黒薔薇令嬢は今宵手折られる
最終話ε=ε┌(; ̄◇ ̄)┘
これは夢だろうか…
そんな十年思い続けた初恋の少女が今自分の腕の中にいるとは…
頬をつねって確かめようかとも思ったが、その手をアルトリアの背に回すことをレオンフェルトは選んだ。彼が手を回すと二人の距離は更に縮まる。
その手に背中を押されるようにして、アルトリアは言葉を続けた。
「レオンフェルトさまの方こそお嫌ではないのですか?
一回り以上下の小娘など…
こんな、泣き虫な…」
「私がリアの事をきらいになるなどない、絶対に!」
アルトリアの卑下を打ち消すかのようにレオンフェルトは強い声を重ねた。アルトリアはその声の大きさ故か、内容に対してか、驚いた顔をしてみせた。
レオンフェルトはふーと深呼吸を一度して息をおく。
「リア…私の話を聞いて貰えないか? 」
「…わ、私は」
「リア。」
レオンフェルトはアルトリアの名前を言い聞かせように呼び、目を見つめた。
「…はい、レオンフェルトさま。」
アルトリアは言い澱んだが、その瞳に魅入られ従順になる。レオンフェルトがいい子だ、とその頭を優しく撫でたのでアルトリアの心は少し穏やかになった。
その後すぐに告げられたレオンフェルトの言葉をを聞いて、その心はまた激しく動揺する事になるのだが。
「リア。
初恋の人…と言うのはね、
…君のことなんだよ。」
「わ、私の…?」
そうアルトリアに前置きをし、レオンフェルトは恥ずかしさからか一気に今日までの話をした。
リアは覚えているだろうか、あの日のことをー
レオンフェルトの話に静かに耳を傾けていたリアは、驚愕に目を見開く。
レオンフェルトが嘘をついている顔には見えなかったし、彼が嘘をつく理由もない。
でもー、とアルトリアは思う。
人生はこんなにうまくいくものなのか。
アルトリアもレオンフェルトの話を聞いて、すべてのことの辻褄があった気がしたのは確かだ。懐かしく感じた瞳や表情が、十年前のかすかな記憶を呼び覚ます。アルトリアは幼すぎたので、レオンフェルトの顔までは覚えていなかったが。
もし、ほんとうに自分が記憶の中で拠り所にしていたあのお方がレオンフェルトであったならー
もう、これは運命としか言えようがないだろう。
レオンフェルトを信じようと決めた自分がいる。
「ほら、私を信じて。」
そう言ってくれた彼を信じれずにどうしようかー
この運命を信じずにー
「…私でいいのですねレオンフェルトさま。
わ、私で…」
信じよう、そう決めたが心配、不安、安堵、喜び、色々な感情がまだアルトリアの心に蔓延っていた。 レオンフェルトにもバレてしまっているだろうか。
「リア、泣かないで。」
その最後の不安を取り除けるのは彼の言葉だけだ。レオンフェルトは、アルトリアの目からこぼれた水晶を指ですくう。
「そうだよ。
ずっとリアだけが、好きなんだ。」
レオンフェルトに泣かないで、と言われたのにアルトリアにはその願いを叶えることが出来そうにない。
ただ彼の腕の中にいて、嬉しさに体も心をも震わせることしかできなかった。
「レオンフェルト殿下…あっ!」
落ち着いた頃だろうかとヨハンは外にレオンフェルトを探しにきていた。予想通りレオンフェルトは外のテラスにいたが、その姿を見てヨハンはすぐに身を隠す。
レオンフェルトとアルトリアがお互い身を委ねあいながら抱擁しているのが見えた。
二人に用があったヨハンだが、
ここで声をかけたらレオンフェルトにあとでどんな事大変な仕事で押し付けられるかと想像し、ここは引くことにした。
10年間胸に秘めた恋を叶えた上司に祝福を送りながら。
「ヨハン!いいところにいた!」
「げっ!!」
そんなヨハンの配慮虚しく、現れたのはベルナルドであった。
国王と第一王子に事の次第を話し終えホールに戻った侯爵は、今娘を探しているらしい。
別の人物であればヨハンはここまで焦らなかっただろうが、ベルナルドはまずい。
ある意味レオンフェルト以上に偏愛している娘が結婚前に熱く抱擁を交わす姿をみたらベルナルドがどんな行動をするか…想像したヨハンは嫌な予感しかしなかった。
その後のレオンフェルトの対応も面倒くさいことになるだろう。
「閣下、先程リディーティア様がお探しでしたよ。」
「ティアが?それは、直ぐに行かないと…だが、リアは…」
ベルナルドの弱みは、娘と妻のリディーティア。ヨハンは最大限に利用させてもらうことに決めた。
「大切なお話があるそうですよ!!閣下に!
とにかく、行きますよ!」
「え?ヨハン?!まて、私は…!」
なおも、探しに行こうとする侯爵にしびれを切らしヨハンは実力行使にでる。
腕を首に回しずるずると、ホールの中へ引いて行った。
「いや!ヨハンンン!?
私、宰相なんだけどぉ?!」
という、哀れなベルナルドの叫びだけを残して。
「…え?」
「どうしたの…リア?」
レオンフェルトの胸に顔を寄せていたアルトリアが急に顔を上げたのでレオンフェルトは尋ねる。
「今、お父様の声がしたような…」
そう言ってアルトリアは顔を動かすが、周りに人影はなかった。
レオンフェルトはアルトリアが父親がいると思ったのにもかかわらず、自分の腕から逃げ出そうとしなかったことに大変満足していた。
アルトリアは父親に抱き合った姿を見られたらまずい、という思いよりもレオンフェルトと想いが通じた喜びを伝えたいという気持ちが強かったのである。
「リア、こっちを向いて。」
父の声がした気がしたのは気のせいだったのか、と考えていたアルトリアはそんなレオンフェルトのお願いに素直に応じる。
顔を上げて、声がした方をみると愛しい人の顔が近づいてきて、
ーチュ。
と、初めてで、優しくて、甘いキスが唇に落ちた。
「愛してる、私のリア。」
半年後、レオンフェルトとアルトリアは結婚した。その間にレオンフェルトがベルナルドに娘さんをください!の流れで殴られたり、と色々なことがあったわけだが、二人は無事式を挙げ、国中で祝われた。
あの舞踏会の後、首謀者のダイス男爵はグランニ王国のはずれにある牢に幽閉された。娘のマリアンヌは入ったら一生出る事のできないと言われる修道院に入れられたと聞く。
第二王子は謹慎後王位継承権を剥奪され、それぞれが各自罪の大きさに対し裁かれたのだった。
レオンフェルトとアルトリアの初恋話はリディーティアの耳に入ることとなり、恋愛小説にこる彼女は知り合いの作家にこのネタを提供した。のちに出版される本は密かな人気となり、第2巻が刊行されることとなる。
その本に書かれていた事であるが、
数年後、二人の間には可愛らしい双子が生まれ男の子も女の子も見事な黒髪であったらしい。
そして10年後には二人も「黒薔薇の」と呼ばれるようになるのだが…
それはまた別の機会に語ることとしよう。




