その5☆ 乙女は野宿の旅をしている
歩く旅に必須要素、それは方向音痴にならないスキルと気力である、体力はその次なのである。
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ああー、道は続くのどーこまーでもー、わたしは元気無いー、あぁ、地方路線バスの旅は良いわよね、いいわよね、バス停迄歩けばいいもの、どんなに歩いても、バス停にさえたどり着けばいいもの、そこからバスだもの。
それに晩は、絶対に!宿に泊まれるし……、ふぐ、
「お家に帰りたい」
「あー?またそれか………ノゾミがいた所はどんなところやねん、旅するのに野営は当たり前やないんか?」
「アン、私は野宿なんてした事無いの!夜は宿に泊まれたもん、水浴びじゃなくて、ちゃんとしたお風呂に入りたいよおぉ」
私がブチブチ文句を言っていると、あー!うるさいねぇ!いい加減に慣れるかこういう生活やったなぁって、思い出すかしな!と夕の支度をしている、アンに叱られる。
赤の石に魔力を入れて、地面に指差し描いた魔法陣にそれをおいたアン、上に拾い集めた枝葉をこんもりと置く。ふう……… とアンが息を吹き入れると、モアモアと煙が出たあと、パチパチと音を立てて燃える。
赤く揺れる火を眺める。はあぁぁ、今日も森の中で寝るのかぁ、ため息しか出ないよ。
「それにしてもノゾミは歩くの嫌いやねー、向こうではどうしてたの?」
エルがパキンと枝を折り、火の中に焚べながら聞いてきた。
「ん、近くなら自転車、遠くならバスとか電車とか、家の車とか、一日中歩く事なんかない、あ、知ってる?車とか……」
「うん。知ってる。四角い動くやつでしょ、他にも馬の骨みたいなの動いてるよねー。精霊降誕祭の時に風の道がつながるから行った事がある、あれってお金いるの?」
………馬の骨、自転車かな?でもそれより何より、 ほえええ!何?今、行ったことがあるって!話したわ!行ったことが!精霊降誕祭?ハロウィンのことかな?え!嘘!なら私帰れるんじゃない?私がそう聞こうとした時、アンがご飯前にする事せなあかんやんと、話してくる。
「ノゾミ、水を袋に汲んできて、ああ、先に寝る場所作ってくれへんかな?エルは杭打って、暗くなる前にしとかな」
寝る場所、ルルウの木の枝下ろしね、中身私だけど外側は力作業バッチリなおっさん。オッサン……、おっさんの仕事、そしてそれが何気に出来る事が、いやぁぁぁ!だけどイヤとは言えない。
「あー、わかった。えと、あの木よね。この木なんの木みたいなの」
辺りをきょろきょろとして探す、ルルウの木は柔らかくしなるの、匂いは、ミカンみたいな、それが葉っぱも幹もするんだけど、花は咲いても実成りは悪い、そしてその実は硬くて、食べたらビリビリと痺れるから、誰も食べないルルウの木。
大きく広く枝を張り出している木、葉っぱは、迷路みたいに広がった細めの枝に、みっしりとしげってるから、雨が降っても木の下にいると濡れないの。そして、野宿の時のお宿、お宿、コレが屋根。
はぁぁ、またまたまたまた、ため息をつきながら、大きな革の巾着袋からロープを取り出すと、その辺りに落ちている石を一つ拾う。そしてそれを括りつけると、ブンブン振り回してから、エイ!お目当ての枝の一本に向かって投げる。
ガザ!ザザザ!ぺきぺき、音が鳴り葉が落ちる。枝にヒットしたそれはぐるりと絡んでいる。ミカンの匂いがいっぱいに広がった。ロープを握る手に力を入れる、
グイ!と外に広がるそれを、内に引き込む様に下ろすと、エルがその辺で拾った、杭になりそうな太めな枝を地面に打ち込んでいたのに括りつける。
「ふいー。出来た。コレでいいかな?」
上等!と夕食の支度をしているアンが言ってくれた。
「……、お家に帰りたい」
私はそれを見てまたもや呟く。お布団なんてないの、当然よね、森の中だし、ゲームみたいな便利もあるはず無く、この木の根元で寝るのよね。寝転んだら地面だし、この木には虫は来ないって言うけれど完璧じゃない!ひやぅっ!
「ウキャ!大きなトンボ?ナニコレ?虫!気持ち悪いー、来ないでぇ!」
ブーンと私に絡んできた、目玉がギョロっとしている、カラフルな色の巨大トンボみたいな虫に驚くと、私はブンブン手でそれを振り払う。
「あー、マルメガネは、悪い事はせえへんから、遊んでもらおうと来たんやで、トンボ?『ムシ』あっちの生き物なんかいな、いい加減こっちの事を、もちっと思い出してくれへんか?」
私に追い払われたマルメガネとやらは、ブーンと音を立ててそのままどこかに飛んでいった。はぁぁ、虫と遊ぶって何よ、こっちのこと思い出せって、あっちじゃへんな夢ばかり見てたけど、こっちに来たらピタ!と見なくなったし、思い出すことも無い、身体が覚えているのは勝手に動いちゃうけど……、よっぽど私の前世とやらは嫌なことばかりだったのよ。
「思い出したくない事なんだと思うわ、楽しい事とかだといいけど、悪いことなんて、さっさと忘れるに限るもの」
あー、忘れたい現実を、ここに来てからいい事なんて一つもないもの、虫でしょ!野宿ばっかでしょ!どこでも変な野郎に絡まれるし、それに時々上から何かが、バラけて落ちてくるって、どんな世界なのよ!
…… けろけろケロケロケロロロロー!森の中で夕の鳥が鳴く声が響く、ザザザっと風が降りてくる、夜が来る。私は空を見上げた、朝でも昼でも晩でも、薄い雲がかかっている。
朝はそれが青く、昼は黄色で夜は黒が厚く積み重なっている、そして太陽はそれを透かして下に光を注いでいる変な世界、鳥が鳴いたので、薄い黄色の雲はゆっくりと厚さを増しながら、黒に変わっていく。
「…… はぁぁ、水汲みに行ってくる、う、う、う、」
「私も付いていく、なあに?また言うの?」
エルが空になった水袋を肩からかける、私も自分の分とアンのをかける。かけて……、
「お家に帰りたぁぁぁい!バカぁぁぁ!」
誰に向かってでもないんだけど、私はへんてこな空に向かって叫んだ。
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上から何かがバラけて落ちてくるという、あちらとは全てが違うその世界、天野のぞみは、今日も懸命に生きている。