に取りそのまま部屋に持ち帰った。
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何処までも広がる深い深い闇の中、一筋の光が私の足元を照らしている。そこにある小さな箱を私は手に取って眺めた。様々な色味の木材の小さなパーツが模様を作っている寄せ木細工の小箱。
傾けるとカラカラと音がなる。中に何かが入っているのね。でもこれ、どうやって開けるんだろう?
裏側の『四寸十回』という刻印を見て思い出した。あぁ、そうだわ。これは秘密箱というのよ。側面の仕掛けを正しく十回スライドすると開けられる秘密の箱。いつか欲しいなあってずっと思っていて……辛くて苦しくて胸が痛くてもう耐えられないと思ったあの朝、ふと思い立って秘密箱を買いに行こうって決めたの。
何件もお店を回って迷って迷って決めた秘密箱。ずっと訪れてみたかった憧れのホテルのレストランで、テーブルの向かい側に秘密箱を置いて独りぼっちのディナーを楽しんでいたら、ひっきりなしにに着信があってうんざりしちゃった。主婦が勝手に家を空けるなんて何を考えているのってぎゃあぎゃあ喚いている声は聞き流しはしたけれど、やっぱり明日は戻らなきゃ駄目みたいだなって。二泊してのんびりしようと思ったのにね。仕方無しに乗った始発の列車の中で秘密箱を開けたり閉めたりしながら帰ったら、綺麗にしてあったはずの寝室のベッドが何があったかを教えてくれた。
だから早く帰っちゃいけなかったのに。
もう絶対に裏切らないなんて言ったけど、もう私は信じてなんかいなかったんだから。
その場に崩れるように座んだ私はその時ふと気が付いた。今日は火曜日。大変、燃えるゴミの収集日だ!
慌ててゴミを集めて集積所に運んだ私は、
私は……そこで背中を突き刺された。
秘密箱の中身はなんだろう?とっても大切な何かをしまった気がするけれど、どうしてかな?思い出せないの。困ったわね、あんなに開けたり閉めたりしたのに開け方を忘れちゃうなんて。
先ずはここを動かすんだっけ?違うな、ここだったかな?ん?ここも違うかな?
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「焦げ臭い……?」
私が居るのはさっきまでと同じ元の私の部屋。だけどあちらこちらが黒く焦げている。一体何があったの?
あれ?そういえば兄さまは?兄さまは何処?
「兄さま?!」
叫ぶように呼ぶとベッドの向こうから兄さまが引きつった顔を出した。
「リセ……もう気が済んだか?」
「は?」
「なんか怖い顔でバシバシ光を飛ばしていたぞ?」
「光?」
いつもよりずっと長い夢だった気がするけれど実際は僅かな時間だったらしい。うたた寝するように目を閉じた私は直ぐに目を開き、物凄く不機嫌そうな顔をしたかと思ったら額の辺りがポワンと光って、それが凄い速さで飛んでいった。光は壁にぶつかると弾けるように激しい火花を散らして消えたけれど、私は次々と光を出しては飛ばし部屋中を焦がしてしまったそうだ。
「……死ぬかと思った……」
兄さまは小声でそう言って額の汗を拭っている。なんかごめんね、兄さま。
「光ったのは多分思い出そうとしたからだと思うんだけど……」
私は首を傾げながら考えた。
まだ、まだ何か足りない。何かはわからないけれどわたしは何かを心の奥底に封印してしまった気がする。大切だけれど触れたら辛くて苦しくて、だから……
「秘密箱だわ!」
「何だって?」
「わたし、秘密箱に何かを入れたの。何かとっても大切なものを。でもそれが何だったかわからなくて……それで箱を開けようとして仕掛けを動かしてみたら」
私の脳裏に箱が浮かびきゅっと側面に当てた指を動かす。その瞬間、目の前に現れた強い光がロケット花火みたいに飛んで行き、パンっ!という破裂音と共に火花を上げた。ぶつかったカーペットには丸い焦げ跡がてきている。
「…………これ、みたいね」
「あぁ、間違いないな……」
私たちはそっくりのトホホ顔で見つめ合った。