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12、魔族

ようやく出番です。

 モルドを先頭に、兵士とジーク達、そして他にも召集に応じた冒険者――およそ20人が洞窟近くへたどり着く。

 ここへ来るまでの間におおよその役割分担はしていたため、ジーク達を含めた冒険者は、兵士よりも後方だ。


 先頭を走っていたモルドが足を止めたのに習い、全員が一定距離で止まる。


 駆け付けた者全ての視線の先。

 黒々と口を開けた洞窟の入り口。

 そこに、三人の人影があった。

 そのうちの二人が服装からすぐに警備兵だと分かる。

 残りはもう一人。

 彼がダナンに魔族だと断定された青年で間違いなかった。


 その青年が。


「………何か、ありましたか?」


 目の前にいる兵士ではなく、この場へ駆け付けたモルドへゆっくりと視線と静かな落ち着いた声を向けた。


「……キールウェン。下がれ」


 モルドが青年に応えるのではなく、部下へ命じる。

 安易に接触を図ろうとしたキールウェンが何かを言う前に、共に来ていた兵士がキールウェンを引きずるようにし、距離を取った。


 それを静かに見ていた青年は、ほんの数秒ほど目を閉じた後、ゆっくりと口を開いた。


「……町の方が何やら騒がしいなとは思っていましたが……」

「………」


 独り言のように告げた言葉にモルドは応じない。

 否、どう返すべきか言葉を探し、下手なことは言えない故に結果的に無言になっていた。


 青年が木箱の上に紙とペンを置く。改めて、こちら側へと体を向け直したのに合わせ、その場にいた全員がにわかに戦闘態勢を取った。


「……問答無用ですか?」

「………」

「今まで友好的だったと思うのですが?」

「偽りの姿では、だが」

「あぁ……、そうでしたね……」


 何もかも悟ったーーそれでいて焦りとは無縁の静かな表情で、青年が自分の長い髪に目をやり、一房摘まむ。


 焦げ茶色。

 この山を覆う大木と同じ、濡れた幹の色。


 その場にいる全員の視線を浴び、青年は一つ静かに息を吐いた。


 軽く両手を開き。


「ではーー」


 改めまして。


 その言葉を合図に、青年の足元から魔力が立ち上った。


 瞬間、感じたのは圧倒的なプレッシャー。視認できない圧力と、視認できる黒いオーラ。

 その場にいた全員が目を見開いた。


 魔族。


 その証拠に青年の髪は漆黒へと変わり、瞳はアメジストより深く濃い紫へ色を変えていた。


 誰もが硬直したかのように動けなかった。

 咄嗟に武器に手を掛けられたのはジークとラウジだけだ。


「……やべぇな」

「ああ」


 嫌な汗が滲む。

 魔眼を持たない者でも解るほどの魔力ーー可視化した黒いオーラに空間が蝕まれていく気がする。


 チラリとジークが後ろを確認する。

 ここへ来る前、念のために自身に個人結界を張っていたミーナが、真っ青な顔で杖を握り締めていた。

 

 常人より魔力に敏感であるのが魔法使いだが、また耐性があるのも魔法使いだ。その彼女がここまで身を強張らせているのを見たのは初めてだった。

 他にも共に来た魔法使いが歯を食い縛り、震えの走った杖を持つ右手を左手で押さえている。


 だが、誰も逃げることはしない。

 町を守るための警備兵もそれぞれの理由で冒険者になった者も、この場に来たと言うことはそういうことなのだと、己に言い聞かせる。


「………」


 ジークが愛剣を握る手に力を込める。ギシリ、と皮の擦れる音がやけに耳に届いた。


 魔族はドラゴンに次ぐ存在と言われるが、ドラゴンに個体差があるように、もちろん魔族にもある。

 亜竜であるワイバーンと同程度なら……と思わずにはいられないが、魔族は『人』なのだ。ドラゴンはあくまでも『魔獣』の最上位種であり、ある程度攻撃パターンは知られている。

 それに対し魔族は『人』。魔法の威力だけでなく、言葉を交えての狡猾さや残忍さがある故に極めて厄介なのだ。


 そういった面を加味すると、この魔族の実力がワイバーン程だとしても、倒せる確率は低くなる。


 市民の避難が最優先。

 それを違える気はない。


 魔族から最も近い距離にいた――キールウェンと呼ばれた男は腰を抜かし、もう一人がカチカチと歯を鳴らしながら後ずさる。

 モルドだけでなく、硬直が溶けた者から武器を構え始めていた。

 

 そんなこちら側の様子に、魔族の青年がふと……小さく首を傾げた。

 皆に走った緊張をよそに、彼は一拍後、何か思い当たったのか淡く苦笑した。


「怖がらせるつもりはなかったのですが……。そうですね。少し抑えますね」


 何を、とは言わないが、その直後、辺りを支配していた息苦しい程の圧力が一気に軽くなったのだった。

 見えていた黒いオーラも消える。


「これで話ができますね?」


 にこり、と。

 目を細め、口もとに弧を描き、胸元に片手を当てて。

 敵意も殺意も欠片も見せず、青年が微笑む。


 ざわり、とジークは総毛立った。

 今ので解ってしまったから。


 小蝿を追い払うのに、いちいち敵意を漲らせる者がいるだろうか。

 ましてや、わざわざ殺意を向けるだろうか。

 答えは『否』だ。

 だから、それ故に、この魔族は敢えて魔力を抑えた。

 臨戦態勢など取るまでもないから。簡単に無力化できる相手に気負う必要などないのだから。


 圧倒的な強者。これは魔族の上位種。


 それが解った。


「………っ」


 ジークが奥歯を強く噛み締める。

 魔族から近い位置で後ずさっていた兵士は尻餅を着き動かない手足を必死に動かし、少しでも距離を取ろうと踠いている。

 キールウェンも似たようなものだが、彼は現実から逃げ出したいのか「違う」「こんなはずじゃ…」とブツブツ繰り返し漏らしている。正気かどうかも怪しい。


「さて……どうする? 隊長さん」


 既に二本のダガーを抜いたラウジが前に立つモルドへ問う。普段とは比べ物になら無いほど固い声音だった。

 どう、と問われ、モルドの眉間にぐっと皺が寄る。

 魔族にいきなり仕掛けるなど愚の骨頂。だがこちらを侮っている今しか隙をつく機会などない。ここに来た魔法職の者には警備兵、冒険者問わず、全力で対魔法防御に徹する手筈になっている。

 結界であれシールドであれ、重ね掛けできるものはできるだけ、だ。


 それに――。


 モルドとしては、何よりこの魔族の目的が知りたかった。

 3年。

 長命な魔族からしたら取るに足らない月日かもしれない。けれどこの魔族の青年は、確かにこの町に住んでいたのだ。

 言葉少なく、あまり人と関わらずにはいたけれど、それでも決してこちらへ嫌悪や害意を向けたことはなかった。

 

 その真意は? なぜ?

 それを問うた時、青年は豹変するのだろうか。


 何にせよ、決断するのは隊長である自分だ。

 背後の兵士たち、そして冒険者がゆっくりと配置を整える。この中で最も強いのはジークという名のAランク冒険者だろう。その彼が自分の真後ろ、中央先頭で息を吸い込むのが聞こえた。


 その直後だった。


「兄ちゃん……!!」

「クーリ君、ダメッ!!」


 薬屋の少年とジーク達の仲間の少女が、あろうことか洞窟の真上に姿を現した。



   ◆◆◆


「クーリ君、ダメッ!!」


 カナンがそう叫んで少年の服を掴んだのは、洞窟の真上に出た瞬間だった。

 開けた視界。

 その足元には驚愕で目を見開いたジークとラウジ、兵士と冒険者。モルドという名の隊長。

 そしてーーこちらを見上げる髪の長い青年がいた。


(この人が魔族……!?)


 明らかに驚いた顔をしている、この青年が?

 髪は漆黒、瞳は……黒のようにも見えるが紫紺だ。

 色だけ見れば間違いなく魔族。


 自分とクーリがこの場に来てしまったため、眼下の皆が動けずにいる。それを瞬時にさとり、カナンがクーリの背を引っ張るが、クーリは近くの木に腕を絡ませ、青年だけを凝視していた。


「な……ん、で……」


 クーリの口から、震えた声が漏れた。


「兄ちゃん、色が……何で……ホントに魔族……」


 声と共にクーリの唇も震え、くしゃりと顔が歪む。

 信じたくない。信じられない。信じたくない。信じられない。

 そんな言葉が如実に表れた顔だった。


 そのクーリに、魔族の青年が小さく笑みを向ける。


「……はい。これが本当の私です」

「……っ! なん…でだよ! 騙したのか!! 騙してたのか!!」

「……結果的には……そうなりますね」

「ふざけんな!!」


 そう叫んだクーリが手近にあった石を魔族の青年に投げつける。

 誰もがその暴挙に驚愕する。

 石が青年の額に当たったかと思われた瞬間ーー!

 

「ファイヤーランス!!」


 突然魔法が放たれた!

 青年の至近距離。一瞬のことだった。キールウェンだった。

 彼は正気を失ったように呟いていた。それがどこから呪文へ変わっていたのかは誰も知らない。気付かなかった。

 だが確かに、キールウェンは呪文を唱え、魔族の青年の注意が真上の少年に向いた瞬間、絶妙なタイミングで火の魔法を放ったのだった。


「待っ……!」


 待って!


 放たれた炎の槍が青年に届く瞬間、カナンが声を発する。だがそれは至近距離からの着弾に書き消された。

 瞬く間の出来事。

 魔族の青年が炎と爆風で吹き飛ばされ、キールウェンともう一人の兵士も真逆に吹き飛ぶ。

 そしてクーリも魔族の青年と同じ方向に吹き飛ばされーー。


(ダメ! このままじゃ!)


 カナンは咄嗟にクーリと自分の位置を入れ替えるように、彼の服を思いきり引っ張った。

 クーリがもんどりうって木と木の間に引っ掛かる。その代わりカナンはそのまま魔族の青年を追うように崖へ吹っ飛ばされた。


「カナン!!!」


 悲鳴のような声が聞こえた。

 兄と姉とラウジが咄嗟に手を伸ばし駆け出す姿が見えた。

 自分も手を伸ばす。

 けれど。


 背中から落ちてゆく。崖下へ落ちてゆく。

 兄達の姿が遠ざかる。

 流れる川の激しい音が近付く。


 死ぬ。

 このままでは死んでしまう。

 そう感じた瞬間ーー。


「プロテクト!」


 カナンに出来たのは一言叫ぶことだけだったーー。

落ちましたね、はい。

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