ファンタジーのお約束なんだよ
「色々と聞きたいことはあるが、まずは認定試験を終わらせないとな。
そっちの嬢ちゃんはあんまり強そうに見えないが……しかし一緒に来たっていうことは只者じゃないと見たほうがいいだろうな」
さあさあついにやってきました!
私の隠された実力が発揮されてしまうときです!
武器を選ぶのに夢中で全然見てなかったんだけど、まあきっと山でやったみたいに一瞬でかたをつけちゃったんだろうな。
そのせいか試験官のヴォークハルトさんがめっちゃ緊張しちゃってる。
うーん、これは派手にやらないと目立ちませんねえ。
ロウ君より先にやればよかったかな。失敗失敗。
武器置き場からちょうどよさそうな木剣を見つけて、ぶんぶんと振ってみる。
うーん、ちょっと重い。両手でもつか。
「ほう、嬢ちゃんは剣士なのか。見かけによらないな」
「ふふふ、見た目じゃ真の実力がわからないっていうのもファンタジーのお約束なんだよ!」
「ふぁ、ふぁんたじい? 何言ってんのかわからんが……最初から全力でいかせてもらうぞ」
ヴォークハルトさんが木剣を構える。
あれは正眼の構えってやつだ。それくらいはしってるぞ。
見よう見まねで私も正眼の構えをとる。
うーん、こうして剣を構えても扱い方が頭に浮かんでくるなんてことはないみたいだなあ。
っていうかさっき武器置き場漁ってるときに一通り握ってみたけどなんとも感じなかったんだよな。
こういう異世界モノでチート能力がある場合って武器を握った瞬間に扱い方がわかる、みたいなのがお決まりだと思うんだけどなあ。
それかあれかな、気づいてないけどこの世界水準だとめっちゃ膂力があるみたいな、そういう純粋身体強化系チートかな。
うん、ありそう。
ヴォークハルトさんまでの距離は大体10メートル。
全力で走ったとして、大体2秒くらいかな。
まずはイメージ。
走り出す。
半分くらい距離を詰めたら剣を上段に上げる。
そしてぶつかる直前に一気に振り下げる。
あとは流れに身を任せよう。
よし、イメージ完了。
「いざ参ります!」
◆ ◆ ◆
訓練所内には緊張が走っていた。
なにせロウが先程ヴォークハルトを一瞬で倒してしまったのだから。
連れのあの子供みたいな女もかわいらしい顔をして、きっとかなりの実力者に違いない。
そんな雰囲気だ。
ヴォークハルトもまた、緊張していた。
試験官として、二度も敗北する訳にはいかない。
そもそも認定試験というのは調子に乗りがちな新人に、上には上がいるということを教えると同時に適正な等級を教えてやり、無謀な挑戦による事故死を減らすために行われているものだ。
だから本来この試験では試験官は負けることを許されていない。
ヴォークハルトが負けるような人材は、すでに名が知れ渡っているだろうし、そんな人間が新人冒険者なんて今更なることはない。
だからもし二度も負けるようなことになれば……それは彼と組合の威信の失墜を意味することになる。
掛け声とともに、マオが駆け出す。
この時点でヴォークハルトは少しホッとする。
動きが追えたからだ。
先程のような圧倒的な大敗はこれでない――そう確信し、それでもなお油断はせずに一挙一動を追う。
一歩。二歩。近づいてくる。
速度はそれほど速くない。構えが上段に変わった。
攻撃してくる!
そう思い、受けの構えをとる。
そして間合いに入り――
カランカラン、と木剣が転がる音が響く。
一瞬の出来事に周りの冒険者は理解が追いつかず、言葉を失っていた。
誰もが状況を飲み込めず――
「ふぎゃっ」
間抜けな声が訓練場に響いた。
「「「えええ〜〜〜」」」
あんまりすぎる結果に、冒険者たちは何も言えず、ヴォークハルトもまた、構えた剣をどうすればいいのかわからなくなっていた。
◆ ◆ ◆
「はい、ではこちらがお二人の組合員証です」
無事? 認定試験も終わって受付のお姉さんに組合員証をもらった。
組合員証は前の世界の認識票に似ていて、小型の金属板に紐を通したものだった。
名前と認識番号が彫られているだけという簡易なものだ。
裏面にも複雑な文様が描かれてるけど、こっちはなんのためのものかよくわからない。
「なあ、なんで俺のとマオのは色が違うんだ?」
「はあ……それ私にきくかなー。
あのね、これは私達の冒険者としての等級を表すものでもあるの。
あなたのそれはミスリル色。
上から二番目の凄腕って意味なの。わかった?」
「へえ、そういう意味なのか。面白いな。じゃああんたのは何番目なんだ?」
「私のは……ごにょごにょ……だよ」
「え? 何?」
「だから……ごにょごにょ……」
「聞こえないって。もうちょっと大きい声でいってくれよ」
「だーかーらー! 私は石だっていってるでしょ! 上から7番目!下から1番目の最底辺の石ころよ! なんか文句ある!? ないよね!」
「お、おう……」
何が悲しくて自分が最弱なんてことを大声で叫ばなきゃいけないんだ。
しかもこんな冒険者だらけの組合のど真ん中で。
そう、マオは認定試験で前代未聞の大失態を衆目に晒した。
気合を入れて振りかぶった木剣があろうことか手から滑り、吹っ飛んでいったのだ。
そして当のマオは飛び込む勢いのままつんのめり――コケた。
「俺も長年いろんなやつを見てきたんだが、剣すらまともに振れないやつは流石に初めてだ」とはヴォークハルトの談。
今では周囲の冒険者たちのマオを見る目が可哀想なものを見る目になっている。
うん、薄々気づいていたんだけどね。
多分これ、チートもらえなかったパターンです。
そういうのもあるよねー。
なんていうか、現実はすごく残酷。
チートはずるいからチートなんだ……。
いいよいいよ、私は正々堂々やってやるから! 今に見てろよー!
さて、気を取り直して依頼をみてみよう。
今日のところは日帰りで終わるくらいの簡単なのにしておきたいな。
定番のゴブリン狩りとかあればいいけど……。
「えっと、依頼はここに貼ってあるのが全部か」
冒険者がちらほら集まっている一角に行くと、壁に紙がぽつぽつと貼り付けられている。
これが依頼票かな。
依頼票はきちんと整理されていて、難易度、つまり推奨等級ごとにわけられている。
うん、みやすいな。
っていうか思ったより数少ないな。なんでだろ。
あと依頼票が並んでいるところの横に、でっかい木の板がかけられている。
これは……ああなるほど、素材の買取表かな?
魔物っぽいものをデフォルメしたイラストとその魔物の名前、そして貨幣のイラストとその枚数を示す数字。
これらが一組になって、何組も書いてある。
面白いのは買取金額の部分が小さな板をはめ込む形になっていて、あとから数字だけ変えられるようになっているところだ。
きっと定期的に買取額が変動するから、そのたびに全部書き直す羽目にならないように工夫しているんだろう。
あっ、そうか。
依頼票が少ないのはいわゆる常時依頼にあたるこの買取表のおかげだ。
冒険者の主な財源はこっちの常時依頼で、票がはりだされるような依頼は突発的なものだからそんな毎日大量に出てくるわけじゃないんだ。
それにしてもゴブリンないな。この辺にはでないのか……。
なら初心者向けっぽいのを聞いてみるかあ。
「すみません、ちょっと聞きたいんですけど冒険者なりたての人が狩る定番の獲物ってどれですか?」
「ん? 初心者向けの獲物か?
ってお嬢ちゃん……もしかして転倒姫か!?」
「て、転倒姫!?」
なんだその不名誉な二つ名は。
「認定試験で剣すらふれずに派手にずっこけたんだってな? 俺は見てなかったが話題になってるぞ」
「は、はあ……」
「それにしても噂に違わないべっぴんさんだなあ。
後ろのあんちゃんがいなきゃうちの小隊に誘ってかわいがってやってもよかったんだがな。がはは」
「何いってんですかもう。
そういうのは本職の方にお願いしてください!
私に襲いかかろうとしたら連れに襲われますよ?」
「ははっ、ちげえねえや。
嬢ちゃん弱っちいだけかと思ったけど案外肝が座ってんだな。
まあ組合の目の光るところなら何もねえだろうが変なことを考えるやつはどこにでもいるからよ、注意しとけよ」
む、たしかにそうだな。
日本と違って治安は微妙なのかもしれない。なるべく気をつけよう。
「はい、ご忠告痛み入ります。それで、最初の質問なんですけど……」
「ああ、そうだったな。
初心者だったら……まあモフンあたりじゃねえか?
狩ったところで買取額はたかが知れてるが……。
そんなのよりあんちゃんが強いんだからもっと上級者向けのでいいんじゃないか?」
「も、もふん?」
そんなめっちゃかわいい名前の魔物? 亜獣?がいるのかあ。
ますますファンタジーっぽくなってきた!
「ん? モフンを知らんのか?
まん丸くて毛がふさふさで、大きさはちょうど一抱えくらいだな。
さすがに見たことくらいあるだろう?」
「あ、ああ! あのもふもふのやつね!」
見たことないけど。
「そうそう、もっとも無害な魔物だ。あれを狩れない冒険者はさすがにいないだろうな。
それに魔物だから一応魔石もとれるし、毛が柔らかいから布団につかったりするな」
へえ、羽毛布団のかわりなのかな。異世界って感じがして面白いな。
それに魔石もとれるんだ。これは楽しみだなあ。