黒薔薇令嬢はその男に声をかけられる
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「ッ…!」
メインホールから出てアルトリアは迎えを呼んでもらおうと人を探すことにした。
まさか、婚約破棄からの途中退席になるとは想像もしていなかったので侍女には終わりの時刻に迎えに来るように伝えてしまっていた。
しばらく、アルトリアはひっそりとした廊下を歩いていた。
が突然現れた段差に気づかず、バランスを崩す。膝をつくことはなかったが、先刻ロレンツォに腕をとられた際に挫いた足に痛みが響いた。
その痛みに、思わずアルトリアは廊下の隅にしゃがんでしまった。
廊下に人影が無いのを確認し、ドレスの裾を捲り足首の様子を見る。と、痛めた箇所は少し赤くなり腫れだしてしまっていた。
このまま、歩き続ければ酷くなるのは明らかだが、だからといって座り続けている訳にもいかない。
自分の知り合いか侍女が偶然通るのを祈るしか無いが、舞踏会はまだまだ続く。その確率は皆無に等しいと言えた。
考えれば、
考えるほど、アルトリアは無性にただ悲しくなった。
大衆の前で婚約破棄…
捨てられた侯爵令嬢…
足を挫き動けない…
こんな姿を誰かに見られたら…
もう…どうして…私がっと、思わず不平が出そうになる。
ロレンツォのことを愛していたわけではないが、アルトリアも王子妃として相応しくなろうと今まで努力をしてきたのだ。
ーなぜ…
先程ホールを出るまでは凛と侯爵令嬢として歩ききったアルトリアであったが、寂しい廊下に一人でいると心が弱った。
先程、堪えた筈の涙がまた溢れてきそうで、顔も下を向く。
(あの方は…
今のこんな姿の私をみても、
お嫁にしたいと言ってくださるかしら…)
悲しいときは幸せな記憶にすがりたくなる。
涙の向こうに、大切な思い出の人が見えた気がした。
「…そこの御令嬢?!
どうされましたか?」
ーバタバタと駆け寄る足音がしたかと思うと、
しゃがみ俯くアルトリアに、男性の優しい声がかけられた。
アルトリアはその声にはっ!と顔を上げる。
目の前の金色の髪に整った顔をした男と目があった。
「…っ…君は!」
アルトリアのアメジストに輝く潤んだ瞳と目が合い、その男は少し狼狽えたようだった。
逆にアルトリアは、男のエメラルドの瞳を懐かしく感じた。なぜだろう。
「…?」
男の狼狽えと感じた懐かしさに疑問をもち、アルトリアはん?と首をコテンッと傾げる。
「…!
ゴホ…ゴホ…んん!」
今度は、男が顔を赤面させ、むせ始めた。
それから、一呼吸おき、
「君は、ペンドルトン家の御令嬢?」
「…はい、そうですが…
父のお知り合いの方でしょうか?」
と、アルトリアは座り込んだままではあったがそれに答えた。必然的にまた、上目遣いとなる。
「まあ、そうとも言えるし…言えないとも言えるかな…というか、それは…わざと…なのか…?
その潤んだ目…あー、もう!」
「…?」
「んんっ…!
それより、どうしてここに…?
って、まさか、怪我でも?
それとも、具合が…?!
えっ…リアじゃないアルトリア嬢、
お加減が悪いのですか?」
男はアルトリアの返事に悩んだかと思うと次に困った顔をし、最後は急に慌てだした。
ー実に、忙しい男である。
思わずアルトリアの方が大丈夫ですか?と問いたくなるほどに。
(名前を知っていたということは、やはり父の知り合いなのかしら…)
「実は、舞踏会中に足を痛めてしまいまして…それで… 。
この様な姿勢で申し訳ございません。」
「いえ、謝る必要は全くありませんよ、
アルトリア嬢。
ひとまずこのままではよくない。
…ちょっと失礼。」
そう言うと男は、アルトリアの横に回り手を脇と足の間にいれスッ、とアルトリアを持ち上げた。
「…!!」
男の突然の行動にアルトリアは小さな悲鳴をあげる。
ーこれは俗に言う「お姫様だっこ」である。
「おっと…落ちない様に私の首に…手をまわしていてくださいね。」
男は、赤面し言葉もないアルトリアに気がついていないのだろうか。
アルトリアはこれ以上男の体に密着する事にためらいを感じたが、落ちて不様な姿を見せるわけにもいなかった。
男は装飾がついた白の軍服を着用していた。
服の生地は厚手だが、その上からでも男の程よくついた筋肉やその体の美しいことがわかる。声や雰囲気からは若く感じたが、顔を近づけてみるとうっすら目元に皺がうかんでいるのが見えた。
が、その皺さえも男の顔を優しいものに演出している様にアルトリアは感じた。
アルトリアがゆっくり首に手を回すと、男は大変満足そうな顔をする。そして、
「しっかりつかまっていてください。」
優しい笑みをアルトリアに向け、男は何処かにいこうと歩きだした。
「あっ…あの!」
「ん?」
「貴方様の、お名前を…お伺いしても…」
抱き抱えられるまで何も言えずにいたアルトリアであったが、このまま訳もわからず何処へ連れていかれるわけには行かないとようやく気付いたのだった。
自分は、まだ未婚の女性である。見知らぬ男性と二人きりには簡単にはなれない。
それまで一度も男を疑わなかったアルトリアは貴族の作法は完璧でも、そういった男に対しての知識には疎かったと言えよう。
「…!
…こ、これは失礼!
私の名前は、グランニ・エル・レオンフェルト」
男も、しまった!という顔をして名前を告げた。
「グランニ…レオンフェルトさま…」
アルトリアは、自分から冷や汗が出るのを感じた。
その名前を今日何回聞いたことか。
今日は彼のために舞踏会が開かれたのだというのに…
ー国名が名前に入るのは王家の証。
グランニ・エル・レオンフェルト…そう…
「お、王弟殿下!?」
アルトリアとレオンフェルト…この二人が
主役になります!
二人の行末を、
見守っていただけたら嬉しいです!