ひとつのお話
小瓶に包まれた淡い結晶
くすんだ青が零れ落ち、幾重にも波紋を結んだ
舞い上がる風に促されて雲のたなびく空を見上げる。
カサカサと合唱を奏でる草原より立ち上がり、うんと伸びをする。
―――終わりはまだだろうか――終焉はどこだろうか―――
思うが侭に方向を決め歩き出す。
緑に覆われた幽遠の大地を駆けると、どこからか音楽が聞こえる。
―――さあ、世界の端へ――この悲しみを終わらせよう―――
巡り続ける風を纏うだけで、心は穏やかに高揚する。
―――埋め尽くす単調――都合の良い調べ―――
しばらく走ると、木が一本見えた。
赤い実のなる木。
その実は瑞々しくて甘く、心地よい音を立てて口の中へ入っていく。
―――否応なく入ってくる毒――知ったところで、避けるすべなどない―――
実を食べ終え、種を側に埋める。
小さく山になった土。
丁寧に形を整え、満足したところでまた走り出す。
―――あがくしかない、もがくしかない――いつか終着点を求めて―――
疲労は感じなかった。
流れる汗が皮膚を踊るが不快ではない。
―――完成された牢獄――逃れられるかも分からない―――
濃淡のグラデーションが美しい空。
わずかに浮かんでいる雲は、どこへともなく進んでいく。
丈の低い草と重なる緑色の線。
―――優しくて、無情で、あまりにも悲しい場所―――
走り続けるとまた視界の先に木が見えた。
ここからは見なかったが、その木の側に小さく土が盛り上がった場所があった。
―――優しすぎて寂しい――完全な世界の、永遠の真ん中―――
読んでくださりありがとうございます。
えーっと……読み終えた方々なら分かると思いますが、このお話には何もありません。
その者に名はなく、その場所はなんでもない、いくら読もうと読み取ることの出来ないお話です。
ですが、極稀にこのお話はあなたに何かを送るかもしれません。
何かを感じ取れるかもしれない、何もないお話。




