狙い
兄さまの瞳には目を見開いて固まっている私がいた。おまけに思考まで止まってしまったけれどれど無理矢理瞬きをするとふっと身体中から力が抜けて自由が戻ってきた。金縛りを解いた時みたいに。
「私、戻ってきたんじゃなかったの?」
「ここはお前の夢の中だ。俺の意識をお前の夢に潜り込ませた」
「………………まるで魔法ね」
「まるでじゃない。正真正銘の魔法だ」
えーと、アンネリーゼは魔法の世界の住人だったのかしら?この西洋風の世界は近代ヨーロッパくらいの文化はあるけれどそんなに便利じゃなかったよね?電気の代わりに魔法石を動力とした道具なんてないし、城で暮らしていても宮廷魔術師なんて会ったことは無かったわよ?
「この世界に、魔法使いなんて存在していたっけ?」
「勿論明らかにはされていない。彼等は普段は魔法使いであることを隠して生きているからね」
そういう感じ?なんだかほの暗いのね。
それもそのはず、兄さまが言うにはこの世界の魔法は主に呪詛である黒魔法とそれを解除する魔術の二つ。おどろおどろしい系だから表に出てはいけないのだ。
「リセは一人で保養地のロンダール城にいたんだが半月前の真夜中に忽然と姿を消した。窓は施錠されたままで扉の前の護衛騎士は物音一つ聞いていない。もしかしたらと魔法使いに調べさせたところ僅かな魔方陣の形跡が見つかったそうだ」
魔方陣と来たらばよ?
「リセは何者かによって物語の中に飛ばされたんだ」
「……そんなことだろうと思ったわ……」
私は大きなため息をついた。異世界転生だけでもアップアップしているのに、気が付いたのは更に転移した異世界ですと?何が何やらだけれど、もう開き直ってどうにでもなれよね?
「枕元に開かれたままの本があってね。ほら、小さな頃に読んでいた童話の」
「サヨナキドリの?」
「いや、同じ作家のおやゆび姫だ」
なんか、この先の展開、予想がつくかも……。
「その作家もプロイデンの家に生まれた燕の一人だ。渡って来る前の彼は貧しい家の出だったそうで弱い者達が存在を知られることも無く力尽きて死んでいく、その事実を知らしめたくて主人公が儚く天に召される作品を書いたそうだ。でも新しい生を受け色んな経験をしたんだろう。力を持たぬ主人公が道を切り開きながら幸せを掴んでいく、という物語を好んで書いていたようだね」
つまりその燕はかの有名なあの方か……。ご本人もおやゆび半分ほどなのにおやゆび姫にしてしまったのを気になさっていたのかしら?それで私はジャストおやゆびサイズになったってこと?
それはそうと、自分ではツバメの看病をしたくらいで他力本願の春の国の王子様と結婚した私が知っているおやゆび姫と違い、ジャストおやゆびサイズのおやゆび姫はアグレッシブだ。なんたって誘拐しに来たガマガエルを説得しちゃうんだから。私はホースに並んだ卵なんか産めない。息子さんの嫁になったところで、あなたは一生可愛らしいオタマジャクシの孫たちに囲まれたりはできないがそれでもいいのか?物珍しい小さな人間よりも気立ての良いガマガエルのお嫁さんを見つけ、平凡でも幸せあふれる家庭を築く事が息子のためだろうってね。ただし覚えているのはここまで。アンネリーゼはおやゆび姫をサラッとしか読まなかったから。
「図書室のテーブルにおかれていたらしく、懐かしがったリセが部屋に持ち帰ったと侍女が証言した。だがおかしいだろう?どうしてそんな所にあったんだ?大体慎重なリセがそんなものを怪しむこともなく持ち帰るのが不自然だ。もうリセはそこから魔法に操られていたんだろう。そして真夜中に発動した魔法陣によって」
「本の中に飛ばされた、ってことね……で、誰にやられたかは?」
兄さまは何か言いたげに片眉をピクリと動かしたが結局口には出さなかった。そうそう、開き直ったからにはサバサバしてなきゃやってられないもの。
「まだ判っていない。疑わしい人物はいるが証拠がね。相手が相手だけになかなか難しい。下手に動けば国際問題になりかねない」
ってことはかなりの大物に目をつけられた訳ね。
「それで私は戻れるのかしら?戻りたいかそうじゃないのか実は自分でもわからないんだけど……でもあの世界で生きていくのは難しいと思うの。何しろ危険なんだもの……待って兄さま!」
麦を撒いたのがデボラさんじゃなかったら?デボラさんの気配りのお陰で私は今まで無事だったんだ。でももっとガサツで乱暴な人に見つけられていたら私は今頃……
「これ、邪魔な私をを飛ばそうとしただけじゃない。誰も知らない所で私が死んでしまうのを狙った暗殺未遂だったのね!!」
兄さまの瞳の中の私は再び凍りついたように動かなくなっていた。