11、手柄
男ーーキールウェンは手柄を立てたかった。
本当ならば火の魔法使いとして王都で魔法兵団の一員になっているはずだった。
なのに、現実は関所の警備兵。
自分はどこで何を間違えたのか、それとも周りが間違っているのか、ずっとそれを考えていた。
そしてようやくたどり着いた答えは、結果を出せばいい、ということだった。
間違ってはいない。
今度こそ、自分も周りも間違わない。
結果をーーそう、誰にも否をつけられない手柄を立てれば、自分はもっと輝かしい場所へ立てる。
Bランク相当の中級魔法使いである自分が、山間の関所町で燻っているのがそもそも間違いなのだから。
手柄を立てる。
誰にも文句を言わせないーー言えるはずもない手柄を。
そのチャンスが、今日、ようやく、巡ってきたのだ。
密輸や密入国などほとんど起こらない関所町で。
取り締まる犯罪と言えば、喧嘩や窃盗が主なもので。
戦闘と言えば、せいぜい町周辺のさして強くもない魔物退治で。
そんな、目立った功績など到底挙げることなどできない、このアマノで。
「魔族……だと……?」
ドラゴン同様、ほとんど姿を見せることのない存在。
恐怖の象徴と言われる存在。
それが現れた可能性が高いと、一気に慌ただしくなったのだ。
これはチャンスだ。
恐らく、最初で最後の。
逃すわけには行かない、掴み取らなければならない、たった一度の。
そう思った。
まずは本当に魔族なのか、確認しなければならないだろう。
確認する前に召集など掛けて町に混乱を引き起したモルド隊長は、以前から的確な判断ができない上司だと思っていたから、それほど驚きはない。
そもそも有能ならば、この自分を外回りの巡回兵などにはしないはずだ。
だから、自分が確認しーー十中八九見間違いだろうからーー皆を安心させ、纏める。
そして隊長の不手際をはっきりと指摘し、冷静に確認作業をこなした自分をアピールできれば、誰もが自分に注目するだろう。
もし、本当に魔族が現れたのなら、倒すことは無理でも、召集で集められた者達と協力し、追い払えばいい。
ドラゴンも魔族も、決して無敵ではないのだから。
だからーー。
そこで大きな成果を挙げればーー。
否、他の誰かを利用してでも、大きな成果を。
功績を。
この手に手柄を。
そして。
誰からも一目置かれる存在に!
「ーー私も偵察に行かせてください!」
志願した男の口元は、なぜか笑っているかのように歪んでいた。
そしてーー。
偵察対象が薬草の研究栽培をしているという町外れの洞窟へ向かう。
国境となっている川を挟む崖沿いの道は高い木々が覆い被さるように枝葉を広げ、昼でも薄暗い。時折崖下から吹き上がる風のせいで、辺りの空気が湿り気を帯び、重く感じる。
そんな山道の最奥に、ぽっかりと口を開けた洞窟がある。
昔は貯蔵庫として使われていたらしいその洞窟は、年間を通して温度が安定しており、薬草栽培に適しているのだという。
その洞窟の入り口に、偵察対象である青年の姿があった。
「…………」
キールウェンが、知らずゴクリと唾を飲む。
瞳の色は解らないが、背中の中程でゆったりと結ばれた長い髪は、濡れた大木の幹のような焦げ茶色だ。
服装はいたって普通。
湿った土にでも触れたのか、捲った袖口や足元が少し汚れている。
青年は籠の中身を確認し、洞窟入り口に置かれた木箱を机代わりに、何やらメモを取っていた。
(これが……魔族……?)
想像とあまりにも違う。
自分の目に写るのは、何やら少し難しい顔をして、籠の中身ーーおそらくは薬草の数ーーを確認している二十歳前後の青年だ。
整った顔立ちは柔和で、不穏さや不気味さ怜悧な感じは全く受けない。
(………これ、が……?)
魔族?
伝え聞いてきた存在と、目の前の青年の姿が余りにも乖離していて、脳内が混乱する。
魔族はプライドの塊のような存在のはずだ。
それが洞窟で薬草栽培?
泥汚れを付けて?
しかも彼は三年前からこの町にいたわけで……。
多かれ少なかれ、町の者や巡回の兵と交流があったはずで……。
(これは……完全にやらかしたんじゃないか?)
モルドが。
魔族出現は完全に早とちりで、安易に混乱を引き起こした。そのせいで今頃町に大小様々な問題が起こっているのは間違いない。
ならば。
ここで。
自分が手柄を立てるとするならば。
(……速やかに彼への疑念を晴らし、町の混乱を終息させる)
それが最適解。
そう導き出し、キールウェンは一度深く息を吸い込み、ゆっくりとそれを吐き出した。
そして。
「おい、キミ。少々話を聞きたいのだが」
キールウェンは安直に声をかけた。
距離を取ったまま様子を伺うだけだったはずなのに、歩を踏み出し、あろうことかいきなり声をかけたキールウェンに、共にここへ来た兵士がぎょっと目を剥く。
「おっ! お前、何を!」
「うるさい。黙って見てろ」
吐き捨てるように同僚へ告げ、キールウェンは制止の言葉も腕を掴もうとした手も振り払い、青年の元へ歩を向ける。
「………何か、ありましたか?」
青年の静かな、落ち着いた口調。
優しさすら感じる声。
だが、その言葉と視線はールウェンではなく、たった今、たった今この場へ駆けつけたモルドへ向けたものだった。




