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3、宴の合間に

 鍛治屋で働きながら、素材集めのために冒険者として活動しているユーヤと、料理人として腕を奮いながら、これまた食材のために冒険者をしているアッシュは、血の繋がった兄弟である。

 手先が器用な兄のユーヤと仲間以外とはきあまり喋らない弟のアッシュは、5年程前に『大家族』に加わった一番新しい家族で、今では二人ともなくてはならない存在だ。


 その二人がイイ笑顔を浮かべ、仕留めたビッグボアを運んでくる。

 ジークが村で一泊してから帰ることを伝えると、二人は、そういうことなら、とビッグボアを喜んで差し出した。

 かなり大きな個体なので、アッシュが解体作業を手伝うことになり、また買取対象となっている牙も遠慮なく貰うことを決めたのだった。


 宴をするのは御神木の聳える広場ではなく、村でだ。

 後始末をキチンとし、『大家族』の皆は、村長達から感謝されながら、川沿いの村まで歩き出した。


 周囲に危険な気配は全くない。山道もそれ程険しくなく、周囲の木々も程よく間伐されていて、嫌な薄暗さもない。

 なのに、ジークがいつもよりも近い距離でミーナの隣を歩く。

 ミーナは、ジークが敢えて自分のほうを見ないように歩いているのが可笑しくて、トパーズのような瞳を細め、クスクスと笑みを溢した。


「剣士様。焼きもちかしら?」

「…………」

「村の方達に囲まれていたのが、そんなに気になりまして?」

「…………」

「無言は肯定と取りますよ?」

「…………」


 ミーナが小さく笑いながら告げる言葉に、ジークはあくまでも無言を返す。


 そんな二人の後ろを歩きながら見ていたカナンは、やれやれといった様子で、隣を歩くレンドルに問いかけた。


「姉さんはさ、何も言わない兄さんが面白くて繰り返してるのに、どうして兄さんはいつもああなのかなぁ……」

「……図星を突かれ過ぎて、何も返せないんじゃない?」

「もうさ、どうせ姉さんには勝てないんだから、色々と諦めちゃえばいいのに」

「色々あるから諦められないんだよ」

「なるほど。男心ってヤツね?」

「そ」

「さすが姉さん」

「なんでそこで、さすが、なのさ?」

「ん? 解った上で、兄さんを手玉にとってるから」


 カナンとレンドルの声は聞こえているだろうに、これまたジークは何も言わない。振り返らない。多分、きっと、恐らく、答えたら負けだから。

 例え内心ベコベコに凹んでいたとしても!

 妹の悪意のない口撃に死にかけていたとしても!


(……アホだな)


 さりげなく最後尾を歩きつつ、ラウジがジークの背中に呆れた視線を投げ付ける。

 僅かに肩がピクリと反応していたから、視線に乗せた言葉も届いただろう。


「あー、平和だなぁ」


 わざと声を大にしてそう告げて、ラウジは一つ伸びをしたのだった。



 ◆◆◆


 村人総出で宴が始まる。

 ようやく外へ出られるようになった子供達が、村の中心にある広場を駆け回る。

 もうじき日が落ちる時間だが、そんな子供達を嗜める大人はいなかった。


 安心して子供が遊べるようになったことが、何よりも嬉しい。本当にありがたい。


 ジークを筆頭に『大家族』の皆は、村人達から何度も何度も感謝の言葉を受けた。

 照れ臭かったり、誇らしかったり、恐縮したり……と、色々感じながら、カナンは串に刺した甘辛い芋だんごを手に、なぜか焼き場を受け持っているアッシュの所へ足を向けた。

 筋肉質な大きな体で、手際よくビッグボアの串焼きをひっくり返しているアッシュの後ろで、二人の村の青年が困ったようにウロウロしているのが目に入る。


「どうかしましたか?」

「あ!」

「仲間のお嬢さん!」

「あっ…カ…カナンです!」


 慣れない呼ばれ方をされ、カナンが思わず名乗る。

 青年達はカナンが声をかけてくれたことにホッとしたように、一度お互いの顔を見合わせた。


「いや、あの……ここはもう俺たちに任せてもらって大丈夫なんでーー」

「戦士さんも皆さんと食べてきてくださいって言ったんですが……」


 淡々と、黙々と、手際よく、次々と串焼きを仕上げていくし、声を掛けても「大丈夫」「運んで」くらいしか返ってこなくて、ビッグボアを解体してくれただけでありがたいのに、こうなるとむしろ申し訳なくてーーと青年達が続けるのを聞いて、カナンは困ったように苦笑した。


 灯された篝火にも似た、暖かみのある赤茶の髪がふわり、と揺れる。

 瞳にも同じ暖かさを宿し、カナンは青年達にペコリと頭を下げてから、アッシュの傍へ足を向けた。


「アッシュ」

「焼けた」

「うん。……あのね、ここはもうお兄さん達に任せて、少し私に付き合ってくれる?」

「…………解った。ーーあ、あとは、よろしく」

「あ、はい!」

「戦士さんもたくさん食べてください!」

「ありがとう」


 太い腕を軽く挙げて応え、アッシュは焼き上げた串焼きを5本皿に取った。

 ふと視線を広場の中央に向け、数人の村娘に囲まれておたおたしている犬ーー否、レンドルを見つけて声を飛ばす。


「レンドル! ちょっとカナンと川で涼んでくる!」

「え? あ、俺もーー」

「ジークに伝えといて」

「わ、解った。気を付けて! 遅くならないようにー!」


 相変わらずな彼に笑い掛け、アッシュとカナンが広場から離れる。

 少ない明かりの中、二人で串焼きを食べなが少し歩くと、流れの穏やかな川辺にたどり着いた。

 どちらからともなく、そのまま砂利の上に座る。

 しばらく無言で食べ、全部食べ終えた後串を皿に戻しーー。


「はあぁぁあ~! つ、疲れたのよぉ~!」


 アッシュは大きな体で三角座りをし、顔を膝に埋めたのだった。


「お疲れ様」

「ねえカナン! あたし変じゃなかった? ちゃんとしてた? 村の人達、この人何か変とか言ってなかった?」

「大丈夫。誰も何も言ってないから。むしろみんな凄く感謝してて、アッシュがずっと手伝ってくれてたのが申し訳ないって」

「そ……そう。良かったわぁ……」


 心底ホッとした様子で、アッシュが目尻を下げる。

 ガチムチなパワーファイター体型の青年だが、今の彼の表情にその雄々しい要素はまるでなかった。


「アッシュ……」

「うん。大丈夫よ」


 本当はおしゃべりで、可愛い物が大好きで、甘い物や花や小物も大好きでーーでも彼は仲間以外の人がいる時は、それら全てを隠して、口数の少ない戦士、もしくは料理人として振る舞う。


「…………」


 ありのままの……本当のアッシュを知っているだけに、無理をしている姿を見るのは苦しかったし、悲しかった。


「ありがとね、カナン」

「……私は何もしてないし」

「充分してるわよ」

「どの辺が?」

「傍にいてくれるとこ」

「…………」


 目を細め、柔らかく微笑んだアッシュの言葉に、カナンがキュッと唇を引き結ぶ。

 何かを言おうとして口許を動かしたが、結局カナンは何も言えなかった。


 しゅんとしたカナンの肩をアッシュが軽く引き寄せる。

 何の抵抗もなく、素直にもたれ掛かったカナンに一度笑い掛け、アッシュは川の流れに目を向けた。


「…………」


 幼い頃から奇異なものを見る視線を向けられてきた。

 それこそ両親からも。


 下級とはいえ、家名のある家に生まれた自分と兄のユーヤは、体格と運動能力に恵まれ、恐らく父と母の自慢の息子だったのだろう。


 男らしくあれ。

 上を目指せ。

 武勲を立てろ。

 お前達なら、必ずできる。


 よくそう言われていたのを覚えている。

 けれど、自分にはできなかった。

 父や母、祖父母の期待に反し、趣味や嗜好が男らしさとは真逆のものばかりになりーーいつしか奇異と蔑みの視線と言葉を向けられるようになったのだ。


 自分はおかしい。

 自分がおかしい。

 男なのに。

 男のくせに。


 どんどん自分自身を嫌いになって。

 どんどん自分を気持ち悪く思うようになって。

 

 寂しくて、悲しくて、辛くて、苦しくて……。

 もういっそのことーーと何度も繰り返し思った。


 けれど。


 たった一人。


 いたのだ。


 そのままでいい、とーー。

 お前が大切なんだ、と言ってくれた人が。


 それが、兄のユーヤだった。


「二人で家を出よう! ここにいたら、俺達絶対に潰れて死ぬ!」


 そう言って差し出された手を取ったのは、ユーヤが15で自分が13の時だ。

 持ち出した金で大陸に渡り、よくある戦災孤児として冒険者ギルドへ登録し、見習いという名の雑用係として幾つかのパーティーを渡り歩いた。


 その時にユーヤは武器のメンテナンスや鍛冶自体に興味を持ち、自分は料理をするのが楽しくなりーー将来の夢を持つようになった。


 けれどーー。


 隠していた自分の性癖がバレる度に気持ち悪がられ、遠ざけられ、身に覚えのある視線と言葉を向けられた。


 その度にユーヤに迷惑を掛けた。

 笑って「気にするな」と言われて、励まされ、何とか無口な冒険者としてやってきたけれどーー。


(ユーヤ以外、だぁれも信じられなくなってたのよねぇ……)


 川の流れを見詰めたまま、アッシュが口元に自嘲を刻む。

 小さく吐息を吐き出し、アッシュは自分にもたれ掛かっている少女に目を向けた。


「…………」


 ユーヤ以外の人間に心を閉ざしていた自分。

 冷たい目や嫌悪、嘲笑が怖くて、本当は寂しくて辛かったけれど、でき得る限り距離を取るーーそんな日々を続けてきた。


 それを終わりに導いてくれたのが、今ここにいるカナンだった。


 あの日。


 ユーヤと二人で簡単な依頼を受け、運悪く強い魔物に襲われたあの日を、自分は生涯忘れないだろう。


 あの日、あの時。

 洞窟の中で重傷を追い、動けなくなったユーヤを行き止まりの奥に隠し、自分は助けを呼びに町へ走った。

 後から自分の怪我も相当なものだったと聞かされたが、その事はよく覚えていない。

 記憶の中にあるのは、冒険者の集まる宿屋兼酒場へ飛び込み、助けてと叫んだこと。


 ユーヤを助けて!

 兄を助けて!

 あのままじゃ死んじゃう!

 お願い! 誰か!


 取り繕うことも忘れ、素のままの自分の言葉でそう訴えていた。


 けれど。

 返ってきたのは驚きとーー一瞬後の爆笑と嘲笑だった。


 聞いたかよ!?

 なんだあれ!?

 気持ち悪ぃなあ!!


 がはは、わはは、と嘲り笑う声が豪雨のように降り注ぎ、目の前が真っ暗になった。

 息ができなかった。

 膝が震え、声が出なくなり、絶望が涙となって盛り上がる。


「………っあ……うぁ…っ!」


 言葉にならないーー言葉にできない感情が喉の奥を圧迫し、呻き声と共に持っていた戦斧を落とし、膝をついた。


 その直後ーー。


「……大丈夫?」


 幼い声がした。

 血だらけの腕に触れ、見上げてくる瞳にあるのは、ただただ純粋に案じる色。

 夜を照らす暖かな灯火の色。


 それがカナンとの出会いだった。


「アッシュ?」


 幼いカナンではなく、今のカナンに名を呼ばれ、アッシュがハッとする。


「……大丈夫?」


 あの時と同じ言葉を向けられ、アッシュは優しく目を細めた。


「出会った時のことを思い出してたの」

「私と?」

「そう、カナンと……オヤジさん達と」

「……確かあの時のアッシュ、すごい怪我してて……私、急いで姉さんを呼びに行って、転んで頭にコブ作ったのよね」

「そうだったの?」

「うん。……懐かしいなぁ」

「…………そうね」


 カナンが立ち上がって、手頃な小石を川に向かって投げる。

 水切りをするわけではなく、ただ投げ入れ、カナンは再び小石を拾った。

 別に何を狙うでもなく、カナンが投げ入れたのを見た後、アッシュは川面に目を向けながら、あの時のことを思い出していた。


 幼いカナンが酒場の奥にいたミーナの手を引っ張って連れて来て、続いてジークやラウジ、オヤジさんとその後ろに隠れるようにして少年のレンドルが付いてきてーー。


 自分より背も体格もいいオヤジさんに圧倒され、何があったのか説明しろ、と言われて、震えなが何とか口を開いた。


 今更取り繕うこともできず、何よりもユーヤのことが心配で、言葉遣いなどに構っていられなかった。


 集まった皆が一瞬ぎょっとしたのには気付いた。けれど治癒魔法をかけるミーナの隣で、まだ塞がりきらない傷を布で押さえているカナンだけは違った。


 ただ真剣に、できることをしながら、自分の言葉を聞いてーーありのままの自分のことを受け止めてくれていた。


(それがどんなに衝撃的で、どれ程の救いだったか……知らないでしょうね)


 3つ目の小石を投げたカナンの後ろ姿を見詰めながら、心の中で言葉を向ける。


 あの日、あの時、あの瞬間。


 カナンは自分を救い、照らしてくれた。

 真っ暗な闇の中、暖かく迎える篝火のように。


 夜風に靡いた髪を押さえ、カナンが振り替える。


「ね、そろそろ戻ろっか。またレンドルがおたおたしちゃうし」

「そうね。あたしもまだまだ食べ足りないしね」

「お酒も、でしょ?」

「ここではそんなに飲まないわよ」

「さぁーて、どうかなぁ」

「あら! いつからそんな生意気なことを言うようになったの?」


 こら! と言って手を伸ばすと、カナンが笑いながらひらりと身を翻した。


 出会った頃はまだまだ幼さが目立っていた少女。

 あれから5年が経ち、今のカナンは年頃のーー16才になった。

 身長も伸び、手足もすらりとし、鍛えているだけあって細身だがスタイルも良い方である。

 本人は気付いていないーーと言うか、自分を含めた皆のガードが厳しいため、悪い虫も寄り付けないーーと言うか、むしろ寄り付かせないのだが、明るく、素直で優しい子に育った。


 大切な大切な女の子。


 カナンが人生を変えた。

 カナンが意味を与えてくれた。


 多分『大家族』はそうした思いが集まった結果なのだろう。

 彼女がいたから生まれたパーティー。

 支柱はオヤジさんだが、きっとそうだ。


「さっき食べたんだけど、芋だんごがすごく美味しかったの。あれ作り方教えてもらおうと思って! 一緒に聞いてくれる?」

「いいわよ」


 跳ねるように前を進んでいくカナンの後を追いながら、アッシュは笑顔で頷いた。

みんな、理由があるんです。

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