黒薔薇令嬢はその想いを口にする
編集がうまくまとまらず、少し最終話が伸びそうでして…もうしばしお付き合いよろしくお願いしますε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘
肌に冷たい空気が触れる。
空には星、今日は三日月が顔を見せていた。
テラスに人影はない。
アルトリアはレオンフェルトにエスコートされながらテラスに置かれいたベンチへ向かった。
レオンフェルトはようやくアルトリアを座らせられると安堵した。
ホールを出てから二人の間に会話はない。レオンフェルトは何か考え事をしている様子であった。沈黙のままにアルトリアはドレスが皺にならないよう広げながら、勧められたベンチに腰を下ろす。
そして少し緊迫した空気の中ほっ、と息をつき一呼吸おいた。
「何か、飲み物を持ってくる。」
そんなアルトリアにそう言うと、レオンフェルトは振り返ることなくホールの中へ一度戻っていく。
その後ろ姿がホールに消えるまで、アルトリアは見送っていた。
ーレオンフェルトさま…?
アルトリアは今、その背中を遠くに感じていた。五日前までは、近くに感じていた彼の背中。どうして、振り返って手を振ってくれないのか…どうして、そんな難しい表情を浮かべているのか…
結局、あの日倒れてからレオンフェルトとはきちんと会話を出来ていなかった。公園でのあの決意は揺らいでいなかったが、この騒ぎが収まってからこれからの事を話し合えば良いと思っていた。
だが、レオンフェルトに十年来の想いを寄せる人がいると聞いた今、アルトリアはこの胸のうちを明かすべきか躊躇うばかりだ。
彼を困らせたくない。
これ以上、自分を犠牲にした優しさなど欲しくはない。
けれど…どこかで想いを諦められないリアがいた。
侯爵令嬢のアルトリアの頃は抱かなかった。
ー黒い感情。
心の中にレオンフェルトが欲しいと、願うリアがいた。
「…私って、嫌な子だったのね。」
アルトリアは、一人ポツリ呟いた。
「リア?」
「…!殿下…」
考えごとをしながら夜風に当たっていたアルトリアは、レオンフェルトが戻ってきた事に気付かなかった。突然名前を呼ばれて、思わず名前ではなく、殿下。と返してしまう。
それを聞いたレオンフェルトは難色を示す。
「殿下じゃないよ、リア…」
「あっ…申し訳ありませんっ!」
名前を呼ばなかったごとを怒っているのだろうか。アルトリアは慌てて謝罪をした。
そんなアルトリアのしゅんとした様子にますますレオンフェルトは機嫌を悪くする。
レオンフェルトはアルトリアに対してというより、自分に対して怒っていた。両手に持ったグラスを一度テーブルに置き、はあっ…とため息をつきながら彼は前髪を片手でかき上げる。
だが、アルトリアにレオンフェルトが自分自身の不甲斐なさに怒っているとわかるはずもなく、ただただ彼女は萎縮していた。
「すまない…別に、リアに怒ってる訳じゃないよ…。」
「レオンフェルト…さま?」
逆にアルトリアよりも肩を低くした王弟殿下に、アルトリアは今度はきちんと名前で問う。
「リアは、嫌かい?こんな婚約者は。
自分の都合のために婚約を承諾させて、
いざという時に助けられない…
こんな、男は…」
おそらく、レオンフェルトは公園でアルトリアを守り通せなかっことを言っているのだろう。
あの事件は、レオンフェルトのせいではない。
全てはそれを企てた男の責任である。
現に今アルトリアがこうしてこの場にいられるのは、レオンフェルトのおかげである。
感謝こそすれ、責められる所など一つもない。
それとも、レオンフェルトはアルトリアに遠回しに婚約を破棄しないか、と提案しているのだろうか…。
無事、王家の問題がひと段落した今アルトリアと無理に結婚する必要がレオンフェルトはなくなったのか?
そして、片思いの相手と結ばれようと…?
悪い思考は、一つ思いつくと次から次へとまわりだす。
「それに、十年来の恋か…」
レオンフェルトは呟く。
アルトリアは、遂にきたか、と少し身構える。
「あのお話は…」
「リアを更に幻滅させるかな…
まだ、初恋を引きずってたなんて…」
情けないよな、とレオンフェルトは苦笑する。
その笑い方をリアは知っていた気がする。
「初恋…」
「ああ…ずっと心のうちに秘めておくつもりだった…」
レオンフェルトの初恋ということは、今同年代に近い女性か。いや、10年前ならば年上の可能性もある。 どちらにせよ、一回り以上違う自分は対象にもならない。
レオンフェルトは思い詰めた顔をして、アルトリアを見つめた。
自分が惹かれたその美しいエメラルドグリーンの瞳をアルトリアは見つめ返す。
ーああ、私はこの瞳が欲しい。
ー私は、やっぱり…この人が欲しい。
その瞳を見た時、アルトリアの心はその黒い欲が勝利した。
「リア、聞いてくれ…その初恋の人というのは…」
「嫌です!レオンフェルトさまっ!」
ーガバッ!
レオンフェルトがその愛しの初恋の君の名を口にする前に、アルトリアはレオンフェルトの胸に飛び込んた。
腕を彼の背に回し、今にも泣き出しそうな顔はレオンフェルトの胸に押し付けて上からは見えないように隠す。
レオンフェルトはどうしていいものか、しばらく、両腕を上げそのやり場に困っていた。
彼女の背に手を回し抱きしめたいが、今だけは彼女の気持ちが分からなかった。
「…いや、いやなんです!」
少女は涙声で男にすがる。
こんな可憐な少女に縋られて我慢できる男などいないだろう。だがレオンフェルトは赤面するどころかアルトリアの「嫌」の意味を取り違え、顔色が蒼白になっていた。
「それは、私との結婚が…」
やはり、嫌だということなのか?
「違います!」
と、アルトリアは勢いよく顔を上げた。
涙の膜が出来た彼女のアメジストの瞳。
あの日からレオンフェルトを捕えて離さなかった瞳。
ーぶつかったその瞳には、
今、強い意志が宿っていた。
「私はレオンフェルト様の事が好きなんです!
その初恋の君に、
貴方を奪われてしまうのはいやなのです。」
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