黒薔薇令嬢は王弟殿下に思いを悟られる
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「では、アルトリア嬢。
ベッドの上で申し訳ありませんが、一度腕をはなさせていただきますね」
レオンフェルトはそうアルトリアに告げると、自分の腕から彼女をそっとベッドの端に下ろした。
レオンフェルトの腕からやっと解放されたアルトリアはホッと息をつく。うるさかった心臓の音も少し小さくなる。
レオンフェルトがアルトリアを抱いて行き着いた控え部屋は、ホールからはそこまで離れていなかった。
そっと室内を見渡すが、内装もさすが王宮内といった品の良い調度品で統一され、落ち着いた雰囲気の場所であった。
レオンフェルトはアルトリアに座って少し待っていてください、と言い同じ部屋に設備された化粧室へと消える。
が、アルトリアが1人になったのは束の間のことでレオンフェルトはすぐに手に荷物を持って戻ってきた。
「ひとまず、足を冷やしておきましょう。」
「あっ…」
レオンフェルトが持ってきたものは濡らしたタオルだったらしい。
「王弟殿下…!
私、足は痛みも引きましたし、大丈夫です。
お気になさらずに、
どうぞ舞踏会の方へ…」
まさか王弟自ら自分の怪我の手当てをしようというのだろうか?!そんな、これ以上は…とアルトリアは驚きレオンフェルトを舞踏会へと促す。
「何を言っている!
私に…リアより優先すべきものがあるはず…
あ…っ、
んんっ!
…アルトリア嬢。
…私の方こそ心配には及びませんよ。
今日の舞踏会はもともと早々に切り上げる予定でしたので。
本来であれば、私が貴方の侍女を呼びに行くよう事付ければ済むのでしょうが…
貴方をこの場に1人にしておくわけにはいきません。か弱き女性を危ない場所に…特に私の大切なリアを…1人になんて…!
えっー、まあ、その…
で、ですから、
私に貴方の怪我の手当てをさせていただく許可をいただけませんか?」
グランニ王国は治安の良い国である。
ましてや舞踏会の日にもなれば表には派手にうつることはないが、多くの近衛や守備隊が配置され普段以上に平安は守られていると言えた。
であるからして、別に今この場をレオンフェルトが離れてリアを暫く1人にしたとしても全く問題はなかっただろう。
そしてレオンフェルトが今はまだ未婚女性であるアルトリアの怪我の処置を直接せずともすむ対処法は他にもいくらでもるはずなのだが、レオンフェルトの行動に動揺し続けている今のアルトリアにそれを考えられるはずもなく。
また、レオンフェルトの縋るようなその瞳を見て思わずお願いいたします…と頷いてしまったのだった。
「ーでは、失礼。」
レオンフェルトはアルトリアの頷きを見て、ベッドに腰掛けたアルトリアの真正面に膝をついた。
まるで、絵物語で王子が姫に求愛するときに片脚をつくような姿勢で。
そして、アルトリアのドレスの裾をそっと捲る。
「あっ…」
脚をレオンフェルトに注視されたアルトリアの顔は、またも赤面した。
レオンフェルトが手当ての為にドレスを捲ったのは致し方ないと理解はしているのだが、未婚女性として脚を異性に見せる機会はなかった為恥ずかしさがこみ上げてその様子から思わず目をそらす。
もちろん、黒薔薇令嬢と歌われるアルトリアはその身体中至る所が磨かれており、ドレスで隠れていた足も例外ではなく陶器肌で美しかった。
だから、レオンフェルトがアルトリアの生足をみて…これはまずい。と唾を飲み込んだのだがそれを見られていなかったのは幸いかもしれない。
「よかった。
仰った通り腫れはひいているようですね。
が、念のため少しの時間タオルを当てておきましょう。」
「はいっ…」
「少し、ひんやりしますからね。」
「はいっ…
…あっ。」
レオンフェルトが忠告した通り足首に冷たく濡れた感触が伝わり、アルトリアは小さな声を上げる。タオルの上からだがレオンフェルトの男らしい手の形も感じられた。
レオンフェルトは、そっとタオルをアルトリアの足首にぐるりと巻きピタリと押し当てる。
そして、固定したのを見てその手を離した。
「しばらく、このまま安静で。
何か、違和感などはありませんか?」
「いえ、ひんやりして心地よいです、王弟殿下。
お手を煩わせてしまい申し訳ありません。」
「アルトリア嬢。
先程もお伝えしましたが、
そんなにかしこまらないでください。」
恐縮し続けるアルトリアにレオンフェルトは、少し寂しげにつげる。
アルトリアは、ですが…と一度は渋ったのだその様子をみて諦めわかりました殿下と答え直した。
「よろしい。」
レオンフェルトはその答えに満足をしたようだ。そして、アルトリアに隣を失礼と声をかけ、少し間を取って同じベッドに腰かけた。
「そういえば、アルトリア嬢。」
「はい…。」
「先程のロレンツォとの婚約云々の話なのですが…」
「…!!」
そうだった!とアルトリアは数分前までのやり取りを思い出した。レオンフェルトの手からのがれようとしていたはずが成り行きに流されて、結局は手当てまでしてもらってしまった。
「破談になったと言うのは…?
どう言う意味でしょうか?
私はまだ兄から何も聞かされはいないのですが…」
アルトリアが想像していた以上にレオンフェルトは甥ロレンツォの婚約話が気になっていたようだ。ロレンツォの事を大切に思い、心配しているのだろうか。
アルトリアは、言い出した以上告げなければならないと腹を括り先刻舞踏会のホールでロレンツォとの間に起こったことを完結に話した。
レオンフェルトがロレンツォの身内であることを考慮し、一部オブラートには包んだが。
アルトリアが一連の流れを話し終えると、普段は温厚であろうレオンフェルトは顔に怒りの表情を露わにした。
「…あのバカ王子がっ!
可愛いリアに大衆の前で恥をかかすなど、言語道断!もう、あのバカは…殺るしかないな…」
バカだの殺るだの不吉な単語がアルトリアの耳にはうっすらと聞こえた気がしたが、ひとまずレオンフェルトはロレンツォに対して腹を立てているようだとわかった。
「…。
まあ、でも、
むしろそのバカさに感謝するべきなのか…?
あやつから婚約破棄を口にしたおかげで、
私にも運が回ってきたんだからな…」
レオンフェルトは小声で言葉を発して、何か考えている様子だ。
「…ん?
まて。
先程、リアが泣きそうになっていたのは
そのせい…?
まさか…リアは、あやつのことが好き…?
アルトリア嬢!」
「…はいっ!」
思案中かと思えば突然自分の方に話を振られて驚くアルトリア。
「貴方は、ロレンツォからの婚約破棄を承諾されたのですよね…
ロレンツォに対して思慕は抱いていなかったのですか?」
レオンフェルトがあまりに率直に尋ねてきた為、アルトリアは言葉に詰まった。
レオンフェルトとロレンツォは身内だ。
そんなレオンフェルトに、婚約者であったロレンツォに自分はなんの感情も抱いていなかったと告げても大丈夫なのだろうか?と。
「…もし、貴方がロレンツォに好意を」
「いえっ!
私は第二王子殿下のことは…」
レオンフェルトにまたもロレンツォが好きなかと問われそうになったアルトリアの口は、実に正直であった。
「では、あの…涙は。」
「あ、あれは…足の痛みで。」
今度は、廊下での堪えたはずの涙を見られていたのかと恥ずかしくなる。
「理由は、足の痛み…だけですか?」
「…。」
レオンフェルトはそう言い、アルトリアに真っ直ぐな視線を向けた。
アルトリアとレオンフェルトは今日初めて顔を合わせたばかりのはずなのに、どうして彼はアルトリアの事を見通しているかのような視線を向けるのか。
涙の理由が、足の痛みによった事は決して間違ってはいない。
だが、それだけか?と問われると今まで人には見せたことがない悲しさや、悔しさが含まれていたのも事実であった。
「私は…」
「アルトリア嬢。
本来は正式に謝罪をすべきなのだろうが…
だが、今この場でひとまず言わせてくれ。
私の甥が貴方に対し無礼を働いたことを…
許してほしいと。」
「お、王弟殿下…」
この件に関し、レオンフェルトには全く非はない。
が、レオンフェルトはロレンツォの家族としてアルトリアに誠意を尽くそうとしている。
その噂違わぬレオンフェルトの、誠実で優しい人柄を改めて感じてアルトリアの胸は熱くなった。
そして、アルトリアの濡らしていた瞳の真の理由も、彼はやはり見抜いていたのではないだろうかと思った。
未だ止まぬうるさい心臓の鼓動の音と、そして…
熱くなる体…
やはり今日の自分は少しおかしい。
「王弟殿下…
どうか頭をお上げになってください。」
頭を下げたレオンフェルトの肩にアルトリアはそっと手を置き、顔を上げてくれるように促した。
「アルトリア嬢…。
…っ!
どうして…また、涙を?」
そしてようやく頭をあげたレオンフェルトがアルトリアが涙を流していることに気づき、指摘する。
その声は困惑の色を滲ませていた。
「えっ…?」
アルトリアが、
頰に手をやると、たしかに濡れた感触がある。
ホールでも、廊下でも堪えられた涙が気づかないうちにレオンフェルトの前で、ついに溢れてしまったしい。
人前で涙を流すなど…
本当に、今の自分は…
ー何処、おかしい。
そしていま、何故だか、
目の前の胸にすがりたいと願ってしまう自分がいた。
アルトリアは、
そっとレオンフェルトの方に身を寄せる。
同時に、レオンフェルトも、涙を流すアルトリアの肩を自分の方に引き寄せた。
お読みくださりありがとうございました!
二人とも情緒不安定な感じが…すみません…汗
作者の力不足の限り…でして…
次話もよろしくお願いいたします。