黒薔薇令嬢リアと薔薇の棘
更新遅くなり申し訳ありません!
いつもより長めになりますが、最後までお付き合いいただけたら嬉しいです!
レオンフェルトがアルトリアを訪ねて来た訳はいくつかあったが、その内の一つは「アルトリアを婚約者らしくデートに誘う!」と言うものであった。
外した眼鏡は侍女に預け、改めて挨拶をした二人。
アルトリアを目の前にして先程いたソファアに腰掛けると、レオンフェルトはその旨を伝えた。
「…それで、
どこか行きたい場所などはありませんか?
アルトリア嬢。」
「私…」
ー行きたい場所か…
アルトリアは昨日の夕食でリディーティアから聞いた話を思い出した。
近くの国定公園の薔薇が満開を迎え賑わっていると言うのだ。話上手な母の話を聞くのは楽しい。
アルトリアは、その食事の時間その薔薇の話に夢中になった。家族の二人が自分よりも、そんな花の話に盛り上がっているのを見ていたベルナルドは、大変面白くなかったようだが。
リディーティアの話によれば、なんでも今年は隣国フェルドール氷国から贈られてたクリスタルローズという希少な薔薇も咲いているとのことらしいのだ。
読書好きで眼鏡の姿を見られた上に、
行きたい場所が国定公園は…あまりに女子力がないだろうか、と思いアルトリアは願いを告げるのを一度、躊躇した。
が、口を閉ざしてしまったアルトリアを見て、レオンフェルトは逆に提案をしてくる。
「そういえば、侯爵邸近くの国定公園で薔薇が見頃だそうですね。
私が滞在していたフェルドールの薔薇も展示しているそうで、気になっていたのですが…
アルトリア嬢が、よろしければ…」
「…ま、まいります!」
「…クスッ。
リアは正直でいいなあ…」
まさか、レオンフェルトの方から公園の話を振ってくるとは想像していなかったアルトリアはレオンフェルトが尋ねるより早くそれに答えた。
ーほら、まただ。
この人には全てわかってしまうのだ。
アルトリアの思いも、行きたい場所も…
まだ顔を合わせて間も無い二人だが、そこには見えないけれど、確かな繋がりがあった。
黒薔薇令嬢として、筆頭侯爵令嬢としての姿だけはなく一人の少女として見てくれるレオンフェルト。
この人には素直な自分でありたい、とアルトリアは思う。
「あの…殿下。」
「ん? どうかしましたか?アルトリア嬢。」
レオンフェルトはアルトリアの方から話しかけられて嬉しそうな顔をむけた。
アルトリアもつられて頰を緩めそうになったが、キュッと顔を引き締め直す。
「あの…
もし殿下がよろしければ、 わたくしのことは、
これから…その…、
リ…リアとよんでいただけませんでしょうか?」
アルトリアは無礼を承知で!と頭を下げながら願う。
が、頭の上から返事は降ってこず、しばし沈黙の時がながれた。
「…のか。」
「あ!あの…押し付けるつもりはありません!
殿下、今まで通りアルトリアで…」
沈黙からの、茫然としたレオンフェルトの顔をみてアルトリアは拒絶の意と受け取り、慌てて願いを取り下げようとする。
「いや、呼ぶ!呼ばせてくれ!
…むしろ今まで勝手に読んでいたことを許してほしい…ボソッ」
「…殿下?やはり無理を…」
「な、なんでもない! なんでもないから!
そ…それよりも、よいのか…私が、君をリアとよんでも…」
レオンフェルトは驚きのあまり敬語を取った話し方になってしまっていた。が、本人は今それを気にするどころではなかった。
アルトリアをリアと呼ぶものは限られている。
許されたものだけがその愛称を呼べると言う周知のルール。その発端はおそらく、ペンドルトン侯爵一家の異常な仲の良さをみた誰かが言い始めたのだろう。
あの家族の間には入れない、あの名は愛されたものしか呼べないと。
だからリアとよんでくれと願われたレオンフェルトの動揺は、半端なものではない。
このこと以上にペンドルトンア・フィス・アルトリアに認められたと皆に示せるものはないだろう。
「はい、殿下!」
ああ、頷くアルトリアの笑顔のなんと輝かしいことか。
「では…私のことも、名前で呼んでは貰えないだろうか…?」
アルトリアの笑顔を受けたレオンフェルトは目を彷徨わせながら告げる。
もしこの場にペンドルトン侯爵がいたら、レオンフェルトは調子に乗るな!とまた一喝いれられていたことだろう。
「殿下をですかっ! そんな、恐れ多いっ…!」
当然のごとく辞退するアルトリアにレオンフェルトも嫌らしいくらい満面の笑みを向けて問う。
「私たちは『婚約者』だよね、リア?」
「どの薔薇も美しいですね、レオンフェルト様。」
「ああ、そうだねリア。」
いや一番美しいのはリア、君だよと少しキザだが本心でできた台詞を飲み込み、レオンフェルトは賛同した。
二日前に侯爵邸にてお互い名前で呼ぶこととなった二人であったがどちらもまだ慣れずにいた。
そして、今日の公園デートの日を迎えたのである。
アルトリアは先日リディーティアと超特急で仕立ててもらった新しい外出用のドレスを纏っていた。
実にデート日和の天候といった今日は、普段以上に人が出ているようだった。特に美しく満開に咲き誇る薔薇が見れるとあっては。
二人は薔薇の咲くエリアにできた人だかりをすり抜けながら進む。身長差のある二人は歩幅に差があったためレオンフェルトはアルトリアに気をかけつつ進んでいたが、アルトリアの肩が他の貴族に当たったのをみてそれをやめた。
「…!レオンフェルト様!」
レオンフェルトはアルトリアの腰に手を回し自分の方にぐいっと引き寄せた。
「迷子になるといけないからね。」と片目をつぶってみせたレオンフェルトの楽しそうな顔をみてアルトリアは反論ができなかった。
「…!あの変態が!」
と、そんな微笑ましい光景をみて影から歯をくいしばる男が一人…。
その隣で「宰相閣下…」と呆れ顔でみるのは、レオンフェルトつきのヨハンである。
アルトリア命のレオンフェルトが人の多い場所に愛しい人を連れ出すのになんの護衛も付けていないはずもなく、ヨハンはその隊の指揮を任されていた。
宰相であるベルナルドの方は大事な娘が男と二人きりで出かけることが心配だったので、急遽に休みを申請して父親としての立場でこの場にいる。今朝までレオンフェルトとのデートの約束をベルナルドが知らなかったのは、2人の邪魔をしないようにとのリディーティアの計らいであった。
ベルナルドもベルナルドで、アルトリアのためならば職権濫用を厭わない親馬鹿であったから。
アルトリアとレオンフェルトは、本日のメインであるフェルドールの寄贈花 クリスタルローズの前に来ていた。
一見ただの薔薇だが、太陽の光が当たると花弁が透けて見えるというのがこの薔薇の希少な特徴である。
母の話を聞いて透ける様子を一度見たかったアルトリアは薔薇の前で何度か体の角度を変えてみた。
そんなひょこひょこと体を動かすアルトリアをみて、レオンフェルトはウサギみたいなだなあ、とクスリと笑う。
黒薔薇令嬢を前にウサギと彼女を例えるのはレオンフェルトくらいだろう。
「わあ…綺麗…」
光の当たった花弁は噂通り白く透き通り、幻影的な姿を見せた。
そんな、薔薇の姿にレオンフェルトは三年いたフェルドールの地を思い出していた。
もともとあの地に行った目的は第一王子との派閥争いを避けるためであったが、他にも得るものの多い三年であった。
いつかアルトリアとまた訪れられたら、とまだ来ぬ未来に思いをはせる。
「フェルドールでもこの薔薇は希少なものなのでしょうか?」
「私がいた王都でもこの薔薇を扱う店はあまり見なかったが…辺境のどこかで自然に群生する場所があるらしいよ。世話になった将軍が教えてくれた。」
「まあ!それは、さぞ素晴らしい光景でしょうね…
でも、このひと株だけでもこれだけ美しいのですから…物怖じしてしまうかしら。」
そう少し寂しげに呟いたアルトリアをみて、レオンフェルトは顔を青くした。
アルトリアが薔薇と同じように透けて見えたのである。慌てて瞬きをした。目を凝らすが、アルトリアはちゃんとそこに存在していた。人が透けるなどあるものか。恐らく日の光が眩しすぎたのだろうとレオンフェルトは一人自分を納得した。
それは、一瞬のことだったが今思えばそれは、何か悪いことが起きる予兆だったのかもしれない。
少々広さのあった薔薇のエリアを抜けた二人は少し休憩することにした。そして公園内に来ていたアイスクリーム屋を見つけたので、食べながら散策しようという話になった。
アイスクリーム屋は、薔薇園の賑わいにあわせローズ味のアイスを提供しているらしく盛況であった。
その為レオンフェルトはアルトリアを近くのベンチで座らせ待ってもらうことにした。散歩をして疲れたであろうアルトリアの足を休ませさせるために。
こちらからは見えないが護衛は多い。少しの時間であれば大丈夫と王弟は判断した。
「じゃあ、リア、待っていて。」そう言うとレオンフェルトはお店に向かった駆け出したが、一度振り返ってアルトリアに手を振る。
アルトリアもそれに手を振り返した。
レオンフェルトの姿が人混みに消えるまでアルトリアはその後ろ姿をみていた。
政略な意味をもつこの婚約であるはずだが、レオンフェルトは誠意を持ってアルトリアに接してくれている。いや、本当は下心アリアリなのだが、アルトリアだけがそれを知らずレオンフェルトの優しさだと勘違いしていた。
先程、クリスタルローズの前でフェルドールの話を振ってしまった時、アルトリアは自分の幼さと愚かさとを思い知った。
レオンフェルトは、自ら進んで隣国に出向いたわけではない。
全てはグランニ王国の安寧のために、だ。
彼にとってフェルドールの地はどんな場所だったのか、アルトリアにはわからない。
ただこれだけは、ひたすらに彼が優しい心の持ち主であり自らを国のための犠牲にできる強いお方だ、ということは理解できた。
ー国の為に、三年の時を捨てたレオンフェルト。
ー政略結婚を強いられやむなくアルトリアと婚約したレオンフェルト。
ー今彼の心をこんな愚かな私に理解できるだろうか。
理解したいと、アルトリアは思う。
それは、レオンフェルトのことが好きだから。
好きな人のことを知りたくなるのは乙女としては当然の事で、アルトリアも当然の事のようにそれを願った。
「これは美しいお嬢さんだ!」
突然、知らない男に話しかけられてアルトリアはびくんと肩を揺らした。
50代近くに見える薄汚れた服を着た男は、この公園の庭師だろうか…手に剪定した薔薇を持っている。
「ご…御機嫌よう。」
アルトリアは、一応の言葉を返した。
高位の貴族に許可もなく話しかけることは、マナーに反するが人の多くいるこの場でことを荒げたくはなかった。
「これは、先ほど園で切った薔薇なのだが…
これだけ綺麗な薔薇を捨てるのは惜しいとはおもわんかね。」
偽物のように真っ赤な薔薇を男は、惜しい惜しいとアルトリアの前に持ち上げてみせた。
「そうですね。」
アルトリアは、いい気分がしなかった。
だが、男は気にするそぶりを見せない。
いっそう、勿体無いだろう、とアルトリアに詰め寄った。
たしかにその薔薇は、血のように赤く美しかった。
ーこの薔薇のように、私が美しかったら…
そう、アルトリアが見せた一瞬の隙を男は見逃さななかった。
「そうかい、お嬢さんが貰ってくれるのかい?
… ありがとう。」
「…いえ、私は!」
男は、にんまりと不気味に笑いながらアルトリアの手を掴み薔薇をつかませた。
ーガッ!
「…っ!」
薄手の手袋で覆われたアルトリアの白く美しい手に、何かがくい込み痛みがはしった。
くい込んだのは、薔薇の棘そして…
「おやすみ、お嬢さん。」
目を閉じる前に聞いたのは、あの不気味な男の声。
「アルトリア嬢、いけない!」と、頭の片隅に聞こえた気がしたがそれがだれの声であったのか…
気を失い倒れたアルトリアには分からなかった。
正直、作者自身…展開についていけておりませんが…物語も佳境を迎えましたので、ラストスパート頑張ります!




