なろう異世界はカルフォルニアロールか?
近年、文化盗用ということが非常に問題視されるようになった。
ファッション面では、日本の着物文化が例示されることも多い。
文化盗用とはなんぞやーといろいろ調べてみたが、端的に言うなら『ある文化を別の文化集団に属する人が使っちゃう行為』のことらしい。
具体的に言うと、エキゾチックだからというだけで民族衣装を理解なく着るな、ってことになるのだろうか。
個人的には、外国から着た観光客が着物を着るくらい、いいじゃんと思っている。それで観光業界が外貨を稼いでるということもある。
が、そもそも日本人すら着物の格式や種類を常識として知っている人は少ないだろう。まして、普段着にしている人などほとんどいないということも大きい。
ちょくちょくリサイクルショップなどに顔を出すと、着物どころかハサミも入れていない正絹の反物すら、こんな値段でいいのかという価格で投げ売られていることもままある世の中である。
お客様は神様だ。ただでさえ不況の世の中、正しい値段で買ってもらえるほど、日本文化に関心を持ってもらう入り口になるのなら、それはそれでめでたい話ではないかとも思う。
下着をKIMONOと呼称したり、ハイヒールで帯の上を歩いたりするのは、やめていただきたいとは感じるけれど。帷子やレッドカーペットじゃないんだから。
こんなふうにゆるゆるな筆者とは違い、日本文化の独自性を守ろう!と声高に主張する人も、もちろんいるだろう。
その場合にイメージされる「日本文化」とはどんなものだろうか。
少なくとも、初詣や節分、お盆以外の、海外から流入してきたことがはっきり意識できるクリスマスやバレンタイン、ハロウィンなどを年中行事にカウントしてはいけない気がする。
中国から流入してきた意識をあまりしていないだろう五月の節句に鯉幟、七夕、重陽の節句はどうかわからないが。
晴れ着はきっと和服オンリー、ドレスでも着ようものならちょん切られてしまいそうだ。和服と言っても十二単と束帯できめる方など、超限定されるのだろうけれども。
……果たして、それを、日本人と自らを規定する人々のうち、どれくらいの人が支持するかはさておいて。
さて、ここで、なろうに投稿される小説のジャンルを見てみよう。
キーワードに「異世界」と入れて検索してみたところ、「検索結果: 154,162作品」と出た。
対して、「現代」では「114,698作品」、ちょっと絞って「現代日本」では「2,212作品」となる。
日々更新されているので瞬間風速的な数値ではあるが、書き手サイドにおいても、未だに異世界ものの人気が高いことを示している。
だが、ちょっと考えてみよう。
その異世界もの、ベースとしている文化はどこのものなのか?
もちろん、一から異世界の設定をするのは大変なことだ。それができるという人は、たぶん十分に創作能力が高いというんだろう。
けれどそういう人だけではないことも確かだ。
手軽に書けるのも、さくっと読めて感想もらってレビュー書いてもらえるのもテンプレありき、という人も多いのだろう。
だけど、異世界の『異』は異文化の『異』でもある。現代日本の日常『ではない』世界を端的に示すための記号的表現としてあるのが、現代日本ではありえない習俗のテンプレ異世界、ということになる。
個人的な感覚だが、この異世界テンプレには、西洋、特に中世から近世にかけてのヨーロッパベースのものが多いように思われる。
テンプレとなるということは、書き手読み手両方にかつ広範囲に馴染んだ世界観ということになる。
それほど強烈に馴染む世界観というと、やはり一時代を築いたRPG系の影響が強いということもあるんではないんだろうか。
国があって、王がいて、町を出るとモンスターとエンカウント。いろいろあったけれども最後はめでたしめでたし。
……うん、定番設定ですね!昔話でもよくあるパターンだ!
さて、このなろう的テンプレは、文化の盗用にあたるのだろうか?
文化盗用とは、冒頭でも書いたが「文化圏の要素を他の文化圏の者が流用する行為」である。
明治以降、日本は海外からの文化の流入を受け続け、流用しつづけている。国民食といわれるカレーがインドで食べられているものと全く別物になってしまったのもその一つだろう。
それが文化盗用となるならば、どこで日本人は文化の流入を禁じればよかったのだろう?
今も日本髪や丁髷を結い、洋装や洋髪を日常生活に取り入れなければよかったのだろうか?
逆の例を挙げよう。
カルフォルニアロールは、日本料理が海外に広まる中、生まれたという。
海苔の黒さが食べ物として受け入れられなかったから、ご飯を外にした巻き方になったとか。
生の魚を食べることに拒否反応が示されたから、アボカドやカニカマ、きゅうりなどを巻くようになったとか、そのへんの職人さんの努力はいいとして。
カルフォルニアロールは、逆文化盗用にあたるのだろうか?
作成者は日本人だというが、アメリカという文化圏で作られたカルフォルニアロールは、そもそも日本の寿司文化から生じたと言えるのだろうか?
いやそもそもその日本の寿司文化とは何だろうか?
読者のみなさまは、「いつ」の「どこ」の「どのような場面」をイメージされるのだろうか?
近年日本全国に定着した気配のある恵方巻なのか。
それとも、客席まで皿に載ってくる回転寿司か。家庭でもできるちらし寿司や手巻き寿司か。
まさか『小僧の神様』や江戸時代にあったという、ファストフード的な握り飯サイズの、屋台で出される寿司をイメージする人は、そうはいないとは思うのだけれども。
タイトルにもつけたが、もう一度出しておこう。
『なろう異世界』は、『カルフォルニアロール』のようになってはいないだろうか?
そもそも『ここではないどこか』であることを示したいだけならば、「昔々、あるところに……」という、昔話テンプレだけで十分だ。それなら文化の盗用以前の問題となるだろうし。
使う異世界テンプレが西洋風や中華風なのはただの味付け、いや盛り付けでしかなく、実は現代日本でも通じる無国籍な物語になっていないだろうか?
もちろん、そんなこまけえこたぁいいんだよ!おもしろければいいんだよ!というのならば、それまでの話なのだが。
個人的には、それで話を終えたくはない。
当方も異世界もの長編を書いている。「こんな異世界転生はイヤだ!」という作品だ。
せ、宣伝じゃありません。いちおう。
……じつはこの作品、異世界ものでありながら、最初からアンチ異世界ものとして作成している。
読者として異世界ものを読んでいるうちに、おもしろい作品であっても、なんか、こう、読んだ後にもやもやするものを感じることが増えてきたためだったりする。
そのもやもやを形にしたらすっきりするかなーと思って書き始めたのだが、書くことが面白くなったせいで、一周回ってしっかりテンプレに落ち込んでいる部分も、ままあったりする。
テンプレを探せ!レベル1!(ヤケ)
話を戻すと、異世界ものに対する個人的なもやもやの一部は、なんというかカルフォルニアロールを、伝統ある江戸前寿司の名店で、店の顔として出されたような感覚から来ているようだ。
言葉にすると「西洋中世の文化なめんな」ということなんだろうと自己分析をしていたり。
中世ヨーロッパって言っても長いんですけど。どの時代のどのへんの地域のイメージなんでしょうか?
女性がハーフアップに結い上げる?髪の毛見せちゃいけないから、かぶり物に押し込んで、さらに生え際剃ってたりする時代もあるんだけど?
女性のメイク?色白に見せるのに顔に血管描いてたこともあったりするんですが。
入浴が医療行為扱いの時代も(以下略)
……いや、リアリティはある程度欲しいが、当方も正直中世ヨーロッパについての理解が足りているとは思っちゃいないし、100%中世ヨーロッパな世界を描いているつもりもない。
しかし、理解しようとすることは続けている。
理解した上で、自分の創作に必要な要素を取捨選択したいと考えている。
盗用と言われたならば、いや、ここはどこそこの地域の○○時代をイメージしているので、そちらの文化の盗用ではないと、すぱっと言い返せるくらいにはなりたいとも。
加えて、せめて、出てくる石造りの壮麗な城が、煉瓦風タイル、いや樹脂壁の建売住宅にしか思えないようではあかんと思っている。読者にはせめて迎賓館レベルに伝えたい。ここは書き手としての技量の問題もあるんだろうけれども。
もやもやのもう一つの理由は、曖昧ですませたくないということにある。
たとえば、「おいしいものが食べたい」というだけなら、それこそいろんな食べ物がイメージできる。
カルフォルニアロールはもちろん、カップラやジャンクフードだってじゅうぶんその範疇に入る。
けれど、「原材料:肉は肉や」とか、「原産国:地球」とか書かれていたらどうだろう。
途端にうまいと感じることができなくなってしまうんじゃないんだろうか。
あまり普段意識することはないかもしれないが、「うまい」は「明確な安全の保証」にも支えられている。
うまいと思うものを要素分解してみると、自分がなぜそれを欲しているのかが分かるのかもしれない。
宗教の影響力丸無視だったり、中世と近世がくっついたような、けど衛生面だけ近代通り越して現代日本に近いものになってたりするテンプレに違和感を覚えたということは、『そうではない』ものを自分は読みたいと感じているのだから。
自発的にゆるゆるでもよしとするのと、流されるままに曖昧でもいいとするのは違うと思う。
これからも自分はゆるゆる定義で行くだろう。
それでも読者としての欲望に従い、『自分が読みたいものを書く』ことは曲げずに、そして文化的配慮もできる限り忘れずに今後もなろうで書いていきたいと願うものである。
それにちょこっとでも賛同してくれる作者読者が増えると、嬉しいのだが。
……手巻きカニカマ寿司んまいよ。うん。