万策つきちゃった
視界がぼんやりとしている。
ここはどこだろう。
周りを見ようと思っても、なぜだか体をうまく動かせなくて目の前しか見られない。
金縛り?
うーん、でもそれにしては意識が定まらないような。
それにこうして考えているつもりでも、さっきまで何を考えていたのかすぐにわからなくなってる気がする。
目に写っているのは七色にきらめく綺麗な世界。
光が生まれて、消えて。
見ているだけで、なんだか安心感がある。
すごく神秘的な光景で、絶対こんな場所知ってるはずがないのに、なんでだろう。
私はずっとこの場所にいたような気がする。
遠くの方で、誰かが喋っている声が聞こえる。
私の知らない言葉で、私の知らない誰かに向かって語りかけている。
声のする方向に進みたいと思っても、進んでくれない。
まるで誰かの視覚をのぞき見しているみたいな感じだ。
ああそっか、これは私じゃないんだ。
きっと誰かの意識と繋がっちゃったんだろうな。
異世界だし、きっとそういうこともあるんじゃないかな、うん。
あれ?
じゃあ私は今どこにいるんだろう。
今、何をしてるんだろう?
……。
いつの間にか、私は私に戻っていた。
目の前にはようやく見慣れてきた天井が広がっている。
どうやらいつの間にか眠ってしまっていたみたいだ。
そうすると……さっきのは夢?
うーん、なんだか不思議な夢だったな。
いつもだったらもっと私の大冒険活劇が繰り広げられてるんだけど……。
それにやけにはっきり思い出せる気がする。
視界はすごいぼんやりしてるのに、なんでしっかり覚えてるんだろう。
うーん、まあよくわからないしいっか。
「お、目が覚めたみたいだな」
体を起こそうと身じろぎすると、近くからロウ君の声が聞こえてきた。
どうやらベッドの近くに待機していたみたい。
え、なんで?
「あれ? ロウ君なんでここに? ってか私いつの間に寝てたんだろ」
「いや、庭に出たらマオがぶっ倒れてたからここまで連れてきておいたんだよ」
「倒れてた? ほんと?」
「嘘ついてどうする」
それもそうか……。
でもなんで倒れてたんだろう。
誰かに襲われた……ってのはないよねえ。
侵入者がいたならロウ君が気づいてなんとかしてくれる気がするし、襲うだけ襲って何もしないなんてのもおかしいし。
「うーん、なんで倒れてたのかな」
「魔術の訓練をしてたんじゃないのか?」
「魔術の訓練? あー、そういえば」
そうだそうだ。
たしかクリエイトウォーターを発動しようとしてたんだ。
で、詠唱を念じる感じでやってみて……。
それで倒れた?
「まあ体には特に異常はなさそうだから少し休めば大丈夫だろ」
「あ、診てくれたんだね。ありがとう」
ロウ君は生きているものならそれがどういう状態にあるのか、診る能力を持っている。
現代的な医術知識はないにしても、正常ではない場所は確実にわかるらしいから、日本の医者よりも信頼できるかも知れない。
「まあでも、魔力が空っぽになってたし倒れた原因はそれじゃないか?」
「魔力が空に……」
そっか。
それなら納得できるかな。
魔力が切れて倒れるってのはよくある設定だもんね。
……なんて単純な話ならよかったんだけど、それはおかしいんだよね。
ヒューマンだったら魔力が切れたとしても身体に影響が出ることはないはずなんだ。
これは何百年も続く魔術の歴史で例外がなかったことからも間違いないだろうって教本にも書いてあったし。
妖魔のように体が魔法に寄ってる生命であれば魔力枯渇は身体に影響を与えるらしいけど、私はどう考えてもヒューマンだしなあ。
いや、こればっかりは考えても仕方ないか。
私は魔力が切れると倒れる、これは事実なんだし。
でも5級魔術使うだけで魔力切れちゃうのか……。
これじゃ魔術を使うのは絶望的だな。
「はあ……、万策つきちゃった、な……」
思わず溜め息が出てしまう。
気楽な考えでこの国まで来たけど、こんなに現実が厳しいなんて。
日本にいた時は、自分で出来ないことは他の人に任せておけば基本的になんとかなったから困ったことなんてなかった。
あの世界で生きていくのに特別な才能なんて必要ないし、面白いものを探すのにも特別な資格なんて不要だった。
けど、この世界は違うんだ。
この世界は、自分自身の能力が全てだ。
もちろん、多少才能がなかったところですぐに野垂れ死ぬってほどひどいわけじゃない。
ただ私みたいに、欲深く生きていくなら才能なしじゃやってけない。
ふと、ベッドの横にいるロウ君のことを見つめてしまう。
「うん? なんだ?」
この人はとんでもない才能を持ってるのに、どうして欲がないんだろう。
男のくせにどんなに裸を見せたところで私に対して欲情するわけでもないし、金を欲しがってる様子もない。
人の社会で成り上がってやろうっていう気概もないし、私みたいになにか特別なものを欲しがってるわけでもない。
ただ才能があるから、その才能をなんとなく伸ばしてる、それだけに見えてしまう。
「や、別になんでもないよ」
そういう意味じゃ私とロウ君はお互いの足りないものを補い合っているのかも知れないけど……。
少なくともこの国でそんなあり方は許されないみたいだし。
ほんと、世の中ってままならないなあ。
「ほんと、ロウ君は悩みがなさそうでいいよね」
「なんだよ急に。確かに特に悩んでることはないけどよ」
「ほらやっぱり」
私がこんだけ悩んでるのに、ちっともわかってくれないし。
屋敷の準備してる間ものんきに体鍛えてばっかいるし。
確かにいままでずっと私のこと守ってくれててそれには感謝してるけどさあ。
でも私だって旅が快適になるように色々必死に考えたりしてるんだしさ。
それにこのままじゃ一緒に冒険できないっていうのに、そんなことまるで気にしてない風だし。
「一回倒れたくらい気にすることじゃないだろ。
俺なんて5歳のときから仙術の修行を始めたんだけどよ、はじめの頃は毎日ぶっ倒れてたもんだよ。
姉貴がマジで厳しくてな……。死にかけてからが本番だとかよく言ってたな。
ありゃまじで俺を殺す気だったとしか思えん。
まあおかげで今の俺がいるわけだけどな」
「ふーん……」
え、なに?
もしかしてこの人は私が訓練で失敗しちゃってへこんでるとでも思ってるの?
そんな浅い悩みだと思われちゃってる?
はー、まじですか……。
察し悪いにも程があるよまったく……。
「それに魔力量ってのはたしか鍛えれば増えるとかじゃなかったか?
ま、だから焦らず頑張れよ。
少なくとも一年はここにいるんだろ?」
「そうだね……」
ああ、でもロウ君なりにこれ慰めてくれてるのかな。
言ってることは全然的外れだけど。
ちょっと泣きたい気分だったけど、少しだけ元気出たかも。
うん、そうだよね、まだ時間はあるし焦ってばっかでも仕方ないよね。
もしかしたら私のやり方が間違ってたのかも知れないし、誰か魔術に詳しそうな人を探してみるとか、あるいはもっと全然別の解決方法を探すとか、やれることはきっといっぱいあるよね。
少し休んだら、また頑張ってみよう。
「あ、そういえばマオが寝てる間に組合から使いが来てたんだよ。
最初の指名依頼が決まったとか言ってたな。
詳しい内容は組合本部に来てくれってさ」
そっか、指名依頼がもうきたんだ。
私も参加したかったけど、今回は無理そうだな。
でも話を聞くところまでは私も一緒に行ってあげなきゃだよね。
「じゃあ明日にでも本部に行ったほうがいいね」
「ああ、そうするつもりだ」
倒れたけど体調自体はそこまで悪くないし、ちょっとけだるい感じがするのもぐっすり寝れば治るだろう。
明日は本部に行って依頼に必要になりそうなもの揃えて、情報集めして、時間があったらまた魔術の練習でもしよっかな。
などと考えていたら、ふと違和感を感じた。
あれ? なんかさっきのロウ君の台詞、いつもと少し違ったような?
なんだろう、この胸騒ぎ。
ちょっと場面を巻き戻してみよう。
組合から連絡が来たって報告してくれて。
詳細を聞くために本部に行く必要があるって言って。
うん、ここまではまあいつもとそんなに変わらないかな。
連絡事項はもらさず正確に伝えるようにずっと言ってきたからね。
それで、そのあと私が明日本部に行くほうがいいって案をだしたんだよね。
それにロウ君は……『そうするつもり』って答えてる。
あれ?
それってまるで私が言う前から明日行くことを決めてるみたいな言い方じゃない?
おかしいな、こういうときは必ず私に相談してきたはずなんだけど……。
え、なんかやな感じがする。
なんでだろう。
なんでロウ君が自発的に決めてるだけなのにこんなに嫌な感じがするんだろう。
「ねえ、ロウ君」
「ん? なんだ?」
胸中にこみ上げる不安が単なる勘違い、単なる杞憂にすぎないものだと信じて、問いかける。
「明日本部に行くのってもちろん私も一緒だよね?」
「? 何言ってんだよマオ、そんなの聞くまでもないだろ」
あ、良かった。
そうだよね、私も馬鹿だな。
ちょっと落ち込んでたせいでネガティブになってただけかも。
ロウ君が私置いてくはずないもんね。
そう安心した矢先、ロウ君はさらに続けてこう言った。
「――これからしばらくは俺が一人で動くことになるんだから、依頼はちゃんと俺一人で最初から最後までやるべきだろ?
マオは訓練に専念しててくれ」




