ま、なんとかなるか
翌日、俺は早速異界『季節巡りの森』に来ていた。
その入り口は想像していたよりはるかに奇妙なものだった。
洞窟の入り口のようにも見えるのに、奥行きが感じられない。
実際に横から見ても確かに奥行きは全然なくて、入ってもすぐに壁がありそうに見える。
けれどその穴の先は何も感じ取ることが出来なくて、これは本当に実在するのか、疑ってしまいそうだった。
「異世界、か」
ロウは異世界というものをよく理解していなかった。
マオがやってきたというそこは、どっか遠くなんだろうなくらいの認識でしかなく、全く繋がりが無いなんていうのはとても想像していなかった。
しかし今、目の前にある穴を実際に感じ取り、繋がっていない場所というものが本当にあるということを理解させられてしまった。
そして理解すると同時に、胸中に不安がこみ上げてくるのを感じ取った。
本当に繋がっていないなら……仙術はその世界で使えるのか?
今まで当たり前のように感じ取ってきたこの自然の力はこの向こうにも満ちているのか?
もしも使えなかったら俺は死ぬのか?
「ま、なんとかなるか」
けれどそんな不安は一瞬しかロウの足を止めることはなかった。
ここで怖気づくほど繊細な心は持ち合わせていなかったのだ。
その不思議な感じのする入り口を抜けると異世界だった。視界いっぱいの木。木。木。
「へえ、これが異世界か」
街の中にいたはずなのに、目の前に広がっているのは広大な森林。
後ろには確かに歩いてきた洞穴が大口を開いている。
念の為試しに洞窟を戻ってみると、森林は消え、再び街に立っている。
どうやら出入りは問題ないみたいだ。
安心して、森に戻る。
さて、まずは仙術が使えるか確認するか。
一つ大きく呼吸をして、世界を感じ取る。
元いた場所とは多少違う感じはするが、ちゃんと感じ取れる。
これなら問題ない。
むしろ自然物が多い分、向こうの世界よりも好調なくらいだ。
おし、とりあえず進んでみるか。
一応ここの魔物は結構強いって話だからな、慣れるまでは慎重に索敵しながら進んでみよう。
ちなみに第一階層の季節は夏。
気温が高くなっているようだが、体温をある程度調整できるロウには関係ない。
この森で重要なのは季節による地形効果の変化らしいが、夏は最も標準的な地形になっていて、この異界の中では一番歩きやすいらしい。
地図を頼りに、第二階層への道を進んでいく。
この森はきちんと道が形成されているみたいで、分岐点は多いものの非情に歩きやすくなっている。
これなら地図さえあれば迷うこともないだろう。
しばらく歩いていると、接近してくる魔物の存在を感知した。
数は一匹。
森に入ってからいくつも魔物の存在は感知に引っかかってはいたものの、明確にこちらに向かってきているのはこいつが初めてだ。
おそらく相手も俺に気づいたということなんだろう。
せっかく来てくれるんだ、どの程度の強さなのかじっくり測ってやろう。
かさり、かさりと音が近づいてくる。
注意して聞いていないと風で葉がゆれる音と勘違いしてしまいそうなほど自然で、小さな音だがこれはそうじゃない。
魔物が木々を飛び移って接近してくる音だ。
これは死角からの急襲を狙っているに違いない。
俺は生体感知があるから音が聞こえなくても確実に気付けるが、そうじゃない奴らだと不意打ちを喰らってしまうだろう。
接近してくる音がなくなったと同時に、気配を真上に感じた。
あとは機会をみて襲いかかってくるだけ、という感じか。
よし、なら出てきやすいようにしてやるか。
警戒心を、一瞬だけ解いてやる。
もちろん本当に警戒をやめるわけじゃない。
そういう風に相手に感じさせるだけだ。
ただしそれでも効果は十分。
こちらの誘いに乗ってくれたそいつはやはり音をたてることなく、真上から落下してきた。
きっとその一撃で仕留めるつもりだったんだろう。
明確な殺意が落下と共に溢れてくる。
まだ視認出来ていないが、おそらく直線的な攻撃。
早く動きすぎて相手に方向転換されないように注意し、ギリギリまで引きつけてから大きく後方に飛び退いて回避する。
直後、するどい剣閃が元いた場所を切り裂くのが見えた。
俺を襲いかかってきたそいつは音もなく着地すると急襲に失敗したことを悟り、すぐさま飛び退ってこちらを向いてきた。
デカいカマキリだ。
体長2Mほどもある巨体に、剣のように変質した鋭い前足。
確かこいつの名前は……ソードマンティスだったか。
高い機動力と2本の前足での強烈な一撃が特徴の極めて攻撃的な魔物とか書いてあったな。
こいつは単独で行動するのが基本みたいだし、初戦の相手としてはちょうどいいだろう。
それに、攻撃手段が斬撃っていうのがやりやすい。
観察する間もなく、ソードマンティスは素早く動きこちらに切りかかってきた。
単純な攻撃だが、攻撃力は十分。
こいつの知能はかなり高いとか聞くし、おそらく小手調べのつもりで襲いかかって来てるんだろう。
それなら、と、連撃を危なげなく躱していく。
手の内を全て晒す必要もない。
こちらだってこのあたりの魔物の強さを確かめるのに都合がいいし、奴の思惑に乗ってやるとしよう。
何度か躱していると、攻撃に変化が入り始めた。
真っ直ぐで単純な攻撃のなかに、意表をつくように織り交ぜられるわずかに調子をずらすような時間差の攻撃。
なるほど、こいつは2本の前足をうまく活かした剣術を使うみたいだ。
これはそれなりに熟練した戦士でないと一人で相手取るのは苦しいだろう。
しかし、この程度ならどうということもない。
多少絡め手をまぜたところで、結局よくある剣術の動きでしかなく、それだけでミスリル級認定されるとは思えない。
きっとこの魔物らしい何か別の攻め方があるはずだが。
よし、ここは少し攻めて見るか。
一度距離を取り、間合いから外れたところで今度は逆にこちらから踏み込む。
あの眼のデカさだ、背後を取ろうと思ったところですぐに見つけられてしまうだろう。
ならば正面から最短距離で殴ってしまったほうがいい。
まずは一撃、殺さない程度の殴りを入れてやる。
技もなにもない、純粋な拳の一撃だ。
それなりに速い動きだから反応速度が遅いやつならこれでも入るはずだが……どうやら反応速度は悪くないみたいだ。
咄嗟に2本の前足を交差するように構えて、受け切られる。
しかし殴りの衝撃までは完全に殺しきれなかったのか、キラーマンティスは大きく吹き飛んでいった。
なるほど、見た目通りそんなに重さはないし膂力自体は大したことないようだな。
――と思いきや、キラーマンティスは吹き飛ばされた勢いを利用して大きく後ろに飛び、樹木の表面に着地、さらにそれを踏み台にして辺りを跳び回り始めた。
ああ、そういうことか。
どうやらこいつは虫らしく、垂直な壁ですら地面にしてしまうみたいだ。
樹木から樹木へ、枝から枝へ、地面に足をつけることなく、縦横無尽に跳びまわっていく。
きっとこれがこいつの本来の戦い方……虫ならではの身軽さを利用した立体機動による撹乱と死角からの急襲。
まだ目で終えているが、速度はどんどん上がっていく。
風がざわめくくらいには速いのに、着地音は一切しない。
確かにこいつは厄介だが――攻撃手段が斬撃というのが悪かったみたいだな。
一瞬、目で追うのを諦めて襲いかかってくるのに備える。
直後、殺気が再び溢れると同時に、死角を狙うように飛びかかってくるのをはっきりと感じ取る。
回避するのは簡単だが……そうすればきっとまた同じことの繰り返しだ。
きちんと動きを止めてやる必要がある。
斬撃ならククのときのように白刃取りという手もあるが……さすがに今回は鋭すぎて難しそうだ。
ならばと、その致命の一撃を、あえて俺は喰らうことにした。
その一撃が正確無比に俺の首を切り落とそうとした瞬間、両腕を割り込ませる。
するとどうなるか。
腕もろとも首を落とすかのように思われた強烈な一撃は……見事にその腕によって受け止められていた。
俺の体は仙術技能【鋼鎧】によって硬化され、鋼のような硬さをもっている。
だから並大抵の攻撃じゃ俺の体を傷つけられないわけだが、今回はそこまでたどり着けてすらいない。
常日頃から腕に装備している、斬撃に極めて強い繊維で織り込まれた自慢の手甲。
こいつがあればどんな鋭い剣閃だってこの通り、ピタリと止まってしまう。対剣士用の秘密兵器だ。
もちろん、本当の達人の前じゃこんなもの何の役にも立たないだろうが……うまくいったみたいだ。
絶対の一撃を止められたキラーマンティスはまだ事態を飲み込めていないようで、動揺している。
うん、これだけ試せればもう十分だろう。
丁度いい感じに接近できたし、あとはこの一撃で終わらせる。
「奥義――【螺旋寸勁】」
苦しむ暇も与えることなく、ただ静かにそいつは死んでいった。
「ふう、念の為どんなもんか時間をかけてみたが、これなら特に気をつけるまでもなさそうだな」
初戦闘を終え、このままさくさくと進んでいけそうだという確信を得る。
多数で襲ってこられたらまた違うかも知れないが、まあ大丈夫だろう。
「おっと、そういやこいつも試してみないとな……」
せっかくの異界での初獲物だ、トレイラーを試してみよう。
えーっと、ここを押すと紐が出てくるとか言ってたな。
……おぉっ、出てくる出てくる。
で、この紐で獲物を囲んで、と。
へえ、この紐はどこまででも伸ばせるのか?
この筒にそんな入りきるようには見えないんだが……こいつも魔術なのか。
まあいい。
で、囲んだらこの筒の紐が出てる方とは反対側に引っ掛けて、と。
あとはこのでっぱりを押し込めばいいのか。
そいつを押した瞬間、ぶぉんという奇妙な音が鳴った。
そして、10秒ほど経ったころに再びぶぉんという音がなり、その瞬間キラーマンティスの死骸が消滅した。
「これで転送できたのか。なかなか便利だな」
これなら倒した後に処理をしなくてすむし、探索も捗るだろう。
よし、この調子で第四層までさくっと進んじまおう。




