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精霊王のバー  作者: 望月
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少年、捨てられる

サントリーのウイスキー、山崎の値段がやばいことになってましたね。

てことで、始まり始まり。

 ()()()()()広い野原をぼんやりと眺めていた。

 上を見上げると月が中天に差し掛かる頃で、雲もなく明るい夜だった。最寄駅周辺では決して見ることは叶わない満点の星空が広がっていた。


(穏やかでいい夢だなあ)


 クーラーの風だろうか、そよ風が気持ちいい。少年は軽く目を瞑った。


(今日は早めに寝たし、明日の朝早めに起きられたら散歩にでも行こうか)


 コンビニでコーヒー買って海辺まで、と計画を立てる。

 そのままじっと座っていた少年だったが、ふと時間が気になり、枕元に置いてあるはずのスマホに手を伸ばそうと右手を上げた。


『ん!?』


 が、触れたものはツルツルとした硬い機械ではなく、ふわふわした枕でもなく、ゴツゴツした肌触りの非常に悪いものだった。

 慌てて振り向くという行為に自身はベッドに寝ていたわけでなく座っていたことに気付き、背中にあったものは木だったことに目を丸くする。


(……おお、超リアル)


 こんなリアルな夢初めてだわーと嬉しそうに呟き、時間を知りたかったことも忘れて再び草原を眺めた。そうこうしているうちにいつのまにか寝ていた。

 次に意識が戻った時には月は落ち、東がうっすらと明るくなっていた。

 少年は飛び起き、『財布! スマホ! 服!』と小声で叫んだ。早速夢の中で立てた計画を実行しようとしているようだ、が。


『……は。これ、まだ夢?』


 目の前には草原、後ろには森。服がしまってあるタンスや財布が入ってるはずの昨日使った鞄、枕元に置いたスマホは見当たらない。

 頭が真っ白になりかける。涼しい風に目を細め、拳をぎゅっと握った。


(待て、落ち着け。冷静になれ、俺!)


 人目も憚らず喚きたいところではあるが、それはプライドが許さない。……パッと周りを見たところ人どころか獣だっていやしないのに。


(なんでこんなとこにいるんだ。昨日はバイト終わって、飯は冷凍してた残り物を食った。風呂入って、三十分くらいゲーム実況を見て、明日……今日の予定を確認して寝た。今日の授業は……。いや、それはどうでもいい。問題は俺は何処で寝たか、だ)


 どう考えてもベッドで寝た記憶しかないから頭を抱える。


(あああああ! 野原まで来て寝てたとしたら俺は一体何歳児だよ! 五歳児だよこの野郎! ……ん?)


 少年はしばらく考えるような素振りを見せる。その顔は段々と青ざめていく。


「ぼくは、きのう」


 日本語ではない、しかし思いの外スラスラと出てくる言語。


「ばしゃに、のせられて」


 狭い車内に押し込められ、身体を縮めるように座っていた。目の前の男は自身に向けて厭な笑みを浮かべる。


 パッと思い出せるのはそこまで。

 青光りする高い建物。遠くから見える白亜の城。薄く四角い箱の中で動く人。馬の嘶く声。空を駆ける大きな鉄の塊。揺らめく古びた燭台しょくだい

 多くの記憶が交差し、脳内を駆け巡る。あまりにも多過ぎる情報量に顔を顰め、漸く昨日の記憶を掘り起こす。






 広い広い、屋敷の一角。昔は綺麗に整理されていた、しかし今では見る影もなくジメジメとした自室に、一組の男女が押し入ってきた。

 少年は詳しい自身との関係は知らぬが、一応伯父と伯母ということだけは理解しており、躾けられた通りに深々と一礼する。


「相変わらず辛気臭い場所ですわね。ふふふ」

「………」


 その言葉に何か感想を抱くことはない。少年は普段はヒステリックに彼を打つ伯母がご機嫌であることを不思議に思いつつも、彼女が此処に来た理由がわかるのを待つ。

 そして、その時はすぐ訪れる。


「あんたの母親は死んだわ! あの忌々しい女は、死んだのよ! ふふふふふ!」


 狂ったように笑う。その狂喜の声は寒い部屋に響く。


「わかるかしら? わたくしは、この日をずっと待っていたのよ!」


 わかるかと問われても少年は困ったように小首を傾げて黙るばかり。返事を求められなかったことに少しだけ安堵していた。何故なら、少年には理解できなかったから。母親を知らないから。反応の仕様もなかったのだ。


「折角置いておいてやったのに、平民と何ら変わりはないではないか、あの女」


 女とは逆に男はイライラと少年を睨め付ける。


「しかし、これでごみ処理もできるようになったというもの。この近辺を血で汚されるのは敵わんからな、何処か別の場所で処理させようぞ。……おい」


 薄暗い部屋に入ってきたのは一人の騎士。

 騎士とは清廉なものなのではないのか。以前、唯一自身に良くしてくれたメイドを少年は思い出す。“清廉”の意味を詳しくは知らないが、少なくともこのような場で下卑た笑みを浮かべる者は清廉とかけ離れていることを少年は知っていた。


「この餓鬼ですか?」

「ああ。この近辺以外でなら方法はなんでもいい。殺せ。二度と私たちの前に姿を現させるな」

「かしこまりました。……来い!」


 歩幅が合わず、半ば引き摺られながら馬車に乗せられた。そして、街から離れたこの場所に降ろされ、剣を向けられて……。






 そこまで思い出した少年は、自身の手を見つめる。その手は大きいような、小さいような。いや、年齢にしては普通の大きさである。だが、記憶にあるものと比べるとだいぶ小さかった。


『……異世界、転生、か……? そんな、馬鹿な』


 笑い飛ばそうとして、できなかった。転生なんぞ、そんな突拍子も無い事実があってはたまらない。しかし、笑い飛ばすには、あまりにも以前の記憶が鮮明過ぎた。

 前世の自身は、日本という島国に住む、多少変わり者とは言われつつも至って普通の大学生であった。怒ると怖い母親とゲーマーな父親を持ち、高校生まで二人の元で暮らしていた。両親が嫌いだったわけではない。しかし、自立をしたくて反対、というよりは寂しいという両親の駄々を押し切って一人大学生活を送っていた。

 大学生活は楽しかった。一人の自由な時間とバイトで得たお金で小説や漫画を買い漁り、読んだ。特にお気に入りだったのは剣や魔法が飛び交うファンタジー小説。もし自分が異世界転生をしたら、などと夢見たこともあったが、起きるはずもないことだからこそ楽しく想像できたのであって、実際起きればたまったもんじゃない。


『夢に決まってる』


 夢想家ユートピアンであると同時に現実主義者リアリストでもある少年はイライラとその場を歩き回る。そして、自身の全てを否定する言葉を忌々しそうに吐いた。

 生まれて物心ついてからこれまでのことを、少年は覚えている。与えられた痛みと優しさを、全て覚えていた。それは前世の自身ではなく今世の自身に与えられたものだった。それを、全てなかったことにしようとする。


『転生なんて、実際出来るはずがない! ただの宗教的な考えであって、科学で証明はされてないはずだ! ……知らんけど!』


 認めない。認められるはずがない。認めてしまえば、自身は前世の両親より先に死んだ親不孝者で、何より今世の母を見捨てたかもしれないことも認めなければなくなる。

 ジリジリと身を侵食するような罪悪感に奥歯を噛み締め、『知らんけど!』とまた叫び出す。

 少年は自身を守るように胸を押さえ、蹲る。不安で手が震えそうだった。

 前世の両親は兎も角、目下の問題は今世の母だった。

 伯父伯母の話によると、母は死んだのだという。だから自分は捨てられた。

 それが意味するのは、鞭打ちなど散々な目にはあったが、自分を守っていたのは母であるということだった。


(許せない)


 伯父伯母か。母か。神か。それとも少年自身か。何に対して許せないのかも分からぬまま、「死ねばいいのに」と低い声で呪詛を吐く。

 しばらく悪態をつけば気が落ち着いたようで、少年は疲れたように空を見上げた。気付けば空は明るく、本来ならばそろそろ大学に行く時間だろうかとぼんやり考える。


(いい加減、現実逃避も終わりかな。これが現実か否かは兎も角、身の安全を考えて行動した方が合理的だろうよ)


 少年は周りを見回して何かを探すような動作をし、見つからないことに肩を落とした。


『行ったか……』


 探していたのは身長が二メートルもありそうな狼。騎士にこの場に降ろされ殺される、その寸前に助けてくれた白銀の巨狼である。

 襲われた騎士は、美しい毛並みを靡かせて獰猛に牙を剥いた狼に驚き、恐怖していた。落とした剣を這い蹲って拾い、「助けて!」「魔獣が!」とかなんとか叫びながら御者席に座り、というよりかは縋り付き、酷く慌てて去っていった。

 少年は呆気にとられてその後ろ姿を見送る。あまりにも無様な姿だったのだ。

 ぱちぱちと瞬きをした後、狼に視線を移す。その巨狼は少年を襲うことはなかった。彼は狼が自身の見方であることを本能的に知った。

 「ありがとう」と礼を言うと狼は小さく鳴き、少年に寄り添った。彼は狼の温もりを感じながら意識を落としたのだ。

 いつ去ったのかはわからぬが、住処にでも帰ってしまったのだろう。

 少年は狼を探すことを止め、頼りなさげな身体である一方で、しっかりとした足取りで森に沿って歩き出す。


(平原を歩けば通った人に拾ってもらえそうな反面、獣にも見つかりやすそう。森は食い物を探すのに最適だろうが、道に迷って危険。ならその真ん中歩けばいいんやろ)


 そこまで考えた少年は『知らんけど!』と誰もいないのに言い訳するように叫んだ。


『歩こう! 歩こう! 私は元気だから誰か助けてください!』


 怒りでドスドスと歩く少年は、変わらぬ景色に退屈のあまり歌う。その声に人が様子を見に来ることもなく、驚いて鳥が逃げるように飛んでいくこと以外何も変わらない。

 次第に空腹を感じ、喉の渇きも感じ、少年のイライラは溜まるばかり。太陽が中天に昇る頃、とうとう平原と比べてハイリスクハイリターンだと思っていた森の中へと入っていく。

 少年はインドア派である。キャンプも好きだが、一度行ったっきりで機会もなかった。だから野営の知識など一切なく、困ったように木々を見上げた。


『林檎とか、なってねえかな。今秋だけど』


 首を傾げ唸る。


柘榴ザクロとか枇杷ビワとか、こんなところで見つけられるもんなのか? 胡桃やアーモンドとか……木ノ実を見つけても俺食える気しねえぞ?』


 何せ少年が見たことあるのはスーパーなどに売ってるものであり、知識として知ってはいるものの普段食している部分はタネであると実感していない。テレビで見る機会もなかったのだから当然であろう。

 直射日光の当たる平原とは違い、涼やかな森の中をキョロキョロと散策する。時折鳥の声が聴こえて、バードウォッチングをしたことがない少年でもその甲高い綺麗な声を聴くのは楽しかった。

 しばらくすると赤い実なる木を見つけ、少年は目を輝かせた。


(あ、でもこれ、食えるのかな? 死んだら元も子もないんだけど)


 十粒ほど手に取り、掌に転がす。それは、なんだか見たことがあるような、ないような。実際、前世でも今世でも見たことがないのだが、少年は「うーん」と視線を宙に向けて考える。


『……もしかして、アセロラか!?』


 通常、アセロラは熱帯地域に育つ植物なのだが、それも知らない少年は『ラッキー!』と声を上げる。ただ色が赤色と一緒なだけの別植物だとは思い当たらない。

 熟した物だけを取り、表面を服で拭う。実を割ってタネを取り出し、実だけを口に入れる。『甘い、けど、酸っぱくはない?』と首を傾げるが、その行動が自身の命を救っているとは夢にも思わないのだ。

 吟味して熟した物だけを取り、入るだけポケットに入れた少年は、元気よく歩き出す。途中、兎がぴょんぴょんと横切るのが見え、目を輝かせる。身体の年齢に引っ張られているのか、見るもの全てが面白可笑しくて仕方ない。

 気付けば森は昼間より薄暗く、通る風も冷えていた。


(そろそろ草原に……)


 ふと自分の現状を考える。みるみると顔色が悪くなり、その場で崩れ落ちて地面に手をつく。所謂orzのような格好である。


『何処、ここ』


 方向を確認せず歩いた。深く深くため息を吐き、『あー』と項垂れる。


『何やってんだろ……』


 大事なところでヘマをする。少年クオリティ。

 一日中歩いたこともあり、疲れたように木に体を預ける。小さくて未熟な身体で森を歩き回るのは非常に大変で、今更になって疲れを感じていた。


(くそ、運わりいな)


 身体に鞭打って立ち上がり、一先ず寝床になりそうな場所を探す。しかし、身を隠せそうな場所も見つからず、空は暗くなるばかり。それどころか獣の気配まで感じる始末。

 低い唸り声が聞こえた瞬間、少年は走り出した。


(まじで運悪いな!)


 これは助けてくれた狼ではない。本物の野生の獣の声だ。それを理解した少年は薄闇の中、身体の小ささを活かし、木々の間を駆け抜ける。

 少年は運が悪いと思いつつ、それでも運が良かった。獣が飛びかからんと宙を飛んだ時、タイミング良く転んで難を逃れる。上手く躱せる場所がない時、タイミング良く木が倒れる。(運悪い!)と(ラッキー!)を心の中で繰り返しながら、少年は駆けていく。

 しかし、その運も尽きたようで、森の少し奥まで行ったところでとうとう囲まれる。少年は息も絶え絶えに、震える拳をガリっと噛んだ。


『冗談じゃねえぞ! なんで俺がこんなところで死ななきゃなんねえんだ!』


 理性のない獣たちがまるで馬鹿にしたように鼻を鳴らした。恐怖で呼吸が浅くなる。気付いていてもどうしようもなく、滲む視界に『くそっ』と悪態をつく。


(母さんのお好み焼きが食いたかったな。父さんと酒ももっと一緒に飲みたかった。……死んで、ごめん)


 前世の両親の顔を思い出し、親不孝者である自分に嘆く。


(母にも、無駄死にをさせてしまった。俺は、俺は……)


 今までにない弱気な考えに自嘲し、今度は怒りで眉を釣り上げる。


『こんな弱気なの俺じゃねえ! せめて……!』


 手に当たった木の棒を持って走り出した。


『無抵抗なままで死んで堪るかああ!』

 ──グルルアアッ


 少年の咆哮に対して獣も声を上げ、そして不自然に止まる。少年は気付くことなく、棒を振り下ろした。


 ──ペシ


『……我ながらしょぼ、い、なあああああっ!?』


 棒は獣の頭に当たったが軽い音しか出ない。死を覚悟した最後の言葉のつもりだったが、ズルリと不自然にズレ、落ちた頭に絶叫する。


 ──バチバチバチッ

 ──ドガンッ


『ほえあああああ!?』


 大きな雷鳴と共に辺り一帯が強い輝きで満ちる。思わず情けない声を上げ、少年は意味もなくバタバタと手を振った。あまりにも急なことで驚いたのだ。

 一分もすればそれも落ち着き、辺りは真っ暗に変わる。突然強い光を感じたため、眼は上手く機能しておらず、黒の斑点が視界に映る。


『な、にごと』

「坊主、大丈夫か!?」

『ひっ!?いたっ!』


 声がした方向から慌てて逃げるように後退り、木の根に気付かずに転ぶ。しこたま背中を打ち付け、痛みに呻く。


「だ、大丈夫か!?」


 心配そうに駆け寄ってきた男は心配そうに少年に手を伸ばす。顔立ちなどは暗闇のため少年からは見えず、声だけが頼り。


『あら、新手か!? 敵か!? 山賊!?』


 のはずだったのだが、如何せん、少年は驚きのあまり酷く混乱していたのだ。自分が話している言葉が日本語であることに気付かず、恐怖に叫ぶ。


『なんだ!?お前、来んな!』

「……何処の国の言葉だ?聞いたことないし、随分と遠くから来たのか?」

『来るんなってんだろ!?』


 聞けども伝わらず、男は頭を掻く。


「親と逸れたのか?お前も災難だなあ」


 男は暗くなった空を考えるように見上げ、次に少年を見やる。


「……ま、親を探すにせよ、一度連れて帰った方が良さそうだな。餓鬼の世話なんかしたことねえけど」

『ぎゃあああ! 離せ! 何処に連れて行くつもりだ! 犯罪だ! おまわりさあああん!?』

「そう怯えるな。何もしねえよ」


 男は苦笑し、暴れる少年を持ち上げて、自身の小さな家へと向かうのだった。

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