いよいよ私の冒険の物語がはじまる
エーシル王国北東部に位置する街、リグルー。
この街は王国内でも特に冒険者が多いことで有名である。
街の北東にある大きな森が良質な魔物の生息地となっており、魔物を狩ることで生計を立てる冒険者にとってよい拠点となるからだ。
森は広く、魔物は絶えずわき続けているため、産業としてもかなり安定しており、街のさらなる発展のため領主も冒険者たちをすすんで誘致している。
そしてこのリグルーの街こそ、ロウとマオの最初の目的地である。
「さしずめはじまりの街ってところだね。ふふふ、いよいよ私の冒険の物語がはじまるんだ!!」
街にもうすぐ着こうかというところで、マオは嬉しそうに叫んだ。
はじまりの街にしては近隣に生息している魔物がやや強めなのだが、そんなことは知らないとばかりに一人で盛り上がっている。
異世界転移モノの定番といえばやっぱりチートだよね。
きっと冒険者組合にいったら私に秘められた力が覚醒して、注目のルーキーなんて言われちゃうんだ。
いや、それとも物凄いレアスキルを持ってることがバレちゃって、偉い人に狙われちゃったりとか?
ふふふ、どっちにしても面白いことになるに違いない!
「さあロウ君、最初のワクワクを見つけに行くよっ!!」
ビシッっと指差しポーズを決めて、一人楽しそうにすすんでいくマオ。
かたやロウはといえば、そんな彼女の様子を見て肩をすくめ、なんで護衛を引き受けるなんて言っちゃったんだろうと、旅立ちそうそう後悔していた。
「ん? あれは門衛かな」
街は防壁で囲まれていて、出入りは門からしかできないようだ。その門には兵士らしき人が2人立っている。
たしか主要な街の出入りには身分を示すものか誰かの紹介状が必要なんだっけ。
うーん、最初の関門だな。
どっちも持ってないし、ここで捕まったりするのは面白くないかな。
なにかうまいこと誤魔化す手は……。
使えそうなものがないか、周りを見渡していると、ロウの姿が目に入った。
あっ、これはもしかしたら使えるかもな。よし、この作戦でいこう。
「なあ、いかないのか?」
立ち止まってキョロキョロしていたからロウに訝しまれてしまった。
「いくまえに、ちょっと。ロウ君にお願いがあるんだけど、街に入るためにちょっとした嘘をつくからうまく口を合わせてくれないかな?」
「街に入るのに必要なことなのか?」
「たぶんね。まあ基本的には何も喋らなくていいから!」
「そうか、まあよくわからんけどわかった。なるべく黙っとくよ」
◆ ◆ ◆
「止まれ!」
門に近づくと、案の定止められた。
「後ろの男、なぜ上半身裸なんだ? 怪しいな……。身分証か紹介状を見せてもらおうか」
門衛の一人が近づいてきて、ロウを見ながら訝しげな目をしている。やはりロウに食いついてきた。
「すみません、兵士さん。こちらの男は私の護衛でロウといいます。この街にくる途中、魔物の群れに襲われまして、それに応戦した際、衣服が破れて使い物にならなくなってしまったんです。なんとか逃げつつ撃退したので大事には至らなかったのですが、そのときに身分証を落としてしまったみたいで」
堂々と、しかし少しばかり困った風な感情を乗せて、丁寧に説明していく。
私は今は良家の娘という設定だ。
だから立ち振舞は堂々としているし、言葉遣いも丁寧。
身分証がないと街に入れないというのも重々承知しているけれど、このまま入れないとなればますます困ってしまう。そんなところだ。
「ふうむなるほど……。それは災難だったな。しかし決まりは決まりだからな。どうしたものか」
「そこをなんとか、ならないでしょうか……?」
上目遣いで目を少し潤ませながら、お願いする。
門衛はどぎまぎしている。効果は抜群だ!
追い打ちをかけるように私は彼の手を両手でそっと握った。
その手に銀貨を忍ばせて。
「お、おう、なんだ、よくみたらちゃんと身分証があるじゃないか。と、とおっていいぞ」
その言葉ににこりと微笑み、さっと手を放して門をくぐった。
マオに手を握られていた男はその手を名残惜しそうにじっと見つめていた。
◆ ◆ ◆
街は活気に溢れていた。
門から町の中央に向かって走る大通りを行き交う大勢の人々。荷を乗せた馬車。飛び交う客引きの声。
まさしくファンタジー世界の街並みだ、と思える光景がそこにはあった。
これがこの世界の街!
人の数でいったら日本の都内のほうが圧倒的に多いけど、こっちのほうが断然活気がある。
日本人はなんというか、みんな下むいて歩いているって感じがしてた。頑張ってもお先真っ暗、みたいな。
でもこの世界の人々は、みんな楽しそうだ。ちゃんと前を向いて歩いてる。そんな印象がする。
ロウもまた、はじめての人里に圧倒されていた。
これ全部人なのか……。
めちゃくちゃ多いんだな。
それに建物ばっかりで木が全然ない。
こんなところでほんとに人が生きてけるのか?
こりゃ一人でこなくて正解だったな。わけわからん。
っていうか反応が多すぎてちょっと酔いそうだ……。
生体感知は範囲を絞っとくか。
「さて、無事に街に入れたことだしまずは今晩の宿を探すよ! 今日はもうすぐ日暮れだしそこで今後の方針とかを決めることにしよう」
そういってマオが歩きだしてしまったので、ロウは慌ててついていった。
◆ ◆ ◆
「いらっしゃーい」
何人かに聞き込みをして見つけた宿『月の温もり亭』に入ると元気な声が飛んできた。受付は女の子みたいだ。
「泊まりたいんだけど部屋あいてるかな? ええっと――」
一人部屋二つと言おうとして、思いとどまる。
二部屋だと高くつきそうだし二人部屋を一つにするか?
いやでもさすがに男と同じ部屋で寝るのは……むむむ。
部屋割りをどうするか悩み、ちらとロウの方を見る。
無害そうな顔をしている。何も考えていなそうだ。
はあ、なんていうかそんなことで悩んでるこっちが馬鹿っぽく感じるなあ。
「二人部屋を一部屋、とりあえず三日ほどお願い」
「はいはーい、お二人さんなら朝食込みで一泊銅貨70枚だよ。えっと、だからこれが三日で……」
何やら手元で動かしている。計算しているのかな。
「銀貨2枚と銅貨10枚かな?」
「おっ、そうみたいだね。お姉さん算術できるなんてなかなかやるねー」
はいこれ、と言ってお金を渡す。
銅貨100枚で銀貨1枚の価値がある。
おなじ割合で、銅貨の下に鉄貨、銀貨の上に金貨がある。
このあたりの常識は仙人に聞いてバッチリ把握済みだ。
「じゃあここに名前書いてね。あっ、もし文字がかけなかったら代わりに書くよ」
そう言って羽ペンと紙の帳簿を渡してきた。
どうやらこの世界は製紙技術もそれなりにあるみたいだ。
文字は……うん、ちゃんと書けるみたい。
習った記憶もないのに書けるなんてホント不思議だなあ。
「はいどーも、じゃあお姉さんたちは2階のつきあたり、左側の部屋だからね。鍵はこれね。晩御飯食べたかったら別料金だけど一階の食堂で出してるからね」
部屋はなかなか綺麗だった。
といってもベッドが二つと小さな机が一つ置いてあるくらいの簡素なつくりだ。
掃除は行き届いていて、シーツもきちんと干されているみたいだ。
「さてと、それじゃ今後の方針についてだけど」
ベッドに腰掛けて切り出す。
「とりあえず今日はもう日も暮れるからこのまま休んで、明日の朝冒険者組合に行こうと思うの。何をするにしても身分証がないといざというとき困るし、どれくらい稼げるのかも知っておきたいしね」
仙人にもらったお金は結構あって、何もしなくても多分あと10日くらいは生きていけると思う。
でも金策手段は早めに確保しておかないとね。
何があるかわからないし。
「それになにより異世界といえばやっぱり冒険者になって一発当てるのがロマンってもんだし! うんうん、今から楽しみになってきた。そういえばこの世界ってどんな武器使ってるんだろうね。君はまあ使わないんだろうけど、普通の人はやっぱり剣とかかな? ここにくるまでにそういえば帯剣してる人結構見た気がするし主流なのかな〜」
「まあ武器のことはその場で考えればいっか。それで、冒険者組合にいって登録したら、依頼をざっとみて一日で終わりそうなのをとりあえずやってみるつもり。まずはやっぱり定番のゴブリン退治とか薬草集めとかよね! いきなり実力を示しちゃって目立つのも良くないから、まずはそういうところからはじめて、でも実力を隠しきれなくって偉い人に目をつけられて……なんてのがいいな〜」
「まあ明日のところはそんな予定だからよろしくね! なんか意見とかある? っていうか聞いてる?」
私が喋ってる間中、ロウ君はずっと黙っていた。
目は開けてるから寝てないと思うんだけど――
「おーいおーい、ロウくーん、聞いてますかー」
目の前で手をふったり耳元で囁いたりしても反応がない。
いよいよムカついてきたので腹を一発思いっきり殴ってやった。
「って痛っ!! なにこれ硬っ!!」
「さっきからなにやってんだ?」
あ、ようやくしゃべった。
っていうかめちゃくちゃ痛い。
なにこれ。
人間の身体って鍛えたらこんなに硬くなるの?
拳がすごいヒリヒリするよ……。
「なにやってんだ、じゃないよ! さっきからずっと黙ってるから寝てるのかと思ったよ!」
「いやだって喋らなくていいって……」
ん? 喋らなくていい?
そういえばこの街についてからこの男一言も喋っていないような……。
ってまさか!
「もしかして門で言ったことずっと律儀に守ってたの?」
「ダメだったか?」
はあ、呆れた。
いくら山育ちだからってここまで融通がきかないなんて。
「もういいよ、これからは余計なこと言わなければほどほどに喋っていいから」
「わかった。人の社会ってのは面倒なんだな」
あんたが面倒にしてるんでしょうが……なんて思ったけど言わないでおく。
「じゃ、そんなところでそろそろ食事を食べに行こうか。ここの食事はおいしいらしいよ!」