こいつは想定外の強さだ
「なかなかやるではないか、ロウよ」
ロウ君がアジンさんに勝利すると、面白いものを見たと言わんばかりにサーシャさんが褒めてきた。
怪我をしたアジンさんのことは特に心配しないのかな。
「お嬢様、敗北してしまいました。申し訳ありません」
アジンさんはアジンさんで、負けたことを謝るだけだし。
これが主従関係なのかあ。
なんかちょっと嫌だな。
「よい。
ロウが貴様よりも強かった。
ただそれだけのことよ」
あ、でも負けたことを責めたりはしないのは好感がもてるな。
こういう時でも理不尽に責め立てる上司っているらしいからなあ。
配下が負けたことで逆ギレする上司ってパターンも結構みるけどそっちでもなさそうだし。
結構いい人じゃないか。
「それで? 実力はこれで充分見せられたのか?」
「そうよの。
元々はアジンだけ当たらせれば充分と思っておったが……。
気が変わったわ」
そういったサーシャさんの顔は、笑ってはいたものの何故か不機嫌そうだった。
これアジンさん完敗したの根に持ってるやつだ……。
「来よ、ノーリ」
サーシャさんが誰かを呼んだ。
すると何処からか砂が流れてきて、サーシャさんの目の前で渦を巻き始める。
それは徐々に大きくなっていき、人を一人多い隠せるほどの大きさの竜巻に変わったと思ったら、突如それは静かに消失した。
代わりに残っていたのは、身の丈がゆうに2Mを超えているであろう大男だ。
スキンヘッドが特徴的なその男は巨体に見合う筋骨隆々な身体をしており、見ただけでパワーファイターであることが分かる。
「こやつはノーリ。
無口でつまらんやつだが、我の配下の中でもっとも強き者よ」
この人が、『愚者の行路』で一番強い人。
アジンさんもかなり強いと思ったけど、それ以上の人がいるんだ。
登場の仕方からしてもなにか特別な能力を持っていそうだし、これはロウ君でも一筋縄ではいかなそう。
◆ ◆ ◆
「ノーリ、戦え」
偉そうにしている女がそう言うと、目の前に立っている大男は特に返事もしないまま、黙って俺と後ろのほうにいるマオに目をやってきた。
今から戦う相手を見定めてるってとこか。
俺の方でもやつを観察してみる。
見た目からしてかなり力があることは間違いなさそうだ。
あれだけの巨体なら速度はあまり出せないように思えるが、それは楽観視ってものだろうな。
それにやつから感じる気の形。
一筋縄ではいかないだろうことがよく分かる強大さだ。
などと観察していると、奴に動きの兆候が見えた。
さっきのアジンってやつとはちがってこいつは随分好戦的みたいだ。
早速やろうっていうなら相手をして……っ!?
たった一歩で急加速した巨体はみるみる俺との距離を詰めていき、そしてそのまま俺を通り過ぎていった。
奴の狙いは俺じゃない。マオだ。
どうしてマオを狙ったのかはわからないが、奴にとって倒すべき敵は俺とマオの二人。つまり別に俺から狙ってくる道理なんてないってわけだ。
心の何処かで油断していた自分に悪態をつきつつ、割り込むためにマオの目の前に向かって【縮地】で移動する。
最初みたいにマオを拾って回避する余裕ももはやない。
危険ではあるが仕方ない、この場で耐えるっ!!
判断した直後、迫りくる大質量体から途方もない衝撃が俺に襲いかかってきた。
加速の勢いと奴自身の重量、そして更に振り下ろす力を加えた強烈な殴りだ。
まるでその場に押しつぶすかのような一撃は下手な防御ではそのまま後ろに衝撃が突き抜け、マオにも被害が出てしまっていただろう。
現に俺が立っていた床は大きく沈み、ひびだらけになっている。
今の一合で確信する。
こいつは、やばい。
とてもじゃないがマオをかばいながら打ち合ってる余裕はない。
当のマオはといえば、一瞬の出来事に理解が追いついていないのだろう。
目を点にして呆けていた。
「おい、マオ」
このままでは埒が明かなそうなので前を向いたまま声を掛ける。
追撃の心配もあるが、この問題は早めに解決しないといけない。
「こいつは想定外の強さだ。
倒すのはできるだろうがマオにまで気を回していると面倒だ。
練習してたあれでなんとか対処してくれ」
それだけ伝えて、マオが了承するのも確認せず巨体に突撃する。
仙人拳法――【爆身弾】。
たった今この巨人の動きを見て思いついた技だ。
こいつは足元に爆発的な勢いを生み出し、その勢いを利用して体当たりをし、そのまま遠くまで自分ごと吹き飛ばしてやるという単純なもの。
もちろん途中で自分だけ止まることもできなくはないが、今はとにかくマオとこの巨人を引き離し、そして俺に注意を向けることが優先事項だった。
アジン程度の相手であれば単純に強く殴るか蹴るかすれば吹き飛ばすくらいはなんてことなかったが、こいつの膂力を考えると踏み留まられちまうかもしれない。
だからこそ、こうやって無理やり飛ばす必要があったわけだ。
狙いはうまくいったみたいで、思ったよりも距離は稼げなかったけど少なくともマオを狙って動き出せばまた割り込めるくらいには遠ざけることができた。
このまま密着していても危険なので俺も一旦少し距離をとる。
相変わらずこの男は無表情だが……先程までと違って明らかにこちらを見ている。
注意を引きつけることもうまくいったらしい。
力自慢なこいつにとってたかが体当たりでここまで吹き飛ばされるのは不快なことだったんだろう。
さて、マオの方がなんとか例の術を使うまで時間を稼ぐか。
◆ ◆ ◆
サーシャさんが宣言をして、これから戦いが始まるなあなんてのんきに構えてたら、またしても突然目の前で爆発が起こった。
この展開多すぎない? って思ったけど今回は少しだけ状況が違うみたい。
よくわからないけど、気がついたときにはロウ君が目の前にいて、ものすごい衝突音がしたと思ったら地面にクレーターができてて。
ロウくんがなんか言ってるけど、全然頭に入ってこない。
えーと、うん状況整理だ。
さっきと違うのはロウ君が自ら防御をしているってところ。
これは、多分かなりやばい。
なんでそう思うのかって言うと、実は私、ロウ君がわざわざ防御をしている場面を見たことがないからだ。
もちろん私が見てないとか見逃してたとかそういう事はあるだろうけど、基本的に彼は防御よりも回避を優先していると思う。
多分防具をつけてない分、下手に攻撃を受けて自分の身を傷つけるリスクを負うくらいなら確実に回避できるのだし避けちゃおうって言うことなんだと思う。
そんな彼が防御をしてるってことは、回避が間に合わなかったってこと。
状況的にはこのノーリって人が突然私を狙ってきて、慌ててロウ君が割り込んだ感じなんだろうけど、アジンさんの時と違って私を持って回避する余裕がなかったんだろう。
それだけ、この巨人、ノーリって人は強い。
いや、私からすればここにいる人みんな強いんだけど、ロウ君がそう判断するくらいやばいってことだ。
その上でロウ君がさっき言った言葉……。
『……は想定外の……、……できる……面倒だ……、練習……対処して……』
ボーッとしすぎてて全然記憶に残ってなかったけど、だいたいこんな感じ。
ロウ君のいいそうな言葉で補完すれば、『こいつは想定外に強いけどなんとか倒せる。でもちょっと面倒だから練習してた術で流れ弾は対処してくれ』
って感じだろう。
現にロウ君は今ノーリに体当たりをぶちかまして距離を作ってくれた。
体当たりする瞬間に礫がぱらぱらと私の体にとびかかってきてちょっと痛かったけど、まあそれは我慢だ。
とにかく、今私がするべきことは精霊術で自分の身を守ること。
つまり、ついに私の出番が来た!
あ、まあ自分の身を守るだけだけどね。
練習もバッチリしたし、ここは決めてやりたいけど、ちょっと問題発生。
魔石は持ち歩いてるから魔力供給は問題なし。
精霊石も常に懐にいれている。
でも、媒体がない。
火もないし、水もない。
風は……室内だから当然吹いてないし、土もない。
詰んでない?
風くらいなら頑張って仰げば生み出せるけど、私の風精霊は防御向きじゃないしな。
防御のためだし土がいいんだけど、土、土ねえ。
こんなことなら媒体になるものを持ち歩くようにしとけばよかった。
うーん。
何か使えるものがないか周囲を見渡してみる。
ロウ君はノーリって人と激しくぶつかり合ってる。
あれならまだこっちにはこなそうだから猶予はあるかな。
他になにか使えそうなもの。
照明は……魔道具だから火をつけてるわけじゃない。
水道とかあればいいけどここ謁見室だからそんなものあるはずないし。
というかまじでこの部屋なにもないな!?
サーシャさんは楽しそうに笑ってるし、彼女の周りにもなにもない……あ。
あった。
砂だ。
ノーリって人が出てきたときに現れた砂。
全部消えたかと思ったけど、少しだけ残ってるのが光の反射で見えた。
あれが使えれば……。
この距離でできるかな?
そもそもあれ量足りるかな?
もうちょっと大きな、石ころとかだったら量が少なくてもできそうな自信はあるんだけど、砂だとちょっと厳しいかな……。
まあとにかくやってみよう!
そう思って魔石を握り、砕くために床に叩きつける。
よし、魔力が出てきた。
これを操作して……ってあれ?
いま視界になにか気になるものがはいってきた。
そうそう、なにかこう、手頃な大きさの破片で、ごろごろと転がってて、それも結構な数があって……。
ってあっ!
あの砂よりもっといいのがこんな目の前にあったなんて。
灯台下暗しとはまさにこのこと。
よし、これなら問題ないよね。
私が見つけたのはノーリによって生み出されたクレーターや、ロウ君が私にぶっかけた礫たち。
床が砕けた破片たちだ。
これは立派な石材!
つまり土精霊を降ろすのにいい媒体になるってこと。
なんとなく一箇所にそれらを集めて、精霊を降ろす。
床の残骸は私の操作に合わせて徐々に震えだし、やがて浮かび上がってぐるぐると私の周りを回り始めた。
成功だ。
今回は持続時間と防御力のバランスを取って中級の精霊を呼び出した。
これで私の準備はできたよ、ロウ君。
そのことを伝えるため、石を一発ノーリって人のほうに打ち出して攻撃をする。
その攻撃は綺麗に無愛想な顔面に吸い込まれ、鼻に直撃した。
対してダメージは無いっぽいけど突然のことにちょっとひるんだみたい。
もしかして意外と威力でる?
補助くらいならできるかも?
ともかく、今の攻撃でロウ君もこっちに気づいてくれたみたい。
ちらっとこちらを顔だけで振り向いて、頷いている。
さあロウ君、私のことは気にせずやっちゃって!!




