プロローグ
「うぅ~」
今日も今日とて朝が訪れた。
しっかりと閉ざされた我が部屋のカーテンは外から日差しが差し込み、薄く光っている。
まぁだけど私は寝る。
昨日は今日まで起きてた。
寝たのは多分3時間くらい前だ。徹夜して、その上3時間しか寝ていない。それは非常にまずい。何が不味いかと言うと、睡眠不足だ。睡眠の貯蓄が足りなくなってしまい、ここで無理に起きれば途中でバタンと倒れてしまう。
なので私はもうひと眠り。
暖かな布団の中に包まってもう少し……だいたい半日ぐらいは寝るのだ。
「……?」
そんな風に思っていたら枕元の後ろから何か気配を感じた。
「マスター」
そして透き通ったような女性の声が聞こえてきた。
「マスター起きてください」
「うぅ~もう少しぃ~」
私はそう言いながら頭を布団の中に突っ込んだ。
「もう少しって、あとどれくらい寝るつもりですか?」
「えぇ~と……あとぉ~半日……くらいぃ~」
あぁ暖かい。体がポカポカして気持ちいなぁ。
このままずっと布団の中に包まっていたい。そして来世ではミノムシ辺りになりたい。あ、だけどミノムシは別に温かくないか。包まってるだけで。
う~ん……じゃあなにかフサフサな毛皮を持っている動物かなぁ~。
「マスター布団に潜りこまないでください。起きてください」
枕元に立つ声の主はそう言いながら私を包み込んでくれている布団をはぎ取ろうとしてきた。
「えぇー何でぇー!」
私は必死に抵抗しながら抗議の声を上げた。
「えぇも、なんでも、ありません。すでに昼を過ぎてますよ。こんな時間からさらに半日も寝たらすっかり夜になってしまいますよ」
「別に良いんじゃないの。私は困らないし」
強いて言うならお腹が減るくらい。
「マスターが困る、困らないの問題ではありません。私が困るのです。まだ本日分の魔石を私は食べていません。つまり空腹です。なので早く起きて魔石の用意をしてください」
「そんな殺生なぁー」
「殺生ではないでしょう。マスターはどうせ全く寝なくても、問題なく活動可能なんですから。さぁ起きてください」
「うぅーまだ寝るんだぁー」
私は必死になって布団を掴んだ。だがそれでは全く力が足りない。足も使って布団を押さえつけ、剥されまいと抵抗を行い続ける。
だがそんな抵抗に意味はないというかのように、私を覆ってくれていた布団は綺麗にはがされた。
「さぁ起きてくださいマスター」
「あーお布団がぁー」
「叫ぶ元気があるということは寝なくても良いということですよ」
「うぅ~人間様に手を出すなんて、ロボット三原則はどこ行ったんだよぉ~」
「私はそもそもロボットではないので、それは適応されませんね」
「ほぼほぼロボットでしょうが」
「まぁ、そうとも言えますね」
私ははぎ取られた布団へ静かに手を伸ばしたが、途中で布団がどっかに行ってしまい目標を失った。
「さぁ魔石を所望します、マスター。そして仕事をすることを推奨します」
ベッドから起き上がり枕の後ろを見ると、そこには見慣れた少女が立っている。
少女はメイド服に身を包んでおり、その手には綺麗に畳まれ、圧縮に圧縮されて、小さくなってしまった布団が抱えられていた。
「おはようございます、マスター」
「おはよう。メイ」
私は大して重くない瞼を半開きにしながらそう答えた。
「てか仕事って……なんで私が?」
自分で言うのもなんだが私は非常にアホだ。
難しい仕事なんてできる気がしない。やるなら流れてくる部品を組み立てるだけの流れ作業ぐらいで勘弁してほしい。
「あら、寝ぼけてしまったのですか? 先日マスターの両親がなくなってしまい、マスターが家督を継いだのですよ。ならば家督としての仕事をやらないといけない。当たりまえのことじゃないですか。昨晩だって「頑張るぞー」と言ってたじゃないですか」
ああ。そう言えばそうだった。
つい先日。私の愛すべき父と母が悲しいことに亡くなってしまったのだ。亡くなった原因は別に暗殺とかそんな裏のあるモノではない。単純に二人して夜の運動を頑張りすぎただけだ。
結構歳もいっていたはずなのに、我が両親はそれはまぁ頻繁に夜のプロレスをやりまくっていた。その頻度と言えば1週間に8回とかそのぐらいだ。えっ? 一週間は7日だろ。なのになんで8回なんだ、だって? そりゃそのぐらい頻繁だったということなんだよ。
私だってもう歳なんだから無理しなくても良いと言ったりはしていたが、両親は聞かず、むしろ「こうして毎日することで私たちの愛はさらに育まれる」と言って、イチャイチャしながらそのまま寝室にゴーしていた。
物凄い位いちゃラブな夫婦である。
だが歳もいって体力がかなり減ってきている体で、そんな生活を送っていればどうなるかは明白である。
両親は綺麗にベッドの上で力尽きてしまった。
南無阿弥陀仏である。
そうして私は家督を継ぎ、国王様から父の治めていた街――アイルドを治めることを命じられたのだった。
「ひとまずやらなくちゃいけないことって何があるの?」
「マスターの場合は、領地経営ですね。たくさん書類が積みあがっていますよ」
「えぇ……マジ?」
「はい。マジもマジ。大マジです」
「……それって私がやらなきゃダメなの?」
確か父はいくつかの仕事は執事などに回したりして、効率良く回していたはずだ。
「まぁ別にマスターがやらなくても、任せられる人間がいるなら任せればよいのですが……」
「良いのですが?」
「現在この屋敷には私とマスターの他には誰もいませんので、必然的にマスターがやらないといけませんね」
「なんでそんなに人いないの⁉」
私は思わず声を上げた。
確か我が家はかなりの財を持ち、使用人も結構いたはずだ。廊下を少し歩けば3人ぐらいはいる。そのぐらい沢山いたはずだが。
「それに関しましてはマスターが家督を継いだせいですね」
「え?」
「マスターは巷じゃ、『爆発貴族』『引きこもりの弱弱』『変人』『奇人』等と呼ばれています」
「う~んと……確かにそう呼ばれたりしているけど」
最近はあんま外には出ないからあまりよく知らないが。
「そんな人間が家督を継ぐとなれば、不安になるのも当然のことです。使用人の皆さまは、マスターが貴族としてやっていけるなんて到底思えず、そのままこの屋敷を出ていってしまいました」
「マジか」
「マジです」
「えぇ~マジかぁ~」
私は起き上がらせた体を再びベッドに沈めた。
「そんなに私ってダメ人間?」
「完全なるダメ人間とまではいきませんが、比較的ダメそうな人間ですね」
「人工魔石とか発明したよ」
「発明家にしては失敗作が多すぎです」
「見た目は良いよ」
「目の保養と仕事の苦労が多そうとではでは、皆さま仕事の苦労がなさそうな方を優先しましたね」
はぁ~これならもう少しなんかやっていればよかったかなぁ~。
だけどなぁ~頑張るのは大変だし、面倒くさいし、疲れるし。能力以上のことをやろうとしてもきついだけだしなぁ。
「そう言う訳でマスター。早く起きて本日分の魔石を」
「あっ、やっぱりそっちメイン」
「そりゃそうですよ。早く魔石を下さい。さもないとマスターを食べますよ」
「食べるって、そんな冗談――」
「いえ冗談ではありません。このまま魔石を下さらないのであれば、早急にマスターのことを『性的』『物理的』。その両方の意味で食べますよ」
メイは無表情になってそう言った。その口元からは涎がゆっくりと垂れてきており、舌なめずりをする音も聞こえてくる。
思わず鳥肌が立ってしまった。
「わ、分かったから⁉ 魔石の用意をするから、涎を垂らさないでよ⁉」
「分かればよろしいのです」
メイはコロリと笑顔になると口元を拭った。
はぁ~危なっ。
私は内心冷や汗をかきながら部屋中の床に転がっている鉄やら木材、鉱石などの中から手ごろなサイズの物を選んで拾い上げた。
そしてそこにゆっくりと規則正しく、魔力を通していった。すると私の持つ小さな石――特に何の変哲の無いただの石――は薄っすらと青く光り始めた。
「ほい。出来たよ」
私はそう言って人工魔石をメイに向かって軽く投げた。
メイはそれをきれいにキャッチ。すぐさま口の中に放り込んで、ガリガリと音を立てながらかみ砕いた。
「本日も良い味わいです」
「それは良かったね」
私は適当にそう返しながらベッドから下り、グゥーっと背伸びをした。
「それにしてもマスター。またそのままの格好で寝てしまったのですか?」
「うん?」
メイの言葉に私は首を傾げながら自分の格好を見た。
私の格好はタイツ、下着、その上にダブダブの白衣。その3点だけだ。
「誰かに見せるわけじゃないし、別に良いでしょ」
「私は見ておりますが」
「メイは人間じゃないし、それにいつも見てるからノーカウント」
汗をしっかりと吸ってしまったタイツや下着、白衣等を脱ぎ捨てながらそう言った。
「そうでございますか」
メイは私の脱ぎ捨てた物を拾い上げながら呆れたように言った。
「ひとまずお仕事頑張りますかぁ」
私は諦めたようにそう言いながら着替え始めた。
なお私こと、マキマ・コロコロリがこの屋敷から出ていくのはここから5時間後のことである。
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