黒薔薇令嬢は母のテンションに身を任せる
リアとリア母の女子トーク回になります。
よろしくお願いします!
「ふぅ…っ。」
「お珍しいですね、お嬢様がため息をつかれるなど…」
王宮のレオンフェルトの部屋にいたアルトリア達だったが、レオンフェルトと宰相を呼ぶ遣いがそれぞれ来たため話しは終わりとなった。
レオンフェルトは部屋の前で別れる際、何度もアルトリアを振り返っていたが悲しいかなアルトリアは気づかなかったようだ。
そうしてアルトリアは父に王宮の門まで送られ、その後、馬車に揺られて自宅である侯爵邸へ初めての朝帰りを果たしたのであった。
母である侯爵夫人リディーティアは知人の家へ出かけて留守だと出迎えた執事からきいたアルトリアは、そのまま自分の部屋へと向かう。
部屋へ入り戸閉めてから、扉の板を背に一度ホッと息をついた。
ーやはり、自分の部屋は安心する。
昨夜、寝落ちをして朝までしっかり眠ったはずなのだが自分が思っていたより疲れは出ていたようだ。
舞踏会翌日の今日は何も予定を入れていなかったアルトリアは、もう一度ベッドに入ることに決めた。
そして、馴染みの侍女を呼び湯浴みの用意を言いつけた。その間に一息と、茶もついでに頼む。
アルトリアの好みの味を知る侍女は手慣れた様子で手際よく紅茶を注ぎ、リアお嬢様、とカップを差し出した。
その飲み慣れた紅茶を受け取り、口に含んでようやくアルトリアは普段の侯爵令嬢の自分に戻れた気がした。
頭もすーっと冴えてくる。
昨日朝までは第二王子の婚約者としてここにいた自分が、今は王弟殿下の婚約者。
今思い返すだけでも色々あったが、
大変なのはむしろこれからだろう。
気を引き締めなければとアルトリアは自分を戒める。
二人の話に承諾した以上アルトリアはその役目を出来る限り果たしたかった。
自分が何をすべきかー
何が出来るかー
全ては、彼、レオンフェルトのためにー
「リアちゃーん!!
あなたの大好きなティア母さまがおかえりですよー!!」
と高い声を館中に響かせ、常にハイテンションで知られるアルトリアの母リディーティアが帰ってきたのは
お昼過ぎであった。
アルトリアは帰宅し湯浴みをした後ベッドに入り読みためていた本を手にした。
その1冊目の本を丁度読み終わる頃に、扉が勢いよく開いたのだ。
リディーティアは黒薔薇令嬢と称されるアルトリアの母だけあり、美しかった。いや、可愛いと美しい言う2つの賞賛の言葉をかけ合わせたものだろか。
アルトリアは、黒髪でアメジストの瞳、16歳ながらにして凛とした美姿が印象的な少女。
一方リディーティアは、立派な赤髪にクリーム色のクルリとした瞳を持つ、年齢不詳の女性であった。
突然の来室でありながら、アルトリアは然程驚いた様子を見せなかった。
特に侯爵夫人のアルトリアへの過度の愛情表現とテンションの高さはいつものことなので、ペンドルトン侯爵家の人間にはそんな光景は日常茶飯事と化していたのだ。
アルトリアは、読書用にかけていた黒縁のメガネと開いていた本を閉じサイドテーブルにおいた。
比較的冷静で物静かなアルトリアと母リディーティアは対照的であったが、アルトリアはそんな母が大好きであった。
「ティアお母様、おかえりなさいませ。」
「リアちゃん、ぎゅーっ!
もう、昨日からリアちゃん不足でお母様はまた10歳重ねそうだったわ!」
アルトリアは、今ですら年齢不詳のリディーティアの10年後の姿を想像し一瞬鳥肌が立った。
それと同時に母の一言で、自分が母に何も告げずに朝帰りを果たしていたことを思い出す。
ぎゅー!と母の腕の中で為すがままになっていたアルトリアは、「お、お母さまっ!」と慌ててそれから逃れた。
「リアちゃん、つまらない!」
年齢的に一回り以上違うはずの侯爵夫人が指を口にくわえて拗ねるポーズが似合ってしまうのが恐ろしい。
「お母さまはね!
ただでさえ、
リアちゃんのことが心配だったのよ!
1日で、いろんなことがあって!
あの馬鹿王子と舞踏会で起きたことも、王弟殿下との
事もあの人からぜーんぶ情報は聞いています!」
さすが…お父様…行動がお早い…とアルトリアは実の親ながら冷や汗が出た。
母のリディーティアは女性の意見に肩を持つ傾向にあり、夫であるベルナルドよりもアルトリアの考えを常に尊重してきた。
ただ単に可愛い娘を盲目的に愛しているのも事実であったが。
第二王子との婚約はアルトリアが特別拒絶の意を唱えなかったため、リディーティアは反対も賛成もしていなかった様にアルトリアは感じていた。
が、リディーティアもロレンツォに対して「馬鹿」をつけたところを見ると、アルトリアが思っていたよりもペンドルトン侯爵家からみたロレンツォの評価は低かったようだ。
「あの人も、あの人です!
リアちゃんを欲にまみれた大人の世界にまきこむなど…これはお仕置きが必要だわ!
ところで、リアちゃん!」
「はいっ…!」
「新しい婚約者様はどう?」
婚約者、という単語にアルトリアが赤く反応したのを見てリディーティアはにんまりした表情をうかべ、そして更にテンションをあげ、「まあ、いいわね、若いわ〜! 初恋よ〜!まったく、浪漫だわ〜!」てまた一人盛り上がり始めた。
そんな侯爵夫人の暴走を止めたのは、侍女の「バロン商工会の方がお見えです。」の一言であった。
バロン商工会は、貴族向けの商品を扱う店であり、ペンドルトン侯爵家はその質の高さを買い贔屓にしていた。アルトリアもリディーティアも毎シーズンドレスをバロン商工会を通して数枚新調している。
だが、アルトリアも夫人もドレスは先週新調したばかりだ。
なぜ、今のリディーティアに商工会が用があるのだろう。
「あら、そんな時間… すぐに行くと伝えて頂戴。
じゃあ、リア!
いきましょうか!」
一度時計を見たリディーティアはそう言うと、アルトリアの手を握った。
「えっ?お、お母様?
私は別段…必要なものは…」
「何言ってるの!!
これは、女として必要なことなのよ!
昨日までのリアちゃんはそこに例え愛がなくてもロレンツォ殿下の婚約者。
今日からは、新しく王弟殿下の婚約者として生きるの!
だから、王弟殿下の為の、
殿下のリアちゃんに生まれ変わる必要があるのよ。
それが、男心をくすぐるわけなのよ!」
わかるわね?とアルトリアに詰め寄るリディーティアは顔に闘志をみなぎらせている。生まれ変わる必要があるか無いかすらわからないが、そのリディーティアの気迫に逆らえるはずもなくアルトリアは連行された。
客間で待っていたバロン商工会はアルトリアの婚約についての情報をすでに掴んでいたらしく「おめでとうございます。」と挨拶をしてきた。
「ついになのよ…」とリディーティアと話し好きな仕立て屋が話している横で、アルトリアは結局また新しく作ることになってしまったドレスの色や生地を選んでいる。
「あっ…」
と、色見本帳を開いていたアルトリアはとある色のページで手を止めた。
「まあ…
エメラルドグリーンは殿下のお色でいらっしゃいますね、アルトリア様。」
そんなアルトリアに、もう一人の穏やかな雰囲気の仕立て屋が話しかけてくる。
アルトリアはその手を止めたページにある美しいシルクの布から、あの瞳を思い出し見入ってしまった。
そして、殿下の色といわれた途端に体が熱くなるのを感じた。
「こ…
この…グリーンの布で、
舞踏会用のドレスを一着お願いできるかしら…」
そう思わず小声で可愛らしいお願いを告げたアルトリアに、仕立て屋 は満面の笑みで勿論でございます!と胸を張って答えた。
その仕立て屋の答えに、アルトリアは初めてプレゼントを貰った子供のような嬉しい気持ちになった。
そしてレオンフェルトの色のドレスを纏った自分の姿を心のうちに思い描き、アルトリアの表情は知らぬ間に柔らかくなる。
部屋にいたメンバーはそんなアルトリアの幸せに溢れた表情をみてアルトリアと新しい婚約者レオンフェルトとの未来を祝福した。
アルトリア本人はまだ気づいていない。
己が、あの瞳に囚われ始めていることにー
皆さまのお陰で十話目更新できました(*´-`)!
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