そんな……ひどいですぅ……
ロウ君が決闘に勝利すると、観客達はあっという間に散り散りになった。
自分たちでさえ手出しを躊躇するあのディックという男の、その勝利を確信するほどの技を認識すら難しい早さで打ち破ったという事実が効いたらしい。
あれは無策で声をかけても無意味だと、理解したのだろう。
今のうちにここを立ち去ったほうがよさそうだな。
「いやあ、災難だったね」
そんな中で、ただ一人臆することなく声をかけてくる男がいた。
穏やかなその声音はさきほどまで対峙していた男とは対照的で、非常に好感がもてる。
もちろん状況からいってそれだけで油断するわけにもいかないが、少なくとも悪意は感じられない。
「うん? あんたは?」
「ああ、失礼。僕はジャン。一応ミスリル級の冒険者で、小さいけれど一応ブリゲイドの団長を務めているんだ」
ジャンと名乗った男はこの世界ならどこにでもいそうな顔つきをしている、優男って感じの風格をしていた。
名前も平凡だし、モブっぽいけどこれでもミスリル級でしかも団長っていうんだから、意外と侮れないかもしれない。
「俺はロウだ。あんたも俺を勧誘しに来たなら無駄だから諦めてくれ」
「ああ、そんなつもりはないから安心してほしい。同じアスクエムブラに住むミスリル級冒険者として是非仲良くなっておきたいと思ってね。声をかけたのさ」
「そうか」
「しかしさっきはすまなかったね。
本当はあんな無意味な決闘が始まる前に止められればそのほうが良かったんだけど、あまりよその団の勧誘に口をだすわけにもいかないからね」
へえ、結構いい人っぽいな。
この人となら仲良くなれそう。
でもきっと私のことなんて眼中にないんだろうな。
「別にあんたが悪いわけじゃないだろ。
俺が断りたいから断って、それで白黒はっきりつけるために戦った。
それだけだ」
「ははは、それもそうだね。でも気をつけておいたほうがいいよ」
「何にだ?」
「彼ら……『黒の戦車団』はしつこいからね。それに手段を選んだりはしない。
特に君みたいな実力者なら一層欲しがるだろうさ」
「へえ、まあ気をつけておくよ」
「どこかに入っちゃうのが一番いいと思うんだけどね。
彼女を守りたいならなおさらね。
どうかな、うちに入ってみないかい?」
「いや、やめとくよ。
あんたは悪いやつじゃなさそうだが誰かの世話になるつもりはない」
「そっかそっか。まあ気が変わったら声をかけてよ。それじゃあね」
去り際まで爽やかな感じで、彼は去っていった。
なにげに最後に私のことを蔑むでもなく普通に扱ってくれていたのが評価高い。
なにか困ったことがあったら彼に頼ってみるのはいいかもしれないな。
◆ ◆ ◆
「おー、すごい立派だ!」
あれから二日後、屋敷の手配が完了したと連絡が入ったので早速私達は訪れていた。
目の前にあるのは二人で住むには持て余しそうなくらい大きな屋敷で、がっつり訓練ができそうなくらい広い庭もついている。
元々30人程度の団で使っていた屋敷らしく、そこが人数増加の関係でより大きなところに移ったおかげで空き家になっていたそうだ。
借りるときに少し問題になったのは、居住者登録についてだ。
屋敷に住んでもいいのは家主であるロウ君が雇った使用人や、パルテ、ブリゲイドの一員でないといけない決まりになっている。
そのため、この屋敷に私も一緒に住むにあたって、登録上はロウ君の身の回りの世話をする専属の使用人という扱いにしてもらった。
安全のためとか管理上の都合とか色々言われたけど、こんな抜け穴がある時点であまり意味ないと思う。
屋敷は30人が住んでいただけあって部屋数も十分すぎるほどにあり、ついに私は念願の個室を手に入れた。
これまでの旅はずっとロウ君と一緒の部屋で寝泊まりしていたから、なんだか落ち着かないけど……でもこれで一人じゃないとできないこともできるね。
うん、この世界に来てから結構いろいろ我慢してたこともあるからね。
いや、何とは言わないし深い意味はないよ? ほんとだよ?
屋敷内の設備は個室がたくさん、会議用の大部屋、食堂、応接室、談話室、大浴場、少浴場、倉庫って感じ。
うん、完全にこれブリゲイドで使うために作られてる屋敷だね。
本当にこんなところをたった二人で使っていいのか、でもあの本部長さんの感じだときっと私達がいつかこの屋敷を埋め尽くすくらい人を集めてくれたらいいとか思ってるんだろうな。
ま、仲間なんて集める気ないけど!
だってね? 人が集まるとそれだけ人間関係がややこしくなるんだよ……。
もちろん人がいればできることも増えるし、楽しいことも多くなると思うけど、一緒に旅をするくらい信頼できる人を見つけるのはなかなか大変だよ。
ただでさえこの国で私の立ち位置はすごい危ういんだしね。
まあでも、最低限この屋敷を維持するために必要な使用人は雇うことにした。
とてもじゃないけど私だけでこの屋敷を管理するなんて無理だから、そこはしっかり本職の方に任せるつもり。
というわけでメイドさんを数人。執事を一人。
警備は迷ったけど、組合の屋敷を襲うような賊なんてほぼいないらしいし、金目のものもほとんど置いてないから雇わなかった。
その分使用人にきっちりお金をだして特に信用できる人材だけ雇うようにした。
犯罪で一番怖いのは内部犯だからね……。
いやー、でもこの世界に来て私がまさかメイドさんを雇うことになるなんてね。
ファンタジーものだと定番だから少し憧れてたけど、実際目にするとそこまで感慨深くないんだよね。
服装も特別可愛いってこともなくて実用性重視だし……うーん、これはちょっとよさそうな裁縫師を探してデザインしてあげようかな。
っていうか一応私も体外的な扱いは彼女たちと同じなんだよね。
可愛いメイド服できたら着てみようかな?
そしたら喜んでくれるかな? ……って期待するだけ無駄か。
そんなこんなで、屋敷に雇う人の確認をして、仕事の割り振りをして、掃除をして、必要な家財や備蓄品を揃えていたら結構な日数が経っていた。
その間はとくに事件らしい事件も起きず、まだこの屋敷に入ったことが知られてないからか勧誘もこず、すごく平和な充実した時間を過ごせた。
そして、ようやく一段落がついたある日。
「ご主人様、お食事の準備が整いましたわ」
ロウ君は私が屋敷の準備で忙しくしている間からずっと暇そうで、毎日庭で修行をしているようだった。
その日も昼になり、食事ができたことを伝えるために庭にやってきたのだが。
「なあ……その呼び方やめてくれないか?」
「え? どうしてですか?
ご主人様はこの館の主なのですから、使用人である私がご主人様とお呼びするのは当然のことではないですか!!」
「いや……なんつうか……すごい気持ち悪いぞ。口調もおかしいし」
口調がおかしいのはもちろんわざとだ。
他の使用人を雇ったところ、彼女たちがロウ君のことをご主人様と呼んでいて、それに対してすごく嫌そうな顔をしていたのがかなり面白かった。
なので私も「対外的には使用人だから!」と言ってからかってやってるのだ。
なかなかイジる機会がなかったから、これがなかなかどうして新鮮で楽しい。
あ、ハートマークとか語尾に付けたらもっと面白いかな?
「そんな……ひどいですぅ……。
私はただご主人様をお慕い申し上げているだけですのに……」
「あー、うん、あー、わかった、俺が悪かったから。
なんでもするからもう勘弁してくれ」
「本当ですか♡ ご主人様♡」
「本当だからまじでそういうのやめてくれ無理だ寒気がする」
うん、自分で言っててなんだけど今のはちょっとキツかったね……。
でもわかってほしい、この国に来てから私空気みたいになってて少し構ってほしかったんだよ。
全部この国が悪い。
もうちょっと私に優しくしてほしい。
……はぁ、真面目に魔術の訓練はじめよ……。
――第5話 了
〜次回予告〜
空気のような扱いを受けつつもなんとか屋敷を手に入れ、しばしの猶予期間を得る。
これから名誉挽回のために魔術に手を出そうとするマオだったが、しかしここでも致命的な問題が発覚して……。
一方ロウはこの国でもどんどん頭角を現していき、次第にマオとの距離が離れていく……。
マオ「もう無理。誰かなんとかして」
次回、第6話「二人の距離と新たなる選択肢」
お楽しみに!




