死んだって責任は取らないからな
「それじゃ改めて紹介するね!
こちらはライラさん!
船と組合本部で見たことあるよね?
あの時と名前が違うのは……まああんまり気にしないでね。
この前から私に術を教えてくれるってことで、この屋敷に住んでもらうことになったの!」
俺が屋敷に帰ると、マオが女を連れてきた。
こいつがマオの師匠か。
会ったことがあると言っているが……。
こんな奴は知らない。
「おいあんた、一体何者なんだ?」
「ちょっとロウ君! 人の話聞いてた!?」
「そういう意味で聞いてるんじゃない」
確かにこの顔は見覚えがある。
本当に同一人物なのかも知れない。
しかしこいつはやっぱり知らない。
「へえ、君はもしかしてクルの民かい?」
こいつ……俺達のことを知っているのか?
「なんでそう思った?」
「ふん、どうせ私から感じる気の形がいつも違うとかそういうんだろ?
そんなの見えてるやつはこの世界じゃクルの民くらいだろうよ」
「……なるほどな」
間違いない。こいつはクルの民を、仙術を知っている。
それに、こいつ自身も自分の気の変化について知ってるってのか。
本当に一体何者なんだ。
「そうかいそうかい、否定しないってことはあってるんだろうね。
ところでカイの小僧は元気にしてるかい?」
「カイ?
……ああもしかして爺さんのことか?」
カイってのはたしか爺さん、つまり八仙の一人、最も古い長老の名前だったような気がする。
あまり自信はないが。
「ふむ、その様子であれば未だしぶとく生き残っているようであるな。
クルの術使いどもはヒューマンのくせにいつまでも死なぬのが腹立たしい限りだ。
本当につまらぬ術だな」
「おい、あんたが何を知ってるのかは知らんが仙術をつまらない術呼ばわりはちょっと無視できないな。
これでも一応誇りを持って修めているんだ」
「へえ、言うわね。
それじゃ一つ手ほどきしてあげようかしら?
クルの術がいまどの程度まで進化しているのか、みてあげるわ」
こいつ……本気か?
仙術のことを少しでも知ってるならそんなこと言えるわけがないだろう。
仙術の戦闘技術は基本的に必殺を前提としている。
だから修行するときだって直接相手をするような稽古はほとんどしない。
それを、手ほどきをする、だと?
「おいおい、もしかしたらあんたはよっぽど強いのかもしれんが、仙術について知ってるならわかるだろ?
それとも奥義を制限した上で勝負して、それで勝った気になろうってんじゃないよな?」
「ふふふ、相変わらずクルの民っていうのは自信過剰なのね。
安心なさい、奥義だって何だって全力で使って構わないから。
どうせあたしのことを殺せやしないんだもの」
「言ったな? 死んだって責任は取らないからな」
よっぽど自信があるみたいだ。
きっちり殺してその自信満々の鼻っ面をへし折ってやらないとな。
「えっ、いや、あの二人共、ちょっと待った待った殺し合いなんてしないでよ!!」
マオが何やら慌てふためいた様子で騒ぎちらしているが、もはや俺たちにその言葉が届く道理はない。
こうなってしまえばただ戦い、どちらかが敗れるまでは終われない。
◆ ◆ ◆
屋敷の庭に移動し、互いににらみ合うこと既に10分。
どちらもなかなか仕掛けようとせず、始まったはずの試合は全く動く気配がない。
ライラは余裕のありそうな雰囲気をまとい、自分から攻め込む必要などないと考えているのか、決して戦闘に対する意欲を見せていない。
そもそも相手であるロウのことを観察しようとすらしていない。
対するロウは、そんな様子のライラに対してどう攻めるか決めかねていた。
ロウの戦い方は攻めよりも守りを重視していて、初めて戦う相手に対してはどれほど力量差があったとしても必ず最初に観察を徹底するようにしている。
それは長年修行してきたなかでロウが考え出した自分なりの合理性であり、無理やり当てられるかわからない技を決めようとするより、相手の動きを見極めてから確実に当てられる瞬間にだけ攻めに回ったほうが危険を最小限に抑え、勝率を最大限まで伸ばす事ができると考えているからだ。
だから、相手が全く動く気がなく、またどんな技を使うかもわからず、自分から攻めなければ始まらないという状況はロウにとってはかなり不利な条件となる。
どう動くかとロウが考えを巡らせていると一向に攻めてこないことに退屈したのか、ライラが口を開いた。
「どうした、小僧。怖気づいてしまったか?
何もしてこないなら所詮クルの術も大したことないってことでオレの勝ちになるぞ」
見え透いた挑発だ。
実戦でこんな分かりやすい挑発に乗るやつはいないが、今はそういう状況じゃない。
ロウが攻め込まなければ、この試合の前提が成立しないことになってしまう。
ゆえに、とうとうロウは攻め込むことにした。
まずは様子見――なんてことは今回はしない。
こんなやつに様子見なんて意味ないだろう。
【縮地】で背後に回り、即座に【螺旋寸勁】を決めて殺す。
最速かつ最強の決め技だ。
ロウはそれを即座に実行する。
まずは【縮地】。
構えすら取っていない自然な姿勢のまま、その技を発動したため傍目にはロウが忽然と消えてしまったように見えた。
高速移動をしたにしても、音も立たず、風すら起きず、残像すら残さず。
まばたきすらしていなかったライラの目から見ても、間違いなくロウの姿はただの刹那の間にかき消えてしまっていた。
そして、同じ瞬間にライラの背後に新たに気配が現れた。
誰も反応できるはずのない速度で移動したロウはすぐさま奥義を放つ。
振り向く暇も、飛び退く暇も与えない、最速での発動。
最も使い慣れた奥義だからこそできる、無駄のない動き。
これで終わりだ――。
ロウはそう確信した。
奥義――【螺旋寸勁】。
密着した拳から生み出される暴力の嵐がライラの全身を襲い、ズタズタに切り裂き、そしてそれは確かに致命傷を与えた――はずだった。
「ほう、肉体の制御は悪くないようじゃな。
昔のカイの小僧よりは筋が良いと見た。
じゃが所詮その程度でしかないようじゃ」
咄嗟にロウは飛び退き、十分な距離を取る。
おかしい、確かに【螺旋寸勁】は決まったはずだ。
手応えもあった。
あれで死なないどころか……傷一つなく、元気そうに立っているというのは絶対に何かがおかしい。
「おいおい、まさか一撃入れただけで私を殺せると思ってたのかい?
それはそれは……ちょっと考えが甘すぎるかな?
そうだな、せっかくだし全ての奥義を放ってみればいいんじゃないか?」
言われたとおりにするのは癪だが……ここは試してみるしか無い。
今度は縮地は使わず純粋な足運びで接近し、全ての奥義を叩き込む。
反撃する暇を与えず、とにかく連続で、もしも回復能力があるなら回復する暇を与えないように。
――【螺旋寸勁】
――【水鳴破碎】
――【雷鳴破碎】
――【旋一閃】
――【龍顎転鎚】
――【龍兜崩割】
――【猛虎双爪】
――【焦熱握撃】
次々と繰り出される奥義の数々。
それによって生み出される無数の破壊と暴力の嵐。
一つ一つが致命傷を与える必殺の技を……、叩き込むこと八。
相手がどうなるかなんて考えず、とにかく徹底的に殺し尽くした。
「これで、どうだ……?」
手応えは感じた、と思う。
ここまで連続で叩き込んだのは初めてだ。
普通はそもそも肉体の原型を保てるはずがないのだが……奴は最後まで肉体を維持していたようだった。
もしかしたら、本当に全く効いていないのかも知れない。
まるで、あの時みたいだ。
「なるほどね。
知らない技もあったけど……きちんと奥義は全部使えるんだ。
そこは関心関心。
でもやっぱり……物理に頼り過ぎなんだよね」
案の定、ライラは何事もなかったかのようにその場に立っている。
その姿に、俺は初めて恐怖を覚えた。
「うーん、ま、こんなもんでいっかな。
同じ技で君を倒してあげてもいいんだけど、さすがに死んじゃいそうだからやめとくね」
そう言ってライラは何気なく庭に生えていた一本の木に近づき、そっと手を添えている。
一体何をするつもりかと疑問をいだいた瞬間、その木が崩れていった。
折れるでもなく、砕けるでもなく、一瞬にして朽ち果ててしまったように、粉ほどの細かな粒へと姿を変えてしまっていた。
【螺旋寸勁】。
いまやつが使った技の名前だ。
ずっと使ってきた俺にはその技が使われていたということだけははっきりとわかった。
しかし、俺とは練度がまるで違う。
俺が使っても、せいぜい木っ端微塵に砕け散るくらいだ。
あんな細かな粒にまで砕けるなんて……どんな制御の仕方をしたらああなるのか。
それは、完全な敗北を意味していた。
得意なはずの技で相手を傷つけられないどころか、同じ技を自分より遥かに高い練度で繰り出す様を見せつけられた。
結局ライラの正体はよくわからないままその場は解散になってしまったが、ただ一つ、わかったことがある。
俺はまだまだ強くなれるし、強くならなければならないということだ。




