黒薔薇令嬢はその求婚を受け入れる
更新遅くなりまして…すみません!
少し説明回で長めですが、よろしくお願いします!
「アルトリア。」
「はい、お父様。」
父ベルナルドがアルトリアを愛称で呼ばない時、それは「貴族」として「一人の大人」として話をする時の合図であった。
「いいか、ここから先の話は時が来るまでは、他言無用になる。
そのつもりでしっかりと聞き、答えを出しなさい。」
「…分かりました、お父様。」
「…すまん、リア。
当初、お前に迷惑をかけるつもりは無かったんだが…
実はな…」
と、ベルナルドは神妙に語り出す。
何故ベルナルドがこの場にいるのかを。
そして突然のレオンフェルトの求愛について。
アルトリアは、ただ静かにベルナルドの話に耳を傾けていた。
レオンフェルトも時折表情を変えはしたが、口は挟まず、最終的に二人ともベルナルドが話終わるまで黙っていた。
「つまり…」
と、アルトリアはベルナルドの話に一旦区切りがついたところでようやく口を開いた。
「まず、お父様は、第一王子の第一王位継承権狙っている勢力があり…それが、第二王子ロレンツォ殿下とその後ろにいる人たちであると。」
「ああ、そうだ。
半年ほど前から第一王子夫妻にお世継ぎ様も生まれて暫くは安泰か、という時に不穏な噂が立ち始めたのだ。
第二王子が、王位継承を狙っていると…な。
それまで第二王子は王位を狙う様子もなく…
上手く王家の力関係のバランスを保っていた様に見えたのだが…
だから、余計に誰かが裏で糸を引いているようにしか思えん…
ペンドルトン侯爵家は、別段第一王子側に肩入れをしているわけではないが、
宰相としては、今の平和な均衡を王位争いで崩したくはない。
裏で手を引いているもの達が誰かはおおよその目安は付いている…だが、まだ確たる証拠がないのだ。
アルトリア。
お前なら背後のものが誰か、言わずともわかるだろう。」
アルトリアは、自分が考えていたよりも重い内容に驚いていた。
アルトリアは第二王子の「元」ではあるが婚約者であったのであるから、無関係ではなかっただろう。
が、アルトリアはこの状勢を察知していなかったし、ロレンツォが野心家なようには見えていなかった。 それは、アルトリアがいかにロレンツォに対して関心を抱いていなかったかを示していたのだが、その話は一旦置いておこう。
「…!
お父様、
もしや…ダイス男爵ですか?」
ーダイス男爵。それが、アルトリアのいたった人物。
それは昨日ロレンツォと肩を並べてアルトリアを貶めたマリアンヌの父親である。
アルトリアがマリアンヌとロレンツォの噂を聞き始めたのが丁度半年前。
時期としてはおかしくない。
「ああ…恐らく、な。
昨夜の婚約破棄の騒ぎも、
ダイス男爵の差し金か… 」
「お父様…
ですが、第二王子ともあろう方がそう簡単に男爵家の話に唆されるでしょうか…?」
アルトリアは、ふと思った疑問を口にした。
ペンドルトン侯爵家レベルの貴族がバックについていると聞けばアルトリアは納得しただろう。
事実ペンドルトン侯爵家には現国王すら失脚させる力がある。
だがダイスは貴族といえど、下位の男爵家。
マリアンヌにうつつを抜かして愚かな行動に出たのは確かだが、ロレンツォ本人の力量は決して悪くはなかった。武術も頭脳も長けてはいたわけであるから、一方的に不利益な事をさせられるとは思えない。
アルトリアは思う。
これはただ唆されたのではなく、ロレンツォの方にもそれに加担するそれなりの理由が存在したのではないかと。
「そうだな…
男爵家の裏に更に大きなバックがいるのか。
それともたんにあの令嬢が欲しくなった一時的なわがままか…
ただ、わがままにしてはタチが悪い。」
「それで、私にどうしろと…?」
今、王家が置かれている状況はアルトリアにも理解できた。問題はここからだ。
何故、レオンフェルトと婚約をするのかー
「ああ。
もともとお前と第二王子の結婚は王家と貴族間の深い繋がりを作るために決められたものだった。
だが、第二王子に不審な噂がある以上、彼に対し加担することは我ペンドルトン侯爵家はできない。
実際、噂が広まるようであればこちらから婚約破棄を申し込むつもりでいた。
だが、これは幸運というべきか…
昨日の騒ぎがあり向こうから破棄を宣言をして、お前は一時フリーの身となった。
そんな、独り身となったお前を狙っていた輩がいて…」
「宰相閣下。
輩は、ひどいでしょう
全く…先程から人をロリコンだの馬鹿だの…
私をなんだと…思って…」
大人しく待っていたレオンフェルトも宰相のこの単語には待ったをかけた。
「ひとまわり違う幼女相手への初恋を引きずるスペックだけは高い憐れな中年男性ですかな。」
「あー、今私は褒められたのか?」
「それよりも、今話はまだ途中ですので申し訳ありませんが殿下は口を挟まないでいただけませんか、
ここからは、殿下の話になるのですから。」
「…続けてくれ。」
ー話の中心であるレオンフェルトは相変わらずぞんざいな扱いであった。
そんな哀れな中年男性に話を止められたベルナルドは内心舌打ちをしたが、話を再開した。
アルトリアの方を向き話し出したベルナルドの話の内容は纏めるとこうであった。
まず、レオンフェルトが三年という長い視察に出ていた裏の理由が王弟と第一王子の間に起ころうとしていた継承問題を無くす為であったこと。
レオンフェルト自身は王になるつもりはなかったが、周りの貴族が独身であり無駄にスペックの高い彼を放ってはくれなかった。
そして、三年立ち無事に第一王子が結婚とお世継ぎ問題を解決し継承権を確立した今レオンフェルトは帰還を果たした。
兄である現王はレオンフェルトを大きくかっていたので早い段階から戻るように声はかかっていたのだった。
が、レオンフェルトにも戻らない理由が…いや戻れない理由があった。
そんな中これで安泰かとおもわれていた祖国に戻ったレオンフェルトの矢先に新たな問題が起こる。
第二王子の話もであるが、レオンフェルトの側にもまだ貴族たちの思惑があった。
レオンフェルトと別の隣国の姫を婚約させようというのである。
第一王子の正妃もまた他国の姫であるからして、そうなるとグランニ王国は事実上隣国二国を介入させる事になる。
グランニ王国はそれなりに豊かな国ではあるが、平和であるが故武力が他国に劣っていた。
下手に干渉されて、国同士の均衡が崩れるのは避けたい。
他国の正妃はいらない。
し、レオンフェルト一個人としても今はまだ結婚はしたくはなかった。
だが、今断ってもこの先結婚話をずっと振られ権力を欲する貴族たちの餌食にされるは目に見えている。
そして、王弟としてはアルトリアへの一方的な婚約破棄で起きた王家と貴族間の損失を埋めたい。
昨夜の出来事でことが動き出したことをいち早く察知した宰相は考え、そしていくつかの要素が重なり、
宰相はある結論に至ったのだ。
「それが、お前と王弟殿下との婚約だ。」
「…。
私が殿下と婚約すれば、殿下は他国の正妃を娶らずにすみ国内の支持を得ることが可能だと…」
「第二王子が勝手にお捨てなさった我がペンドルトン侯爵家の支持を、な。
そして、それは第二王子勢力への圧力にもなるだろう。」
「…そちらに関してはことを荒げずに穏便に済ます方が得策ではないでしょうか?」
アルトリアは、自分は何か重大な点を見落としている気がしてならなかった。
ロレンツォとレオンフェルトの二人の問題であることは理解した。
だが、それに対しての策がアルトリアの婚約とは、有能な二人にしては穴があるように感じたのだ。
レオンフェルトは、そんなアルトリアの不信感を空気で読み取ったのか宰相が答えるよりも先に口を開いた。
「アルトリア嬢!」
「…は、はいっ!殿下?!」
レオンフェルトに名前を呼ばれ、アルトリアはどきりとする。
「貴方も無関係とは言えない状況なのです。
年頃の貴族令嬢である貴方が婚約を破棄された…
それが、どういうことかお分かりになりますね。」
貴族間の結婚は、半分以上が社交界デビュー前に大人の間で決められている。
ある程度の歳になって、そこから結婚相手を決めるのは至難だ。だからといって女性が一人で生きていくようなことを許す環境は貴族として生まれた以上なかった。
ロレンツォからの一方的とは言え「婚約破棄をされた令嬢」と不名誉な肩書きが上書きされたアルトリアに残された道は少ない。
「ロレンツォから婚約破棄をされたという許しがたい噂が広まる前に、私は貴方を捕まえておきたいのですよ。」
ーそれは、これ以上政略結婚に相応しい…
自分の立場を守る条件にあった女性が、
いないからですか?
アルトリアは、そんな言葉たちを飲み込んだ。
これは、残された道の少ないアルトリアにとっても利益ある話だ。
レオンフェルトは政略の為とは言え婚約破棄された上一回り以上離れた小娘と婚約すると言ってくれている。
ちなみにレオンフェルトは来月で35歳になる憐れな中年であり、アルトリアはデビューしたばかりの16歳の小娘であった。
「アルトリア嬢…」
それに、レオンフェルトの目はあいも変わらず澄んだ目でアルトリアを写す。
そんな風に自分を見つめ写してくれるこの美しいエメラルドの瞳が、好きだと思った。
ーそういえば…
記憶の中の…あの方と同じ色…だわ。
ロレンツォには抱くことのなかった感情が、自分の中に生まれるのをアルトリアは感じた。
それは好ましいという類のもので、まだ恋愛感情とは呼べないものだったが…
(でも、
例え政略結婚だとしても、
この方となら…
私は、
添い遂げたい…と思えるかもしれない。)
アルトリアは、しっかりとそのアメジストの瞳をレオンフェルトの瞳に向け頷いた。
それをみたレオンフェルトの顔が輝く。
これで、国が安泰すると安堵したのであろうか…
ー16歳の少女は、この35歳の憐れな男の求婚を、
受け入れたのだった。