2話
食事を終えた私はメイと一緒に掃除機によって荒らされた食堂を簡単に片づけると、父が使っていた書斎向かっていった。
「ひとまずマスターは書類に目を通し、サインまたは判子を押すという作業をこれからやってもらいます」
私の斜め後ろを歩くメイはテキパキとしながらそう話した。
「それぐらいならまぁ問題ないけど、なんか政策とか考えたりとかもしないとダメかな?」
流石にそう言うのはできる気がしない。
せいぜい父のやったことをなぞる程度のことぐらいしかできない。
「そう言うことに関してましては、始めは私がやりますので、マスターは最低限度のことを素早く済ませられるようにしてください」
「えっと、了解です」
「それに無理をしてしまえばマスターの工作品のように失敗してしまいます」
メイはそう言ってさっき爆発した掃除機を掲げて見せた。
「マスターは無理をせず、自分にできる範囲のことをやってください」
私は自分の能力でできることは一応は把握している。そして自分が無理をすれば失敗するというのは当然理解していた。……まぁ理解した上で、無理をしたからこそあんなにも失敗したのだけど。
なのでメイの提案に特に文句は言わず、頷いた。
「書類の方が終わりましたら、領地の方を見て回って、マスターが新しく領主になったということを周知させに行きますから」
「外出るの?」
私は苦い顔をしながらそう言った。
「出ますね」
「出なきゃダメ?」
「ダメですね。マスターはただでさえ、出歩かないせいであまり知られていないのですから」
「はぁ……しょうがないか」
私は天井を仰ぎながらそう呟いた。
「遅かれ早かれマスターが家督を継ぐのは決まってましたし、昨晩だって亡き両親のために頑張ると言ってたじゃないですか」
「まぁ言ってはいたけどさ、いざやるとなると」
何というか心臓がバクバクするというか、自分にできるのか、務まるのかという不安が一気に押し寄せてくる。
「マスターがしっかりやれば、出ていってしまった人たちも戻ってくるかもしれませんし、頑張りましょう」
「え~出ていった人は別に良いでしょ。どうせもう戻ってこないだろうし。あとから後悔しても、もう遅いってね」
「ニホンの書物のお話でしたっけ」
「そうそう~。まぁ私の場合は実際問題能力が低すぎるから、見くびられているとか、不遇だとかそんな話じゃないけど」
「確かにそうですね。マスターはもう少し私のような成功例を出せる能力を安定させて欲しいモノですよ」
「そう言われても仕方がないじゃん。分からんものは分からんし」
私は口を尖がらせながらそう言った。
私の学校に通っていた頃の成績は中から下。平均よりも若干したぐらいの成績であった。
その程度の能力しか持たない人間が上に立つ?
領主となって民を導く、助ける?
いや~無理無理。はっきり言って私の能力じゃ十全に行うなんてできない。任せられるなら全部他の人間に任せたいぐらいだ。
「メイが全部やってくれたりしない?」
「流石に高性能な私でも、全ては無理ですね。マスターがやらなければいけないことが多数ありますので」
「そっかぁ~」
「それにマスターはちゃんと能力があるんですから……」
「ん? なんか言った?」
「いえ。何も」
「そう」
そうやって廊下を歩きながら書斎に向かっていると、
コンコン。
「?」
「?」
玄関の方から扉を叩く音が聞こえた。
「誰かな?」
「誰でしょう? 特に訪問予定などはなかったはずですが」
「父と母の死後処理のあれやらは終わってるしなぁ」
私とメイは首を傾けながら目的地を変更。急ぎ足で玄関へと向かった。
「全く、出迎えが遅い」
「これだから兄上の娘は無能なのだ」
「全くその通りですわ。魔法も全然使えず、能力も低い。同じ姓を名乗っているのが恥ずかしいですわ」
「……」
「メルシィーもそう思うわよね」
「……」
「う~ん、そう。そう思うわよね」
「「「ハハハハハ」」」
玄関を開けるとそこにいたのは父の弟であるヤヒールトとその妻、そして息子娘の四人だった。ヤヒールトとその妻、息子は私の姿を見た途端腹立たしそうに、可笑しそうに、好き勝手に言い始めた。
唯一娘のメルシィーは何も言わなかったが、その瞳はつまらなそうな感じで虚空を見ていた。
「えっと何の用ですか?」
私はいつまでも玄関先で喋られては面倒だなと思いながらそう言った。
確かヤヒールトは私の父とはかなり仲が悪いらしく、この間あった葬式にだって来なかったほどだ。それなのに今更どうして来たのだろうか。
「何の用かだと? そりゃ勿論この領地の経営を我が息子であるゴウゴドに譲るために決まっておろう」
ヤヒールトは「お前は馬鹿なのか」とでも言うかのような態度でそう言った。
「はぁ?」
それに対して私は思わずそう漏らした。
どゆこと?
私はヤヒールトの話す言葉の意味が分からなかった。
そして隣に立つメイ(なぜかいつでも迎撃できるように隠れて構えている)に目線をやった。しかし返ってきたのは分からないというような反応であった。
「何を間抜けな声を漏らしている。貴様は無能なのだ。そんな人間に領地の経営などできるはずもない。ならば兄の弟である私、そしてその血を引くゴウゴドが、この地を引き継ぐのは当然の利」
うん?
つまり私の代わりに領地を治めてくれるということか?
「待ってください。マス、いえ。マキマ様がこの地を引き継いだのは国王様からの命令です。なのにそれをヤヒールト様が引き継ぐというのは可笑しくないですか?」
メイは若干言葉を荒げながらそう言った。
するとゴウゴドが腹立たしそうにしながらメイに向かって指を差した。
「おい。下賤なメイド風情が父上に意見するとはどういうつもりだ!」
「その下賤なメイドでも可笑しいと思うようなことを言ったからですよ」
「何だと貴様‼ ちょっと顔が良いからと調子に乗りやがって‼」
メイに煽れたゴウゴドは顔を真っ赤にしながらメイに向かって殴りかかろうとした。
「待て待て、ゴウゴド」
しかしその寸前でヤヒールトがゴウゴドを止めた。
ヤヒールトはそのお腹のふくよかさのような落ち着きようでゴウゴドの肩に手をやって前に出た。
危うくメイによってゴウゴドがボコられるところだった……。私は内心冷や冷やしながらそう思った。
「今の私は機嫌が良い。下民の言葉など寛容に受け止めてやろうじゃないか」
「そ、そうですよね。流石父上!」
この時の二人の視線は私のタイツ、メイの胸に行っていたが、その点は別に気にしない。
「それでどういうことでしょう?」
「ふん。国王の命令だか何だか知らんが、大方この無能が媚びへつらって強引に自分に領地を引き継がせたのであろう。ならばそんな国王の命令に意味はない。むしろここは臣下である私が、正しき領主を定めて、国王の目を覚まして差し上げなければならぬ」
ヤヒールトはニヤニヤと笑いながらそう語った。
「つまりこれはヤヒールト様の独断だと……」
「そう悪く言うな。これは忠義からの行動だ」
その姿には国王への忠心などというものは微塵も感じられなかった。
「ですが――」
「うん。メイそれ以上は良いよ」
私はヤヒールトの首根っこを掴もうとしていたメイを止めた。
「マ、マキマ様! ですが!」
「別に良いでしょ。どうせ私になんか領地経営なんて荷が重いんだから」
「――ッ」
「ほお。つまりゴウゴドがこの地を治めること。それを認めるということでよいな」
「うん。別に良いよ」
他にやってくれる人がいるというなら無理に私がやる必要はない。
その人にどんな思惑があろうとなかろうと、私よりもやる気があるならその人がやった方が良いに決まっている。
メイはなぜか悔しそうにしていたが、ひとまずここを治めるのは私ではなく、ゴウゴドということになった。
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