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5、アマノ到着

 隣国エルミナ王国とここーーライゼオン王国の国境は南北に長い。

 そのため関所が幾つか設けられているのだが、もっとも高地にあるのがアマリエ山の関所であり、その関所の宿場町として発展したのがアマノだった。


「何か、山の中とは思えないくらい賑やかなのね」


 行き交う人々に目を向け、カナンが感心したように呟く。

 旅人や商人の姿が多いが、同じように冒険者も多い。そのほとんどが護衛の依頼を受けてここにいるのだろう。


 何気なく周囲を見つつ、ジークが口を開く。


「ここの審査は他と比べると厳しくないからな」

「山の中だから?」

「まぁな。デカイ街道はお貴族様が通るし、大商人達が多くの荷を運ぶ。だから色々と条件が厳しい」

「けど、アマノは山道を行き来する不便さとかがあるから、審査が厳しくないってこと?」

「そんなとこだ。……とは言っても別に甘いわけじゃないぞ?」


 なるほど、と呟きながら、カナンは周囲に目を向けた。

 観光地ではなく、山越えのための宿場町のため、街のような華やかさはない。中央通りも何となくゴツゴツとした印象だ。

 並ぶ店も旅の必需品を売っているところが多く、土産物を専門に売っているところは見当たらなかった。


「…………」


 ちょっとガッカリ。

 けれど。

 小腹を満たすための露店は豊富なようだ。

 ユーヤ達と分かれ、急ぐ旅路ではないので時々休憩を取りながらアマノまで来たため、時刻はすっかり昼時を超えている。あと数刻もすれば辺りには明かりが灯されるだろう。

 村を出てから、ビスケットと水くらいしか口にしていなかったので、カナンには辺りに漂う香ばしい匂いが自分を誘っているようにしか思えなかった。


「……ね、みんな、お腹空かない?」


 クルリと振り返り、三人に問う。

 えへ、とはにかんだその顔に、ちょっと恥ずかしさが浮かんでいる。

 空いたのはお前だろ、という当然の突っ込みの後、ラウジがニヤニヤと笑いながら、カナンの頭を撫でた。


「お子様は色気より食い気だもんなぁ」

「だっ…誰がお子様よ!」

「育ち盛りだもんなぁ。悪い悪い」

「だから! 子供じゃないの! 私は!」


 いい子いい子、と撫でるラウジの手をカナンが振り払う。

 フン! とご立腹な様子で顔を背けたカナンにわざとらしく肩を竦めて見せて、ラウジはチラリと周囲に視線を向けた。

 同じくジークもそれとなく周囲に意識を向ける。


「………」

「………」


 何とまあ、本日もチラチラと向けられる男の視線が多いことか。

 辟易とした溜め息を短く落とし、ジークがミーナの緩く波打つ髪に触れる。


 牽制。

 この女は自分のものだ、と。

 手を出すな、と。


 ゆっくりと愛しむように、亜麻色の髪をすく。

 突然触れられ、一瞬目を丸くしたミーナだったが、ジークの意図を察し、されるがままにその目を細めた。


 その光景に、二人の関係と仲の良さを嫌でも悟る。

 何よりジークが放つ雰囲気がただの剣士ではない。それに加え、精悍さでも際立っている。


 どう見てもイケメン。

 どこから見てもイケメン。

 しかも間違いなく強い。


 そんな男を前にして、ミーナに声をかける猛者はいなかった。


「……いつも思うけど、牽制し過ぎじゃない?」


 自分の髪をすいたジークの指先を見詰め、ミーナが周囲に聞こえない程度に呟く。

 言外に「やきもち焼きね」とからかう響きがあったことに気付き、ジークは眉を寄せた。


「フード被ってろ」

「暑いから嫌よ」

「余計な問題に時間を取られたくないんだよ」


 照れ隠しなのか誤魔化したいのかーー。

 ただし言い方が不味かった。


「……ふぅん。余計、ね?」


 案の定、ミーナの目が、先程とは違う様子で細まる。

 なによ、と突っかかってきそうな雰囲気を間近に感じ、ジークは観念してミーナの頬に軽く手を添えた。


「主に俺の精神的な問題っていう意味だ。……お前、俺がどれだけ惚れ込んでるか、全然解ってないのな」

「……っ!」


 耳元で囁くように告げられた言葉に、思わずミーナが声を詰まらせる。


「……ほ、ホントに心臓に悪い男ね」

「何がだ?」

「そーいうとこよ!」


 口説くつもりではなく、ただ本心を打ち明けただけという結果の言葉。

 耳元で告げたのも色っぽい意味などなく、ただ周囲に聞かれるのを避けたからだろう。

 裏に意味はなく、本当にそのままの言葉。

 どこかに試すような意味や挑戦的な気持ちがあれば受けて立てるのだがーー。

 そういったものがない、素のままの想いを急に向けられ、ミーナは焦った様子で目を泳がせた。


「だ…だから……。そ、そう! だいたい、牽制したいのは私も同じなのよ?」

「ん?」

「あなただって、いつでもどこでもジーク様って騒がれているじゃない」

「うん?」

「本当はその度に気安く触らーー」


 思わず本音が漏れる。

 ハッとして口元を押さえるが……。

 チラリと視線だけでジークを見上げると、そこには実に嬉しそうに自分を見詰める愛しい男がいた。


「おーい、イチャつくなら宿を決めてからにしろよ」

「「……っ!」」


 ラウジの言葉に二人は弾かれたように勢い良く離れた。


「……姉さん、顔真っ赤」

「カナンうるさい!」

「兄さん、時と場所を選ぼうよ」

「うるさい!」

「もぉ、ホントにこの場で押し倒したらどうしようかとーーぉいひゃいいひゃい! ごへんなはい!」


 ジークに頬を引っ張られ、カナンが慌てて謝る。

 その様子は仲間というより、仲の良い歳の離れた兄妹にしか見えなかった。

 揃って顔を赤くしたジークとミーナにカナンがもみくちゃにされる。

 それを、やれやれ、といった様子で眺めながら、ラウジは腰に手を当てて溜め息を一つ落とした。


(……ま、これでカナンにちょっかいかけてくる奴もいなくなるだろ)


 チラチラと視線を向けられていたのは、何もミーナだけではない。カナンも、だ。

 ミーナに決まった相手がいるのならーーと早々とカナンに目を向けた輩もいるというのに。

 カナンは解っていない。

 自分に向けられる視線の類いをちゃんと知っているミーナと違い、カナンはいまいち解っていないのだ。


 幸か不幸か、身近にいたのがミーナだったこともあり、カナンの『イイ女』の基準はかなり高い。

 それゆえか、自分はまだまだ大人っぽさも色気も足りないから、冗談で声をかけてくれる人はいても、本気で口説いたり手を出してくる人はいないーーと、思い込んでいる節がある。


(……教育方針、間違ったなぁ……)


 なんだかんだと、皆ついつい過保護にしてきたのは否定できない。

 それが悪い方へ出なければいいのだが、と思うラウジの視線の先で、カナンは無邪気に笑っていた。

 再び、はぁ……と溜め息をつき、ラウジが頭をガリガリと掻く。


「おいこら、お前ぇらいつまでじゃれあってんだ。日が暮れちまうぞ」

「お、おう! 悪い」

「そ、そうね!」

「はーい!」


 三者三様の返事を返し、行くぞと促したラウジの後に続く。


「んで、どうすんだ?」

「そうだな……。取り敢えず宿を決めてから薬屋を探そう」


 ジークのその提案に否を返す者はいなかった。



 ◆◆◆


 一先ず日が暮れる前に宿を確保し、そこの受付で薬屋の事を尋ねる。

 ふくよかな女将はその質問に慣れているのか、少々苦笑気味に口を開いた。


「それなら『キナム屋』だね。うちから大通りに出て、左にちょっと歩いたとこに看板が出てるからすぐに解るよ」

「ありがとうございます」

「あ、でも、ここんとこ薬草の件で大人気でね、個数制限してるって話だよ」


 これも伝え慣れたことなのか、女将が苦笑したまま告げる。

 個数制限は想定内なので、ジークは特段驚くこともガッカリすることもなかった。


「少しでも良い物をというのは皆同じですからね。ーーでは行ってきます」

「はいよ。安くしとくから夕飯はたっぷり食べとくれ」


 細い目を糸のように細め、女将が笑う。

 わざわざ「安く」と言ったのには理由があった。

 昼過ぎに来た客のために、幾つか握り飯を用意してくれていたのだが、カナン達が訪れた時にはすでに2つだけとなっていたから。

 もともと女将が好意で作ったものであるし、それこそ人数分なかったからといってあれこれ言うつもりなどない。

 けれど。

 女将がそのことを気にしているようなので、カナンは宿を出る前に彼女へと振り返った。


「あの女将さん…! 私達たくさん食べますけど、ちゃんと普通に払いますからね! ーー兄さんが」


 笑ってジークの背中を指差す。

 いたずらっ子のようなその笑みに、女将は一瞬目を丸くした後、心底おかしそうに声をあげて笑った。


「はいよ! 待ってるからね!」


 手を振った女将に手を振り返し、カナンは先に出た皆に続いて、宿屋を後にしたのだった。


 女将の言葉通り、大通りに出て左へ進む。

 ついでに途中の店で、4人仲良く目玉焼きを挟んだパンを食べ、小腹を満たす。

 ちょうどいい塩気が美味しかったと指を舐めたところで、カナンは先程から気になっていたことを口に出した。


「川の音……だよね?」


 蜂退治をした村の穏やかな川とは違う、もっと荒々しい流れの音。

 思わず確認するように問いかけたカナンに、ジークはこくりと頷いた。


「朝の村が支流。こっちが本流で山の上の方になるからな」


 とは言え、合流するのはだいぶ先で、国を跨いだそこまで一定距離を保ったまま並走していることからアマリエの親子川と呼ばれることもある。


「……で、川を挟んだ向こう側がエルミナ王国だ。あの辺りまで行けば見えるんじゃないか?」


 そう言ってジークが先を指差す。

 通りの店がないそこは、小さな憩いの場のようだ。

 崖の上に突き出るようになっているのは、ちょっとした観光ポイントだからなのだろう。

 なかなかの絶景だ。


「うわ~、凄い!」


 案の定、カナンが見開いた目をキラキラさせて、真っ先に下を覗き込んだ。


 こういうところが可愛いのよねーーとはミーナ。

 まだまだ子供だなーーとはジーク。

 ま、はしゃぐと思ったけどなーーとはラウジ。

 そんな風に思われているとは露知らず、カナンは下を指差した。


「ねえ! ほら、結構流れが速い! 絶対流される! ーーでもそのお陰で、関所があんまり物々しくないのね」


 ライゼオン王国とエルミナ王国を隔てるのは切り立った崖とその間を流れる川である。

 山越えのこのルートの場合、両王国を繋ぐのは間に掛かる橋のみだ。

 密入国を試みるにはリスクが高すぎるため、国境を見張る兵士の数は少ない。

 また、ここまでの道も平坦ではないため、運び込まれる荷物の量も必然的に制限され、密輸もしにくい。


 アマノへ着いた時にジークが、審査はそれほど厳しくないと言っていた理由を実感する。


 そういうことでしょ? とカナンが高い位置で結っていた赤茶の髪で弧を描いて振り向く。

 陽の光を受けて赤色が鮮やかになったその髪が、崖下から吹き上がった風に遊ばれ、カナンは軽く押さえた。


「あら」

「……む」

「へぇ……」


 保護者三人の、先程とは違う呟き。

 思わず漏らしたその声がそれぞれ聞こえ、三人は顔を見合わせた。


(着実に成長してるわね)

(……まだまだ子供だ)

(中身も成長しねえとダメだろ)

(色々教えちゃおうかしら?)

(……まだ早い)

(無自覚に男釣ってくるようになるぞ)

(カナンったら小悪魔ちゃん!)

(……害虫は鉄拳制裁)

(ジーク……お前バカだろ)


 ヒソヒソ。

 こそこそ。

 囁き合う。


「…………」


 返事がないことを不思議に思ったカナンの視線の先で。

 兄達が何やら変だった。


 ヒソヒソ、こそこそ。

 どうにも怪しい。

 最近、時々こういったことがあるのだが、どういうわけか理由は教えてくれない。


「……もぉ~、ホントに何なの?」


 腰に手を当てて、カナンが不満を全面に押し出した声を向ける。

 自分のことで何か言っているのは間違いないので、正直良い気はしない。


「ごめんごめん」

「何でもない」

「そのうちな」


 とは言うものの、どういうつもりなのか教える様子はなかった。


「……どうせいつも通り誤魔化すつもりでしょ」


 つかつかと三人の元へ歩み寄り、むー、と一睨みし、そのまま通り過ぎる。


「置いていくからね!」


 そう言ってスタスタと歩き去る。

 その姿は手足の長さも相まって、颯爽としていた。

 腰に下げた長剣もお飾りでないと解る位に馴染み、だからこそカナンを引き立てている。


「怒らせちゃったわね」

「……拗ねたな」

「中身は子供だからなぁ」


 振り向きもしない後ろ姿に苦笑し、保護者達も歩き出した。

 キナムという看板はまだ見えていないが、少し先に人が集まっているのが見える。

 恐らくそこが例の薬屋だろうと思った矢先ーー。


「何か……様子が変!」

「あ、こら! 一人で行かない!」


 タッと走り出したカナンを追って、保護者三人もまた走り出したのだった。

薬草、欲しいなぁ。

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