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第一章 プロローグ

 何気ない高校生活を謳歌し、そのまま大して偏差値の高くない大学にでも進学して、何となく働いて、運が良ければ結婚もして、そのまま年老いて……。そんな日常が俺――菊池弘人キクチヒロトの人生には待っているのだろうと思っていた。


「ねぇ、あたしの話聞いてる?」


「聞いてるよ。ファミレスに行きたいんだろ」


 学校帰りの放課後。俺の前を歩いていた彼女――椎名都しいなみやこが、くるりと身体を反転させ、リスがどんぐりを頬に詰め込んだような、むくれた表情を向けてくる。

 今朝からファミレスでパフェが食べたいと言われ続け、放課後までそれが続けば、ただ適当に相槌を返すだけになっていたのだが、それがついにバレてむくれているらしい。


 仕草としてはあざといかもしれないが、いかんせん自分の好きな人だ。可愛いと思ってしまう。

 こちらに振り返った際、一瞬学校指定のプリーツスカートがひらりと翻り、ニーソのさらに上にある白いふとももがちらりと見えたのだが、残念なことに後ろ手にスクールバックを持っていたため、彼女のスカートがそれに押え込まれ、思ったよりも翻ることはなく、その先を拝むことは叶わない。

 おしい!


「何? 見たいの?」


 目を三日月形に細め、弓状に口角を上げた笑みを浮かべながら、都は自慢の金糸の髪を片耳に掛けながら言う。

 どこか嬉しそうな表情な上、わざとらしく、こちらを見上げるように上半身を軽く折る。彼女の視線を追うように目線が落ち、そこには二つの双丘の谷間がちらりと見えた。


「いつの間に首のリボンを緩めたんだよ……。やっぱそういう視線って気づくもん?」


「そりゃあ、気づくよ。特に好きな人の一挙手一投足なら尚更ね。あ、ちなみに今日は黒だよ。レースつきで、前にはリボンがついてるやつ」


 にこやかに自分の下着の色どころか、装飾まで語る。夕日がバックで反射しているせいか、都の頬が朱色に染まっているようにも見えたが、こいつにそんな恥じらいがないことは彼氏である俺はよく知っている。

 しかしだからと言って俺の彼女は痴女と言うわけではない。普段はかなりガードが固く、女子の間ですらまともに素肌を見たことのある人間はいないともっぱら噂だ。体育などの着替えもいつの間にか終わっているらしく、しかも夏場だろうが長袖長ズボンという徹底ぶり。


 それゆえか、過去に男子生徒の間で都の下着を見ることができたら彼女ができるなどと言う何の信憑性もない迷信が広まったこともあった。だが悪巫山戯で都のスカートを捲ろうとしたとある男子生徒は、半殺しにされ、病院送りにされた挙句、何故かそれ以来学校に姿を現さなくなった。


 いったい何があったのやら。たぶん死んでないよね。うん……そのはずだ。そういうことにしておこう。


 とまぁ、それ以来、彼女のあだ名は鉄壁の要塞である。

 それほど自己防衛本能が高い都ではあるが、その要塞の門は今はゆるゆるだ。


 ――ヒロ以外には絶対に素肌を晒さないからね。


 付き合いだした当初にそう宣言されたことは今でも鮮明に覚えている。

 少し、いや、だいぶ可笑しな彼女ではあるけれど、高校一年の終わり辺りにできた初彼女と言うこともあり、可愛いという感情が勝ってしまう。

 決して重いなどとは思わない……たぶん。


 俺は都の頭に手を置き、二三頭を軽く叩いて先を促すように歩き出す。

 背後で「また襲ってくれないんだ……。えへへ、でも頭ポンポンしてくれたぁ」などという独り言が聴こえたのは聞かなかったことにする。なんか頬に手を当てて身体をくねらせているようだが、見なかったことにしよう。

 そんな平穏な夏休み明けから数週間が経った今日。やけに日が沈むのが早い気がした。

 夏休みの時は六時台でもまだ空は明るかったと思うが、今では五時台で夕日がその姿を地平線の彼方に半分以上隠れている。

 そんな夕日に見とれ、目的地にぼんやり歩いていたのが不幸の始まりだった。


「ヒロっ!」


「んぁ?」


 背後から都の素っ頓狂な声が木霊する。

 振り返り、どうしたんだと言いかけた瞬間、俺に影が落ちる。

 言うまでもないが、俺自身の影ではない。俺の影すら飲み込むほどの巨影だ。

 上を見れば、何か大きな物体が迫っていて、それが何なのか認識する前に強い衝撃が身体に伝わり、意識が乱雑に刈り取られる。


 ぼやける視界。自分が気を失っていたのは何となく判った。そして自分が立っているのではなく、誰かに上半身を抱きかかえられていることも。


 薄っすらとした意識の中、額から血を流し、大粒の涙をぽろぽろと流しながら「触るなっ! お前たちが気安く触るなっ」などと大声を上げている都の顔が見えた。

 一体何を叫んでいるんだろうか。

 周りには大勢の人だかりも見えるし、都の肩を掴んで俺から引き剥がそうとする姿も見える。


 都が厭がってるじゃないか。やめろよ。都を泣かすなよ。

 怒りに任せ足を使って立とうとしたが、なぜか力が入らない。というか感覚すらない。

 これでは都を護れないじゃないか。足がダメならせめて手を伸ばそうとしたが、熱さが込み上げるだけで動かない。


「死なないでよ……。ヒロは、ヒロはあたしだけの……」


「み、やこ……」


 か細い息を吐くように紡いだその言葉を最後に、俺の意識はまた暗闇に呑まれていく。

 あれ? なんか冷たくなってきたな。寒い。都は……なんだか暖かいな。


 そこで何となく察しがついた。

 嗚呼、たぶんこれ死ぬのかな、俺。

 原因は何だったのだろう。上から何か降ってきたのは認識したが、それが何かまでは判らなかった。


 なんか光ってた気もするけど……。


 視界も暗転し、最早それが何かを確認することも叶わない。

 都……怪我大丈夫かな。頭から血が流れてたけど。

 やけに冷静に最後はそう思った。

 都が何度も俺の名前を呼ぶのを聞きながら、俺は静かに息を引き取った。

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