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1話


「パン美味い」

「それは良かったですねマスター」


 私服に着替え、その上から新しい白衣を羽織った私は食堂でパンを頬張っていた。

 メイは新しくパンを焼いてきたり、水をコップに注いだりしながら、せわしなく動き回っている。


「本当にみんな出ていっちゃったんだ」

「はい。昨晩には残っていたメイド長と執事長が去っていきましたね」

「昨晩ってことはそれまではいたんだよね」

「そうですね。まぁ少しずつ数は減っていましたが、それでもいましたね」

「はぁ~」


 私はほんのり甘みのあるパンを噛みしめながらため息を吐いた。


 減っていたんだ。

 それが私の使用人たちへの感想であった。私に何も言わず、出ていってしまったということに対しての怒りとかそういう物は一切ない。てか私だって私みたいな人間が自分たちの上司――いやトップになるとわかっていれば、普通に逃げだす。


「一応食料とかそういう物はあるんだよね」

「ええ。1か月は過ごせる程度には残っています。またお金に関しましても、十分すぎるほど御座います」


 まぁそんな感じなら生きる程度には問題ないし、人手が欲しいなら新しく誰かを雇ったりすればいいしな。


 私にははっきり言って領地経営なんてさっぱり分からん。一応学校は通って、卒業もした。そのときに領地経営についても授業を受けたが、さっぱり分からなかった。ほとんどの内容が右から左へと抜けていった。


 それに卒業後はずっと屋敷に引きこもって工作しており、経営の「け」の字も関わってこなかった。

 なので突然領地経営をしろと言われてもできる気はしない。

 できる気はしないが――


「まぁだけど私には前世の記憶がある!」


 このマキマ・コロコロリには前世の記憶があった。

 こことは違う世界――地球という星の日本という国に住んでいた記憶が。


 日本で生きていた私は何処にでもいるような一般会社員の男性であった。特に何か才能があったりするわけでもない、ごくごく普通の会社員。

 毎日毎日通勤して、仕事して、帰宅して、寝る。

 そんな毎日を送っていた。


 だがある日。いつものように自分の部屋で日々のストレス発散代わりにタイツのフィット感を味わっていたところ、突然火事が起きた。私は急いで逃げようとしたが、そのときの私はさっきも言った通りタイツ、それも女性ものを穿いていた。ちなみにズボンは穿いていない。

 そんな恰好で外に出るわけにもいかず、私はすぐさまタイツを脱ごうとした。だがこういうときに限ってなかなか脱げなかった。

 私は焦った。こうしている間にも刻一刻と火は近づいており、煙が我が部屋に入り込んできていた。

 焦りに焦りながら私はタイツを脱いだ。

 だがやっと片方が抜けたこと思った瞬間、私はバランスを崩して頭から机の角に衝突。

 そのままぽっくりと死んだ。


 死んだはずであったが、気が付いたらこの世界に女として生まれ変わっていた。


 当初は凄く驚いた。

 そのときは産まれたての赤子であったこともあり、驚きの声は泣き声となって良く響いた。

 そして私がそうしているうちに「ま、良いか」と現状を受け入れた。


 別に驚いたところで何か変わるわけではないし、気にするより楽しんだもん勝ち。それに今の性別ならタイツを合法的に、なんにもやましいことなく穿けるからね。


 そうして私は両親に大層可愛がられながら育てられ、すくすく育ち、今に至るのだ。


「前世ですか。確かニホンという所で男として生きていた記憶でしたっけ」

「そうそう。あの世界は本当に便利なんだよ~。離れていたって、会話できるし。料理も美味しいし。長い距離も簡単に移動できる」

「その便利さの再現がマスターの部屋に転がるガラクタですか」

「が、ガラクタ言うな⁉ 工作。私の工作品だから。断じてガラクタではないから⁉」

「そうですか。ではこちらは何ですか?」


 そう言ってメイがどこからともなく取り出したのは、私の部屋に置いてある工作品の一つであった。


「それは掃除機って言って、ゴミを吸って、簡単に掃除できる便利な道具だよ」


 まぁ掃除機の仕組みが良く分からず、それっぽいモノとい感じで、ちょっと失敗気味ではあるけど。


「掃除機ですか。確かにゴミを簡単に掃除できるのは良いですね」

「でしょ~」

「ですがこちらの掃除機」


 メイはそう言って掃除機を起動した。


 すると掃除機はギュイーンと甲高い音を立てながら、青白く光り始めた。そして辺りの埃や塵をドンドン吸い上げていく。その勢いはどんどん加速。私は自分の銀色の髪がそれに巻き込まれてしまいわないように抑えた。


「はっきり言って無差別すぎますが。というかどう考えてもゴミ以外も吸い上げていますが」

「う~ん……ちょっと失敗したからぁ~」

「そうですか……」


 メイは掃除機を抱え込みながらそう言った。

 掃除機はその間もどんどん周りの物を吸っており、床に敷かれた絨毯も吸い上げていた。


「あのメイ。そのままだと流石に危ないよ」

「そうですね」


 掃除機は皿に置かれたパンも吸い上げていった。


「あの……メイ。そろそろ止めないと」

「そうですね」


 掃除機は私の持つ食べかけのパンも吸い上げた。

 そして掃除機の放つ青白い光は増していき――


 ドンッ‼


 勢いよく破裂した。


「あ、あぶなぁぁ」


 爆発する寸前にメイが掃除機を屋敷の外に放り投げたから良かったものの、危うくこの食堂が真っ黒けになる所だった……。


「危なかったですねマスター」

「いや、本当に危ないから⁉ あの掃除機、一度起動したら爆発するまでモノを吸い込み続けるって、前言ったじゃん⁉」

「確かに言いましたね」


 メイは涼しい顔をしながらそう言った。


「ですがこれであの掃除機という代物が、ガラクタ同然ということが証明されましたね」

「う」


 その言葉に思わずそう漏らした。


「何でしたっけ……確かグーロの魔石を使用しているんでしたっけ」

「えっと……はい」


 私はそっぽを向きながらそう答えた。


「マスターは馬鹿なんですか? グーロと言えば何でも食って、綺麗さっぱり消し去ってしまうということで有名な魔物ですよ。そんな魔物の魔石を使えば、ゴミかそうじゃないかなんて関係なしに、全て吸い込むに決まっているでしょう」

「い、一応、制御装置も……」

「制御装置って、あの爆発機能ですか?」

「爆発じゃないもん! 本当だったら止まるはずだったんだもん!」

「ですが見事に爆発機能となっていますよ」

「うぅ……そりゃそうだけど」

「それに他にマスターが造ったモノも『狙いも威力も糞雑魚な超小型砲台』『明るさ調整なんてできず、際限なく明るくなって最終的に爆発する明かり』『スマホとやらを再現した、特に何も起きない鋼の箱』などなど」

「うぐぅ」


 何か胸を刺されたような感覚を味わいながら私は床に倒れた。


「どれもこれも暴走したり、そもそも動かなかったりなど」

「うぐぅぅぅぅぅぅ」


 グサグサッとメイの言葉が突き刺さってくる。


「はっきり言ってガラクタ以上の価値はありませんよ」

「それはそうだけどさぁ……」

「さらにはっきり言いますと、マスターは下手に何かを再現しない方が良いと思われますよ」

「うぐぅぅぅ」

「さらにさらにはっきり言わせてもらいますと、マスターの知識はかなり中途半端なので、この世界にない知識としてはあまり役に立ちませんね」

「うぐぐぐぅぅぅぅぅ」


 確かにぐうの音も出ない正論ではあるけど、もう少し。もう少しだけオブラートに包んでくれてもいいじゃないか。


「だけどガラクタばかりじゃないもん! 『メイ』という成功例だってあるんだから!」


 私にいろいろ言ってきたこの少女――『メイ』は何を隠そう、私が造ったゴーレムなのだ。

 素材は金に物を言わせた高級品。アダマンタイトやドラゴンの魔石、千年物の高純度の魔石などなどをふんだんに使って、私が造り上げたのだ。


「確かにそうでしたね」


 するとメイは素直にそう言った。


「マスターは私をこの世に産んでくれた。その意味では大変感謝しております。先ほどに発言は撤回させていただきます」

「う、うん」


 素直に引き下がったことに多少驚きつつ私は中身が零れてしまったコップに水を注いでもらおうとした。

 しかしメイは水を注ぐ体勢のまま止まって、一向に水を入れなかった。


「え、えぇっと……」

「マスターが私を造ってくれました。それに関しては大変感謝しております。ですが、マスターは私がちゃんと動く理由がさっぱり分からないことについて少々言わせてもらいますね」


 そう言ってメイはコップへ水を静かに注いだ。


「……」


 思わず時間が止まったかのような感覚になった。

 私は固くなった腕を動かしながら、新しい水が注がれたコップを口に持っていった。


「マスターはアホの子ですからね。自分の造ったモノがなぜちゃんと動いているかなんて分からないでしょう」

「……」

「まぁ私自身もなぜこんな金に物を言わせただけの構築で動けているかも分からないので、マスターのことは言えませんが」

「……」

「マスターの場合は私だけでなく、自分の造ったモノたちすべてにおいてそうですからね」

「……」

「なぜ失敗したのか、なぜ成功したのか。それらが全然分からないから、ひたすらにガラクタを積み上げてしまうのですよ」

「……」


 何も言えない。

 反論も、文句も、ぐぅの音も、何一つ漏らすことができないぐらいの正論だった。


「マスターはもう少し思考しながら工作をしてください。基礎的能力が低い訳じゃないんですから」

「まぁそうかもねぇ……」


 私は何とかなく苦笑いをしながら水を飲んだ。


「マスター」


 そこへメイが私を覗き込むかのように自分の顔を近づけた。


「そう言う訳ですので、前世の知識を利用しようなんて思わないでくださいね。マスターの知恵では大抵大変なことになりますので」

「……は~い」


 私はガックリと頭を垂らしながらそう返したのだった。


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