7、ホントにいた
「ふざけんな!」
「両成敗だろうが!」
やってきた3人の役人ーー警備兵に、意識を取り戻した男達が食って掛かる。
冒険者同士の揉め事は基本的には喧嘩両成敗なので、彼らからすれば自分達だけが取り押さえられるのは納得できないのだろう。
言いたいことは解る。けれど警備兵から返ってきたのは、呆れた表情と溜め息だった。
「あのな、お前ら昨日も別の店で問題起こしてただろうが」
「昨日は道具屋で居座りで、今日は店の中で暴力行為。しかも子供にだ」
「殴ってねえし!」
「暴力振るわれたのはむしろ俺らなんだよ! あのクソ男にな!」
意識失ってたんだぞ! とジークを指差しながら大声を張り上げる。
有り難くないご指名を受けたジークは、彼らにチラリと視線を向けたが、すぐに隊長へ視線を向け直した。
「何で野放しにしてるんだ?」
ここでは許されるのか? と黒い瞳が問う。
問われた隊長は軽く肩をすくめ、苦笑を浮かべた。
「さすがに今回はお灸を据えてやろうと思ってるがーー」
「が?」
「ああ見えて、あいつらの紹介や斡旋先が結構ちゃんとしててな。仕事をやめるのになかなか踏ん切りが付けられなかった奴らからすると、背中を押してもらったとか言う感じでなぁ」
「………あー。それはまた、何と言うか……だな」
「根っから悪い奴らじゃないんだよ」
全く、変な方向に質が悪い、と隊長は苦笑を彼らに向けた。
「……ったくなぁ」
ジークと隊長の話を聞いていたラウジが、呆れた様子で溜め息をこぼす。
ガシガシと頭を掻き、そのまま男達の方へ足を向けた。
「ちゃんとしたとこ紹介してんなら、まともに交渉すりゃいいのによ」
何やってんだよ、と至極尤もなことを言う。
呆れた顔で腕を組み問いかけてきたラウジに、男達が剣呑な視線を向けーー。
なぜかラウジの顔をまじまじと見詰めた。
「なあ、あんた!」
「なっ……なんだよ」
「あんたなら解るだろ?!」
「何が?!」
急に前のめりに同意を求められ、ラウジが引く。
「その目付きの悪さ!」
「人相の悪さ!」
間違いなく同士!!
声を揃えての言い切り。
その瞬間、ラウジのこめかみに青筋が浮いたが、男達はそれには気付かず更に言い募る。
「あんたも顔で苦労してるタチだろ?! そうだろ?!」
「俺らみたいな奴らが普通に勧誘したって、怪しいとか信じられないとか、そんなんばっかでよ。解ってくれるだろ?!」
「おい」
「多少強引でも結果が良ければ全て良しって学んだんだよ!」
「あんたもそのくちだろ?!」
「ちょっと黙れ」
引き吊った笑みを浮かべたラウジが男達を制止する。
だが男達は、仲間よ、同士よ、と勝手に連帯感を抱き、止まらない。
その様子にミーナが忍び笑いを漏らし、ラウジの眉間に明らかな皺が刻まれた。
「…………ミーナ」
「ごめんごめん。でも、なんか、面白くて」
「ぶっ飛ばす」
今度ははっきりと笑ったミーナに、ラウジが低く唸るような声を向ける。
瞬間、煩かった男達が黙る。一瞬ラウジから立ち上った怒気に声を失ったのだが。
「ごめんってば。後で一杯奢るから」
ミーナはこれといって怯むことも何もなく、笑いながら人指し指を立てた。
すかさずラウジが指を二本立てる。
はいはい、と一度肩を竦めてミーナが了承する姿に、男達は目を奪われずにはいられなかった。
一瞬とは言え、自分達が気圧された男の怒気を、笑って受け止めた美女。
日の光の中、まるでそこに余計に光が集まっているかのように、輝いて見える。
思わず呆けて見詰めてしまった男達の視線を感じ、ミーナはクスッと笑い掛けた。
「手段を間違えなければ、あなた達、きっともっと頼りにされるはずよ」
頑張って。
そう言って、ふわり、と微笑むと、男達の顔がだらしなくふやけた。
「女神……」
「ホントにいた……」
男達が陶然とした様子で呟く。
その瞬間、黒髪の青年の瞳がスッと細まったのを見て、カナンは軽くこめかみを押さえた。
「……兄さん」
どんだけ大人気ないの? と肘で小突き、ジークが何か言う前に彼の側から離れる。
その足でカナンはミーナの元ーーと言うより、男達のところへ歩み寄った。
「ね、おにいさん達」
「おっ…?!」
「おにいさん?!」
美女の横へ並んだ少女から思いもよらない呼び方をされ、男二人が上ずった声を揃ってあげる。
驚いた顔をされ、カナンは軽く小首を傾げた。
「じゃあ……おじさん?」
「「おにいさんで!!」」
即答。
あまりの勢いに、あ、はい、と答えた後、カナンは一度小さく咳払いをしてから口を開いた。
「おにいさん達、顔のせいでって言ったじゃない?」
「…うぐっ」
「そのせいで嫌な目に遭ってるって」
「言ったが何だ?!」
可愛い顔して傷口に塩を塗り込む気か?!
上げて落とすんじゃねえ!
という言葉が彼らの顔から簡単に読み取れる。
周囲の野次馬から、憐れ、と生暖かい同情の眼差しが向けられた。
そんな視線が向けられているとは思わないまま、カナンが変わらぬ様子で口を開く。
「でもさ、おにいさん達ってちゃんと人を見てたってことでしょ?」
「………!」
「じゃないと転職とか薦められないし」
すごいな~と思って。
「………っ」
面と向かって言われた言葉。
視線を合わせ、本当に感心した様子で向けられた言葉に、男達が思わず声に詰まる。
純粋な言葉と笑み。
それが胸の中でじんわりと暖かく広がってゆく。
「天使……」
「ホントにいた……」
「あはは。おにさん達、おまけで褒めなくたっていいのに」
「えっ?!」
「いや、違……!」
「それより! クーリくん達にちゃんと謝ってね」
急にピシッと態度と表情を変え、カナンが人差し指を突き付ける。
「姉さんが言ってたでしょ? 間違えなければ頼りにされるって。ーーだから、ここから頑張って!」
ね! と元気に朗らかに。
頑張って、という言葉が今までこれ程自分達を明るく励ましてくれたことがあっただろうか。
男二人の脳裏にそんなことが浮かぶ。
「なんだろ……」
「あったけえなぁ……」
同時に呟き、二人は互いに顔を見合わせた。
こくり、と頷きあい、隊長の後ろにいた店主とその息子へ向き直る。
「坊主、悪かったな」
「もうしねえよ」
二人の口から出た言葉に、店主やクーリ、隊長達や野次馬達、皆が一様に驚く。
男達も彼らの反応が無理からぬものだと解っているし、自分達もらしくないと思っているのだけれどーー。
目の前の少女があまりにも嬉しそうに微笑むので、何も言えなかったのだった。
謝罪を受けた店主がクーリの肩に手を置いたまま、男達へ真っ直ぐに向き直る。
「もう二度と横暴な真似をしないと誓ってくれるなら、こちらからはもう何も言わない。……クーリもそれでいいか?」
「えっ?!」
突然自分に振られ、クーリが困惑する。
父の今の言葉からすると、彼らをこのまま許すという流れで……殴られかけた自分としては、はい、いいですよ、とは言い難いのが本心だ。
けれど。
「………」
クーリが一度、きゅっと唇を引き結ぶ。
意を決するように拳を握り、クーリは男達の方へと足を踏み出した。
何を?! と手を伸ばした店主を隊長が静かに引き留める。
背後でそんなやり取りがあったことには気づかないまま、クーリは男達の前まで来ると、真っ直ぐに視線を合わせた。
「………俺は……」
思ったよりも震えた声に、クーリ自身が驚く。
けれど、だからこそクーリは敢えて大きく口を開いた。
「俺ももういい! けど! ルド兄ちゃんにはちゃんと謝ってくれよ! 兄ちゃん、ホントに困ってたんだからな!」
一気に告げて、はぁっと息を吐く。
脳裏に浮かぶのは、薬師の青年の優しい笑顔と困ったような苦笑だった。
3年前にこのアマノへやってきた、ルドという名の一人の青年。
彼は町外れにある洞窟近くの使われなくなった小屋を借り、日々薬草の研究に勤しむ静かな青年だった。
聞けばあちこちを旅しながら薬草の研究をしている一族の一人で、成人後は家族のもとを離れ、薬師として旅をしながら研究を続けていくのだという。
人付き合いが苦手なルドだが、効果の高い薬草を作り出すことに興味を持ったクーリを邪険にすることはなく、クーリからすれば店に来る客ーー特に冒険者はがさつで気性の荒い者が多いので、物静かで優しいルドに懐くのに時間はかからなかったのだった。
ずっとこの町にいるわけではない。3年を目処に、成果が出ても出なくても、また旅に出る。
ルドは初めからそう言っていた。
だから彼とはずっと一緒にはいられない。
寂しいけれど。
本当はずっといてほしいけれど。
今年は別れの年。
ここへ来た時と同じ夏には旅立つ。だからーー夏までに何とか結果を出したい。
そう言っていたルドは、言葉通り結果を出した。
今は研究結果を纏めていて、纏め終えたら……「寂しいですが、お別れです」と、無理矢理浮かべたのがよく解る笑みで、小さく告げたのだ。
「……だから、ルド兄ちゃんはまた旅に出るから! 笑ってお別れしたいんだ! 頑張れって言いたいんだ! だからっ……!」
「わ、解った! 解ったよ!」
「俺らが悪かったから!」
そんな泣きそうな顔で力説すんな、と男達が慌てる。
そしてーー。
「あ、やべ」
「あ、ダナンのこと忘れてた」
二人は同時に、別行動を取っている仲間のことを思い出したのだった。
遅筆にも程がありますね……。頑張ります!