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6、小さな騒動

 人が集まっているのは、確かに薬草の件で評判になっている『キナム屋』だった。

 ただし、今注目を集めている理由は、中で揉め事が起きているせいだろう。

 店の前で立ち止まり中の様子を心配そうに窺う者や、野次馬根性丸出しで覗いている者、他にも眺めつつ通り過ぎる者など様々だ。


「何があったんですか?」


 中の様子が知りたくて、カナンが薬草を仕入れに来た商人らしい男に声をかける。

 声をかけられ、振り返ったその壮年の男は、剣士の出で立ちをした少女に一瞬目を瞬いた。

 その後直ぐに少女の連れと思われる三人の冒険者が小走りでやって来る。

 一見して解るランクの高そうな三人に男は思わず見入りーーフード付きのローブを纏った美女に苦笑され、ハッとした後、焦ったように少女へ視線を戻した。


「あ…ああ、何か二人連れの冒険者が薬師を紹介しろとか、いいとこを紹介してやるとか言ってな。店主は何度も断ってるんだが……」

「……ん?」


 紹介しろ、と、紹介してやる?


 どういうことなのか一瞬考えたカナンの後ろからミーナが一歩前へと進み出る。ミーナは一度カナンへ視線を向けた後、商人の男へ顔を向けた。


「ここの薬草には薬師が関わっていて、最近の質の良さは品種改良に因るものなのね?」

「ああ。そうなんだよ」


 薬草の品種改良は割りとどこでも行われていることで、その研究には色々な薬草、または毒草に精通している薬師が携わっていることが多い。

 薬草の質や効能を上げる。

 その成果を足掛かりに、どこかに召し抱えられたり、より高度な研究のできる機関に入ることを目的とするからだ。


 だから、店内の二人の冒険者はーー。

 取り敢えずここで成果を出した薬師を紹介しろ。

 俺たちがいい就職先を紹介してやるから。

 ーーと、言いたいのだろう。


 もっとも店主は物凄く迷惑そうなのだが。

 彼らが何かを言う毎に、迷惑極まりないという様子の顔に苛立ちが深まっていく。


「ねぇ、姉さん……」

「そうね。あまりしつこいのは迷惑よね」

「よし! じゃあ私がーー」

「待て待て!」

「ぐえ!」


 ラウジに襟を掴まれ、カナンが変な声を漏らす。


「さっき役人呼びに行ったヤツがいたっての。直ぐに突っ込もうとするなアホ」

「うー。ホントに飛び出したりしないのに」

「やりかねねえだろ」

「しません」

「へーへー」


 それならいいけどな、と敢えて付け足して、ラウジが軽く肩を竦める。

 解りやすい仕草と口調で流され、カナンの眉間に皺がよる。

 けれど。

 ここで短気を起こせば、ほれ見たことか、と言われるのが目に見えているので、カナンは一度大きく息を吸って、静かにそれを吐き出した。


 よし。


 小さく拳を握って、気を取り直して人と人の間から店の中を覗く。

 その直後、カナン達の後ろから。


「すいませーん! ちょっと通して下さーい!」


 籠を抱えた少年が大きな声を響かせたのだった。

 10歳くらいだろうか。籠の中にはたくさんの薬草の束が見える。


「お待たせしてすみません! ただいま薬草をお持ちしました! すぐにーー」


 はきはきとした元気の良い声が途中で止まる。

 

「あいつら! また!」


 そう言ったと同時に少年は店の中へと駆け込んだ。


「あんたら、いい加減にしろよ!」

「ああ?」

「クーリ!」


 少年の怒気を孕んだ言葉に、冒険者二人があからさまに不快感で顔を歪ませて振り返る。

 同時に店主が焦った顔で少年の名を呼んだ。恐らく息子だ。目元がよく似ている。


「何度来たって無駄だって言っただろ! 迷惑なんだよ!」

「クーリ! いいからお前は下がってろ!」

「けど、父ちゃん!」


 お客様に対して失礼だから、という理由ではなく、下手に刺激して店やーーましてや息子に何かされるわけにはいかない。

 だから下がるように言ったのだが、クーリも嫌がらせのように連日訪れるこの冒険者に苛立ちが募っていたゆえに、父の言葉に大人しく従う様子はなかった。


「兄ちゃんはこいつらの話に興味ないって! 行かないって、何度も言ってんのに!」


 こいつらバカなんだよ!


 はっきりと。

 しっかり、キッパリと、まるで宣言するかのように言いきる。


 その姿に、ラウジが称賛するように小さくヒュウと口笛を吹き、ジークとカナンが「よく言った!」とばかりに目を輝かせた。ミーナが、人を指差しちゃ駄目よね、と呟く。

 そうじゃない、という突っ込み担当達は帰路に着き不在だった。


 この後どうなるか予想できるゆえに、4人とも目は離さない。

 

「おいおい、お子ちゃまよ」

「お客様に対する言葉遣いじゃねえなあ」


 案の定。彼らの口から出てきたのはお決まりのセリフ。

 様子を見ていた野次馬達が、巻き込まれたくないと離れ始める。

 そのお陰でカナン達が難なく最前列に移動する。

 その直後。


「お前らなんか客じゃないし!」

「ああっ!?」

「このクソガキが!」

「クーリ!」


 少年の言葉に男達がカッとなり、拳を振り上げる。

 少年と冒険者の男の体格差は明白。殴られれば吹っ飛ぶ。軽い怪我では済まない。


 店主が悲鳴のような声を上げて息子に手を伸ばすが、カウンター越しのため届かない。庇えない。


「……っ!!」


 クーリが眼前に迫る拳に息を詰まらせ、同時に恐怖で硬直する。


 覗いていた野次馬の脳裏に、悲劇の光景が過ったのだがーー。


「そこまでだ」


 低いがよく通る声を発し、ジークがクーリを背に庇い、振り上げた男の手を掴み止めた。


「な…なんだてめえは!」


 突然間に割って入られ、男がジークの手を乱暴に振りほどく。

 ジークは特に強く掴んでいたわけではなく、拘束するつもりもなかったが、男に向ける視線は冷ややかだった。


「みっともないな」

「ああっ?!」

「子供相手に拳? お前ら、冒険者じゃなくてただのゴロツキだろ」

「てめえ……」


 ただのゴロツキと言われ、男達の表情が変わる。

 もう一人の男が腰を落とし、ジークの左右を挟んだ。

 ジリ……と間合いを計る動きに緊張が走るーーが。


「大丈夫?」

「籠、転がってるぞ」

「拾ってあげなさいよ」


 そんな緊張感など我関せずと言うように、カナンが尻餅をついていたクーリを支え、ラウジが籠と散らばった薬草を指差し、ミーナが薬草の束に手を伸ばしながら、ラウジに避難を込めた視線を向ける。


 おいおい仲間の青年がピンチだぞ! と野次馬達の心の声が重なるが、三人は振り向きもしない。

 クーリと店主が仲良く焦りと戸惑いを顔に張り付ける。

 さすがは親子。浮かべた表情がそっくりだった。


「あ……あの……っ」


 クーリが間近で背を支えてくれているカナンと、男達に挟まれているジークへ忙しなく目を向ける。

 その様子を見て、カナンは敢えてクーリに微笑みかけた。


「兄さんなら大丈夫。強いから」

「そ……そう、なんですか?」

「ん。それより、クーリくん、怪我とかは?」

「え? あ、いえ! 大丈夫です!」

「ホントに大丈夫? 挫いたりとかしてない?」

「ほ、ほんとに大丈夫!」


 思わず尻餅をついてしまっただけなのに、こうまで案じられると気恥ずかしい。

 顔が赤くなるのを誤魔化すように、クーリが立ち上がる。

 ーーと同時に、ガンッ! と重く鈍い音が響いた。


「ぐっ……!」

「が…はっ…!」


 男二人が額を付け合ったまま、ズルズルとその場に沈んでいく。

 ジークはパンパンと手をはたくと、自分の方へゆっくりと倒れてきた男達から一歩離れた。


「兄さん、何したの?」

「……見てなかったのか」

「うん」

「………俺に突っ込んできたからかわした。ついでに頭突き合えるよう、ちょっと軌道修正もした」


 ラウジとミーナはともかく、まさかカナンまで自分を全く見ていなかったとはーーと、地味にショックを受けつつ、ジークがちゃんと答える。

 顔にも声にも態度にも、ショックだったことは出さない。もちろん涙だって滲ませない。


「さすが兄さん! ちゃんと見とけば良かった!」


 けれどカナンの言葉に、思わず顔がにやけそうになるのだった。

かなり間が空いてしまいました。書きたいのに書けないスランプとジレンマ(泣)

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