10、追跡
第一級警戒配備と特別召集。
にわかに動き出す周囲と人。
チッと舌打ちしたラウジと愛剣の柄に触れた兄、唇を引き結んだ姉。
一気に溢れ出した緊張感に対抗するように、カナンはぐっと拳を握った。
特別召集は、Cランク以上の魔法職の者とBランク以上の戦闘職の者に協力を要請するものだ。
それ以下のランクの者ーーつまりDランクになりたての自分は対象外。ついていけば足手まといになる。
この場合、避難指示があればそれに従い、一人であってもアマノを離れるべきだろう。
解っている。
それは解っている。
ラウジは逃げるべきだと言っていたが、兄は行くだろう。ならば姉も付いて行く。そしてラウジも悪態をつきながら共に行く。
兄がAランクにまでなったのは、父と共に自分を助けた時のように、弱い立場の者を守り助けたいという理想を貫いてきたからなのだから。
ならば、自分は自分にできることをーー。
「……っ?」
不意に耳に届いた声にカナンが振り返り、声の主を探す。
大きくなりつつある喧騒に紛れ、再度声が聞こえた。
「…めだ……!」
「けど…! …ぃちゃん…!」
「…リ!」
探すカナンの目に飛び込んできたのは、父親の手を振りほどき駆け出した少年の姿だった。
(クーリ君…?!)
瞬間、カナンも駆け出していた。
「カナン?!」
「連れ戻して避難する!」
身を翻したカナンにぎょっとし、ジークが強く呼び止める。
驚きと非難の混じった声には気付いたが、カナンは簡潔に答えただけで立ち止まりはしなかった。
「カナン!!」
「あんっのバカが!」
「待て! ラウジ!」
咄嗟に追おうとしたラウジをジークが制止する。
カナンが向いた先に一瞬見えたのは、先ほど助けた少年だった。今追っても、追い付き止められるのはカナンだけだ。
人々が逃げ惑う中、子供が逆走するのは危険極まりないが、今はまだそこまでひしめき合っているわけではない。
少年が人混みを縫って逃げるのに、ある意味最適な混み具合だった。
「カナンに任せる」
「あのアホウがっ!」
「ーーで、私達は?」
腹立たしさを吐き出したラウジの腕を引き、ミーナがジークに問う。
二人の視線を浮け、ジークは小さく頷いた後、その足を警備兵の集まっている方へ向けた。
指示をしている隊長ーーモルドがジークに気付く。
ジーク達が高ランクの冒険者であるのは見て解っていた。その彼らが召集に応じてくれるのならば心強い。
何せここは山間のそう大きくはない関所町だ。特別召集をかけたところで、高ランクの冒険者や傭兵が数多く揃うことはないと思っていたからだ。
「君たちーー」
「仲間が薬屋の少年を追いかけた」
「ーーは?」
「向かった先は薬師の……魔族のところだ。何としても先回りしたい」
「………あ……あぁ! なん…! くそっ…!」
ルドを慕っていたクーリが洞窟へ向かったのを、仲間の少女剣士が止めるために追った。だから先回りしたい。
一応こちらに伺いを立てた形だが、そこにある言葉は、絶対に先回りする、だろう。
「君たちのレベルは?!」
ガリガリッと乱暴に頭を掻いたモルドに。
「Aランク」
「B」
「Cランク、ヒーラー。全員登録は冒険者よ」
三人はそう答えたのだった。
◆◆◆
人混みに紛れた少年を見失わないよう神経を集中させ、カナンがそのまま後を追う。
(クーリ君!)
間違いない。
薬屋の少年だ。
兄とラウジの声を置き去りに、クーリの姿を確実に視界に収めつつ、カナンも器用に人混みを抜ける。
「クーリ君!」
先を行く背を呼び止める。
声に気付いたクーリが振り返り、カナンを目にしーー。
「!」
「あ! 待って!」
一瞬戸惑いを見せたクーリは、それを振り切ろうとするように横道へ逸れた。
(絶対に見失うもんか!)
追いかける自分をまくつもりだろうけど、そうはさせない、とカナンも直ぐ様角を曲がる。
左に曲がる。追う。
右に曲がる。追う。
裏路地を走る。追う。
クーリが壊れた柵を潜る。カナンが木箱を踏み台に飛び越える。
このさきはもう森ーー山林だった。
木々の生い茂る山。
先日の御神木のあった、人の手が入り整備された山林とは違い、ここは薄暗く格段に足場が悪かった。
アマノはあの村よりも標高が高く山自体の傾斜がきつい。
そんな中、クーリは器用に枝や雑草に手を掛け登る。
「さ、すが、地元っ子!」
獣道を見付けるのが抜群に上手い。
頬に付いた湿った土を乱暴に拭い、カナンは背の低い木の横を潜り抜けたクーリへ思わずそんな言葉を向けていた。
カナンと少し差が開いたのを見て、クーリが洞窟へ続く山道へ方向を変える。
「ーーっ!」
が、高みから滑り降りようとしたところで、クーリは咄嗟に身を伏せた。足元の道を何人か走って行く。
(ここはダメだ!)
きっともう山道は使えない。出て行けば、間違いなく連れ戻される。
そう判断し、クーリは少し遠回りになるのを覚悟して、再び道無き山肌を登り始めた。
「クーリ君!」
クーリは本当に薬師のルドという青年を慕っていた。
本当に、本当に……彼にとって大切な存在だったのだろう。
そうでなければ、大の大人の男二人に食って掛かることなんて怖くてできなかったはずだ。
兄のように思っていた青年。
そんな存在が人間の天敵とも言える魔族だと言われーー兵やレベルの高い冒険者や傭兵が動き出す事態となってーー。
(でもーー)
それを簡単に受け入れられるはずがない。
大好きな青年がーー。
大好きな兄がーー。
ジークが。
魔族である可能性が濃厚だと言われたらーー。
(私なら間違いなく兄さんのところへ直接行く)
行って、自分の目で確かめる。その結果自分がどうなるかなど全く頭にないまま、ただただ兄のところへ行く。
行きたいと思ってしまう。
きっと今のクーリはそうだ。
気持ちは解る。
我が事のように、解る。
でも。
駄目だ。
解るからこそ駄目だと思う。
「クーリ君! 待って!」
「嫌だ! ーーあっ!」
「…っ?!」
あと少しというところで、クーリの袖に引っ掛かった枝がしなり、カナンを打つ。
「く…来んな!」
「行っちゃ駄目! 解ってるでしょ!」
本当は。
解っているんでしょう?
ただ認めたくないだけで。
込められた言葉が伝わったのか、クーリの顔がくしゃりと歪んだ。
「戻ろう。………ね」
「……って、オレ」
「うん……」
「兄ちゃんが………」
「うん」
「…って、だってあの兄ちゃんが、そんなはずっ……ない、から…っ」
「うん」
クーリの鼻の頭が赤くなり、目に涙が滲む。
目に見えて速度が落ち、太い木の幹の影でクーリはぐいと涙を拭った。
「姉ちゃん、オレ……」
「うん。お父さん、心配してるよ」
あと少しで手が届く距離まで来たけれど、カナンは無理に手は伸ばさなかった。
この様子なら、彼は自分で引き返すことを選んでくれる。
そう思った直後。
「ーーっ?!」
足元から一気に悪寒が突き抜けた。
立て続けに幾人もの冷静さを欠いた声が響く。
何が、と思う間もなかった。
ウソだろ……と呟いた少年があろうことか声の方へ走り出したのだった。
ようやく起承転結の『起』!その後半!……多分。




