黒薔薇令嬢は婚約破棄を宣言される②
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「ロレンツォ殿下、わかりました。
私の一存で侯爵家の決め事を覆すことに関しては判断いたしかねますが、私の気持ちを述べることが許されるのであれば、婚約破棄の件はお受けいたしますわ。」
「第二王子である私が宣言したのだ!
侯爵家の意向など関係はない。」
「やったわ!
これで、マリアは王子妃になれるのねー!」
この発言を聞いた誰もが心の中で、ペンドルトン侯爵家を敵に回す発言をした第二王子の味方にだけは絶対にならないと誓った。
「そういうことでしたら、私はこの場を一旦下がらさせていただきますわ。
今日は、殿下の婚約者として出席させていただいておりましたので…
王弟陛下や皆様にこれ以上お見苦しいところをお見せするわけにもまいりませんし…。」
王家主催の舞踏会できちんと挨拶もせずに去ることは貴族のルールを学び守るアルトリアにはしたくはなかったが、流石にこれ以上この二人と一緒にいたくなかった。
では、と一応の礼をとり踵を返そうとしたが、
またも嫌な声に呼び止められた。
「まて!逃げるのか!」
「きゃっ!」
ぐいっと、ロレンツォに腕を掴まれアルトリアは小さな悲鳴を上げた。
それが聞こえていたらしい近くの貴族たちがまた、ザワリと空気を揺らした。
アルトリアは腕を引かれ、勢いづきヒールのせいか少し足を痛めてしまった。
が、ロレンツォは一瞬痛みに顔をしかめたアルトリアを気にもとめなかった。
「それくらい、マリアがされていたことに比べれば、痛くもかゆくもないだろう。」
むしろ、アルトリアに対して当然の報いだという表情を顔に浮かべていた。
「なんのことでしょうか?」
何の身に覚えもないロレンツォの発言に、アルトリアは顔をしかめた。
「しらばっくれるな!
貴様、マリアに色々とイジメをしていただろう!マリアが裏で陰口を叩かれているのも、貴様が吹聴しているのだろう!」
「マリア、ないちゃうわ〜怖い〜」
呆れてものが言えないのは、このことか!とアルトリアは16歳にして学んだのだった。
マリアンヌが、陰口を叩かれているのはマリアンヌが身分も弁えず婚約者がいる第二王子を誘惑したからであるし、第一それ以前にアルトリアがマリアンヌと顔を合わせたのは今夜が初めてである。
第二王子がマリアンヌという令嬢とよく会っているという話は友人から聞いてはいたが、
もともと政略結婚であるし結婚するまでは、多少のことには目をつぶろうとアルトリアは諦めていた。
アルトリアも一時は恋愛結婚を夢見ていたが、二人はどこか合わず、決められた婚約者として最低限の感情しか抱くことが出来なかった。
「私は、マリアンヌ様とお会いしたのは今夜が初めてです。いじめや噂云々は、私は全く関与しておりませんわ。」
「嘘をつくのか!
貴様は、私とマリアが仲良くしているのを見て嫉妬したのであろう!」
「ロレンツォ様に愛称も呼ばれないものね」
アルトリアの愛称は、リアだ。
その名は、リアの愛する家族、友人しか口にすることがない暗黙の領域である。
ペンドルトン侯爵家の使用人もアルトリアを慕い、リアお嬢様と呼ぶことを許されている一員である。
ロレンツォもアルトリアの名を呼ぶこともなかったが、アルトリアもリアと呼んでもらう気には正直なれなかった。
「未来の王子妃を卑下した貴様は罪人だ。
今日は叔父上の祝いの席であるから一日猶予をやろう!」
「ロレンツォ様、なんて慈悲深いの。」
突然婚約破棄をし、人の家を侮辱し、怪我をさせ、挙げ句の果てに無罪の罪を着せる男の何処が慈悲深いと言えるのか問いたい。
「ですから、殿下…」
「それから、その黒い髪と紫の瞳。
陰気くさくて、昔から嫌いだったんだ!
マリアの髪は輝いていて太陽のようだね。」
「…!!!」
ペンドルトン侯爵家は代々赤毛の一家である。当主夫婦は仲が良い為、誰も不貞を疑うことはなく、むしろ、アルトリアの髪を美しいと褒め育てた。だが、心の何処でコンプレックスを抱えていたのも事実だった。
(でも…
あの日。
あの方が…私に似合うと…
黒が似合うと、おっしゃって下さったから…)
黒髪のことは16歳になった今では気にはしていない。むしろ、好きだと言えよう。
だからこそ、そんな自分の髪を美しくと言ってくれる家族とまた、大切なある人との昔の思い出を侮辱されたようでアルトリアは悲しかった。
アルトリアも、社交界デビューを果たしたレディーとは言え、まだ少女である。
アルトリアのアメジストの瞳に、涙の膜ができた。
「…ッ!
泣き落としは、わたしには通用しないぞ。
マリアへの罪の裁きは明日の朝一番に通達させるからな!」
「わかりました。
では、本日はこれにて下がらせていただきますわ。」
今度こそ、アルトリアは第二王子とその新しい婚約者に背を向けて歩き出した。
一部始終を見ていた貴族たちは、スッとアルトリアに道を開けて中には礼をとるものまでいた。アルトリアは貴族たちがペンドルトン侯爵家に味方していると汲み取り少し、安堵した。
婚約破棄は、自分には全く問題ないが、愛する家族にだけは迷惑かけたくはない。
アルトリアは、自分の為に開けられた道を、
凛とした姿で歩き続けた。
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